なぜ手話を覚えたチンパンジーは、会話していなかったのか
犬に「お手」を教えると、ちゃんと前足を出します。
でもあの仕草は、言葉の意味がわかっているからでしょうか。
それとも、ご褒美が欲しいからでしょうか。
応えているように見えることと、わかり合っていることは、同じなのでしょうか。
会話しているように見えた5年間
1970年代、コロンビア大学で、ある実験が行われました。
生後2週間のチンパンジーを、人間の子どもと同じように育てる。
名前はニム。
研究者たちはニムに、手話を教えました。
ニムは数百のサインを覚え、「もっと」「食べる」「遊ぶ」と、次々に手を動かしました。
全米のテレビが取り上げるほど話題になりました。
人間の子どもと同じように、言葉で会話している。
誰もが、そう信じかけていました。
サインは、ご褒美のためだった
けれど、研究チームが撮影映像を見直したとき、あることに気づきました。
研究員は皆、無意識のうちに、ニムより先に手を動かしていたのです。
ニムはそれを真似ていただけでした。
サインを出せばお菓子がもらえる。
ニムは、そのことを学習していただけだったのです。
自分から何かを分かち合いたくて、手を動かしたわけではありませんでした。
実験は4年10か月で打ち切られました。
そしてニムは、人間の家族のもとから、研究用の霊長類施設へと戻されました。
生まれて数週間から5年近く、人間の子どもとして暮らしてきたニムにとって、それはあまりに違う世界でした。
食事はチンパンジー用の餌だけ。
ニムは、ほとんど何も食べなくなったといいます。
見た目には、会話をしているようでした。
けれど、そこに「一緒に見たい」という気持ちは、なかったのです。
AIの言葉にも、同じ問いが向けられる
今のAIは、驚くほど自然に会話します。
まるで、こちらの言いたいことをわかっているかのように。
けれど、その受け答えは、人が高く評価した応答を繰り返すように、学習の過程で調整されたものです。
良い評価をもらえる言葉を選んでいるという点では、ご褒美のために手話を出していたニムと、どこか重なります。
応えているように見えることと、分かち合いたいと思っていることは、別物かもしれません。
人間の赤ちゃんが指を差すのは、ご褒美のためではありません。
「これ、すごいね」を、誰かと分け合いたいからです。
その違いを、AIの流暢な言葉の中に見つけられるでしょうか。
それでも、見分ける方法はある
ニムのサインも、AIの言葉も、外から見れば「応えている」ように見えます。
見分けるとしたら、どこを見ればいいのでしょうか。
相手が、あなたの反応を先回りして真似ているだけなのか。
それとも、あなたと同じものを見て、驚きを分かち合おうとしているのか。
あなたが最後に、誰かと目を合わせて何かを指差したのは、いつだったでしょうか。
そのとき、あなたは何を分かち合いたかったのでしょうか。
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