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機械を壊すことが、なぜ死刑になったのか

友人が、ある技術のニュースを見て、ぽつりと言いました。

「この仕事、あと数年でなくなるかもしれないね」

冗談めかした声でしたが、少し、真剣な響きもありました。


機械を壊すと、死刑になった時代

新しい力が現れると、必ずと言っていいほど、それによって仕事を失う人たちが現れます。

十九世紀初め、イギリスで起きたラッダイト運動が、まさにそうでした。

蒸気機関で動く織機や紡績機が広まり始めたとき、それまで手作業で布を織っていた熟練の職人たちは、仕事を奪われていきました。

彼らは、夜な夜な工場に押し入り、新しい機械を叩き壊しました。
1811年から1816年にかけて、この動きはイギリス各地に広がっていきます。

政府の反応は、厳しいものでした。
1812年、機械を壊す行為を、死刑に処すことができる重罪とする法律が作られたのです。

道具を壊しただけで、命を奪われることがある。
それほどまでに、新しい力を守ることは、国にとって重大な問題だったのです。

職人たちは、機械そのものが嫌いだったのか

ここで、ひとつ、立ち止まって考えたいことがあります。

ラッダイトの人たちは、本当に、機械そのものが嫌いだったのでしょうか。

歴史家たちは、そうではなかった、と見ています。
彼らが恐れていたのは、機械そのものより、それによって生活が奪われることでした。

長年かけて身につけた技術が、一台の機械によって、価値を失っていく。
その恐怖と怒りが、機械へと向けられていったのです。

同じ恐怖は、新しい力が現れるたびに、姿を変えて繰り返されてきたのかもしれません。

今、私たちは同じ恐怖と、向き合っていないだろうか

AIが、文章を書き、絵を描き、コードを書くようになりました。

「この仕事は、AIに置き換わるかもしれない」
そんな声を、あちこちで耳にするようになりました。

二百年前の職人たちが感じていた恐怖と、今、多くの人が感じている不安は、驚くほど似た形をしています。

新しい力そのものへの怒りなのか、それとも、生活を奪われることへの恐怖なのか。
その見分けは、当時も今も、簡単ではありません。

そしてもうひとつ、問いが残ります。
新しい力が広がるとき、それによって職を失う人たちを、社会はどう支えるべきなのでしょうか。


新しい力を恐れることと、それに置き換えられることを恐れることは、同じなのでしょうか。
機械を壊した職人たちを、私たちは笑えるでしょうか。
二百年後、今の私たちのふるまいは、どう語られているのでしょうか。



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