なぜ、鮮明な記憶ほど、疑うべきなのか
大きなニュースを聞いた瞬間のこと、
やけにはっきり覚えている記憶が、ありませんか。
「あの日、どこで、何をしていたか」
地震のニュース、事件の速報。
そういう瞬間の記憶だけ、写真のように鮮明に残っていることがあります。
誰といたか。何を話していたか。部屋の匂いまで、思い出せる気がする。
そのくらい鮮明な記憶なら、
さすがに、間違えようがない気がしてきます。
野球の試合を、聞いていたはずだった
認知心理学の草分けのひとり、ウルリック・ナイサーにも、
そんな、ゆるぎない記憶がありました。
1941年、日本軍が真珠湾を攻撃したという知らせを、彼はこう記憶していたのです。
「引っ越したばかりの家のリビングで、ラジオの野球中継を聞いていた。
試合が、その速報のニュースで中断された。ぼくは、母に知らせようと、階段を駆け上った」。
何十年も、その光景を、疑ったことはなかったといいます。
ところが、後年、記憶の研究を進めるうちに、
ナイサー自身が、あることに気づいてしまいました。
真珠湾が攻撃されたのは、12月7日。
アメリカで、12月に野球中継が放送されることは、ありません。
彼が鮮明に覚えていた「野球中継」は、
その季節、存在しえないものだったのです。
自分自身の記憶に、だまされた研究者
普通なら、笑い話で終わるかもしれません。
けれどナイサーは、この発見を、本格的な研究へと変えていきました。
1986年、スペースシャトル・チャレンジャー号の爆発事故が起きた翌日、
彼は学生たちに「どこで、どうやって知ったか」を書かせます。
そして数年後、同じ学生たちに、もう一度、同じ質問をしました。
多くの学生が、以前とはまったく違う場所・状況を語り、
しかも「これは、はっきり覚えている」と、確信を持って答えたのです。
自分の記憶が変わってしまったことにさえ、誰も気づいていませんでした。
鮮明さと確信は、正しさの証拠には、ならなかったのです。
確信の強さと、AIの自信も、比例しない
この現象は、今のAIにも、よく似た姿で現れています。
生成AIが答えを返すとき、内部では、それぞれの答えらしさに、
高い確率のスコアが、割り当てられています。
けれど、そのスコアの高さは、答えの正しさを、保証してはくれません。
AIは、間違った答えにも、堂々と高いスコアをつけてしまうことがあるのです。
鮮明であること、自信があること。
人間にとっても、AIにとっても、それは、正しさとは、別の話でした。
「はっきり覚えている」という感覚は、
記憶の正しさを、証明してくれるものなのでしょうか。
それとも、確信の強さは、
記憶の脆さを、覆い隠しているだけなのでしょうか。
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