つづけるために - Elephant Gym『More Real than Dreams』
台湾は高雄発のマスロックバンド、Elephant Gymのドキュメンタリー映画『More Real than Dreams』。元々このバンドが好きだったことを差し引いたとしても普遍的な傑作と断言出来る素晴らしいドキュメンタリー作品だったので感想を残しておきます。
バンドのツアーに密着した作品らしい、全世界を股にかけて演奏すること、ライブを現地で迎え入れるファンの喜びという音楽的な眼差しで楽しめるのは勿論のこと
「価値観も性格も違う人間が集まる共同体で、時には衝突もしながらもどうやって折り合いを見つけて上手くやっていくか、続けていくか」という、自らの家庭や仕事といった普遍的な人間関係に視点を置き換えても考えさせられることの多い作品でした。
■Elephant Gymとは
Dr, Per : Chia-Chin Tu(涂嘉欽) / Ba : KT Chang(張凱婷)/ Gt, Piano, Synth : Tell Chang(張凱翔)
2012年結成、台湾・高雄出身のスリーピース・バンド。感情的でメロディアスなベースラインを中心に据えながら、優しく包み込むギターやピアノとドラムのアンサンブルで、洗練された楽曲構成のセンスや高いテクニックを見せつける。初期はスリーピースのバンドサウンドによるインストゥルメンタルを基調としながらも、現在はジャンルや音楽的枠組みを超過し、自ら歌を歌うことや多様なアーティストとのコラボレーション、様々な楽器を取り入れることで、幅広い音楽性を体現している。
結成の経緯を簡単に補足すると、元々同じ学校だったChia-Chin氏とTell氏が意気投合し、Tell氏の妹であるKT氏が後に合流することでバンドが始まります。
過去のインタビューでも活動初期のキーワードとしてtoeが何回か出ていましたが、結成当初からインスト/マスロックを志向していた3人。
劇中のインタビューでTell氏達のご両親も話されていましたが、ヒットチャートに載る見込みの薄い(=生計を立てるのに苦労するであろう)音楽をやることに当初は反対されていたそう。
が、Tell氏は「マーケットが無いのなら自分たちで作ればいい」と反論し、その宣言の通りElephant Gymは当初掲げた音楽性の軸をブレさせないまま、結成から10年の時間をかけて世界ツアーを成功させるバンドにまで成長することとなります。
■音楽で生活するための「フルタイム」バンド活動
映画の前半はメンバー・関係者へのインタビューを中心にElephant Gym結成の経緯、メンバーの出自や気質、そしてバンド運営の考え方を説明するイントロダクション的な内容になっていましたが、
やりたい音楽と表現を曲げずに続けるためにバンドをビジネスとして運営することに最初から重きにおいた姿勢が印象に残りました。
特にギターのTell氏がその辺りをしっかりと考えられていたのかな、「音楽で3人が食べていけるよう、キチンと給料を支払わなければならないと最初から考えていた」と話されていて。
事務所に所属しない自営業スタイルのバンドも多い時代、「バンドマンとお金」というテーマの文章も沢山読んできましたが、ハッキリと「給料」という言い方をしているバンドマンは初めて見た気がします(字幕の訳し方のニュアンスもあるかもしれませんが)。
音楽を作って演奏する仕事なのだから、その対価として貰うお金は勿論「給料」に当たりますし、所謂普通のお仕事とその構造は何ら変わるものではありません。自分の表現したい音楽を曲げずに表現することと、この資本主義社会の中で生計を立てていくこと。ニッチな音楽であるマスロックを志しながらも、音楽で生活する夢から逃げずに向き合うElephant Gymの3人は素敵だと思います。
前半のトピックのひとつ、ドラムのChia-Chin氏が当時掛け持ちしていた別バンドとElephant Gymのどちらを選ぶか苦悩する下りで、一つのバンドに専念することを「フルタイム」という表現が出てきたのも印象的でした。
Elephant Gymでの予定を立てていく際、Chia-Chin氏の別バンドの予定とのバッティングが増えたことにフラストレーションが溜まったKT氏が「私達はフルタイムのバンドとして動きたいのに、謂わば副業のために稼働出来ないのは納得いかない」と怒りを顕にしたのが事のきっかけ。
近年の日本の音楽シーンを見ていると、複数のバンドやユニットを組んでいることは特段珍しいケースでは無くなってきたとは思いますが、それは確かに仕事や職場を2つ掛け持ちした状態であり、片方が忙しいからもう片方をおざなりにしてもいい訳では全くないよな…とハッとさせられるシーンでした。
※その後Chia-Chin氏はもう片方のバンドを脱退される形になりましたが、この映画でもそのバンドのメンバー総出でインタビューに応じていたりと、現在までElephant Gymとの関係は続いている模様。よかった。
■順風満帆に見えたバンド活動、解散の危機
さて話を3人の活動に戻しますが、Tell氏は音源制作やライブツアーとは別に、いつか実現したいことに①バンドのドキュメンタリー映画の作成 ②遊園地や劇場で演奏することの2つを話していました。
前者は言わずもがなこの映画がその結実であり、後者は2022年のオンラインライブ「12-HOUR DREAMS」で舞台的な演出を盛り込むことで実現しており、
明確な目的意識を持ったバンドは最初に書いた「やりたいこと」と「音楽で生活していくこと」を両輪実現していきます。
そしてコロナ禍を経た後も作品のリリースと日本周遊を含む世界ツアーも精力的に行い続け順風満帆にも見えた2023年、活動10周年を記念するツアーに打って出る直前に解散寸前の大喧嘩が勃発します。
原因はChia-chin氏とKT氏の(劇中で話していた所によると「いつもの小競合いの延長線のつもりだった」)言い争いに居合わせたTell氏が「もうこんなことならバンドを続けられない」と激怒したこと。
KT氏とTell氏は兄妹ながら(だからこそ、なのかもしれませんが)その性質は真逆を行くようで。
妹のKT氏はライブ中にベースを弾く傍らビールをガンガン飲んでる様子から伺い知れるように自由奔放、兄のTell氏は逆にこの文章で触れてきましたが計画的でキチンと物事を進めたいタイプ。
演奏に支障が出るからKTがライブ中に飲んでいいのはビール3缶まで!と契約書を結ぶようTell氏が迫ったこともあるとユーモラスに語っていたシーンもありましたが、それまでに積もり積もった不満がこの時に爆発したという見方も出来るのかなと私は感じました。
大喧嘩が起きた数日後、「本当に解散したいのか」と意思確認をすべくメンバーだけでスタジオに集まり、2日間にかけた話し合いの場が設けられました。この話し合いの場はiPhoneで撮影されており、劇中でも一部シーンが使われていましたが
まさに一触即発といったピリピリした空気が画面越しでも伝わってくるようで、観ているこちらも肩に力が入ってしまう程の緊張感に溢れたシーンでした。
※シリアスな流れをぶち壊すかもですが。このシーンが映像で残っていた理由はTell氏曰く「どうせ解散するならこの話し合いも映像に残してドキュメンタリーで使ってしまおうと思った」とのことで、そんなやけっぱちな腹の決め方あるか!と思わず笑ってしまいました。解散しなかったから聞けた笑い話。
会議を始める前、Tell氏の提案で「1人が喋り終わるまでは誰も口を挟まない。話し終えたら他の2人は拍手する」「3人が自分の気持ちを全部話し終えた後に、改めて今後の話し合いをする」とルールを設けた上で3人は率直な胸の内を明かしあいます。
Tell氏は「ライブ出演の有無をKTに相談した時に必要以上に強い口調で意見を言われて、本人に悪気は無いと分かってても『何でこんな言われ方しなきゃいけないんだ』と思ってしまったことがある」と過去の傷を明かし、Chia-Chin氏は「Elephant Gymで作る音楽に可能性があるのだから、解散したくない」とバンドを継続したい意思を改めて伝えます。
私がこの下りで一番印象的だったのはKT氏が話すターンで、「寛容な2人に甘えて一線を越えた振る舞いをしていたと思う」と2人への態度を省みつつ「バンドを続けていくためには2人と一定の距離を保たなくてはいけない、Tellとはただの兄妹ではなくて『仕事仲間』にならなきゃいけない、うっすら分かっていたけど、その変化を受け入れなくてはならない」と涙を流しながら思いを語っていたこと。
Chang兄妹の仲が良さそうなのは劇中のオフショットは勿論のこと、これまでに私が見たライブの最中のやり取りからも伺えていた分、このシーンには胸を打たれるものがありました。
自分の生活に置き換えると、プライベートと仕事で築く人間関係の性質が異なることは肌感覚で理解出来ます。バンドという「仕事」を続けるために、大好きな「家族」「友人」との関係性を「仕事仲間」に移行しなくてはならない寂しさ。相反する2つの思いが同時に存在するであろうKT氏の胸の中を思うと何と言えばいいのか分からなくなりました。
この騒動を乗り越えて2024年の世界ツアーを完遂したものの、2024年末から3人でグループカウンセリングを受けていることが劇中のモノローグで明かされます。
日本ではサカナクション山口氏もうつ病を公表されていましたが、ミュージシャンも一般の社会人と同じように(もしくはそれ以上に)組織のしがらみ・仕事のプレッシャーでメンタルに負担がかかるということを改めて思い知らされた後半パートでした。
■世界ツアー、各地で待っていたファンの歓喜
映画クライマックスでは、2024年の世界ツアーで撮影されたライブ映像やオフショットが多数流れますが、ライブ会場で撮影されたファンのインタビュー映像が心に残りました。
たまたまSpotifyでElephant Gymを知って衝撃を受けたと興奮している人。昔から好きだったけど自分の国に(それも住んでる街に)来るとは思わず感極まっている人。酒飲んでモッシュして皆で楽しむぜと鼻息荒く意気込みを語る人…。
Elephant Gymの音楽が世界中に住んでいるファンの人生を彩っている様がとっても素敵で、先の解散危機を見た後だからこそ、その尊さが余計に際立つようでした。
特にここ数年の世界情勢を振り返ると、アメリカ在住のファンが仰る「自分の国に来てくれると思わなかった」の重みはちょっと違うというか…。
■終わりに 私的推薦曲を添えて
バンドを続けるって、他人と一緒に何かを上手くやっていくことは、本当に難しい。だからこそ、続けていくために身を砕いて努力することは尊い。そのことを改めて思い知ったドキュメンタリー映画でした。
正直、観客側からするとElephant Gymはかなり順調にステップアップしていったバンドに見えていたし、登録制のバンドのメルマガで解散騒動について触れていた回もあったので予備知識としては知っていましたが、想像以上に深刻な危機だったことが映画で分かり言葉を失ってしまいました。
一時は解散寸前にまで陥った3人が、疲弊しながらも世界ツアーを完遂し、カウンセリングという第三者の助けを得ながらもまだElephant Gymを続ける選択をしてくれたこと…感謝しかありません。
自由奔放なKT氏はバンドの「心臓」、財務と長期戦略立案を担当するTell -chang氏は「頭脳」、そして穏やかでコミュニケーション能力の高いChia-Chin氏は全員を支える「骨格」と劇中では例えられていましたが、本当にバランスの取れた3人だと思います。どうか、末長く。
最後に、万が一Elephant Gymを知らずにこの文章を最後まで読んでくださった方がいらした場合のために、私が好きな曲を5つ程載せて本稿は終わりたいと思います。ここまで読んでくれたんだし折角なら素敵な音楽を聴いてみて。
春雨 Spring Rain
結成初期からあるライブ定番曲。私もこの曲で3人の存在を知りました。
インスト・マスロックと聞くと小難しい印象が先にくる方も多いとは思いますが、Elephant Gymはボーカルの有無に関わらず明確にサビがある曲も多く取っ付きやすい部類にあると思います。個人的はこの曲が一番ポップかな。
ベースがぐいぐい引っ張る序盤から加速を続け、細かいキメも随所で入れながら一旦ブレイクして手拍子とKT氏の軽やかな歌で祭りの後感を醸し出しつつ、ラストにもう一回サビに当たるパートでアゲる手際の良さがお見事。
Witches
2枚目のアルバム『Underwater』を境に、ピアノやフィーチャリングボーカル、エレクトロ的な音響処理を積極的に取り入れるようになりましたが、この曲が収録されているアルバム『Dreams』は一つの到達点だと思います。
音源ではバンドの裏で効果的に鳴らされるノイズやドラムの音処理の上質さに耳が行きますが、ライブで聴くとベースのスラップの破壊力に圧倒される、多層的な魅力に溢れた曲。これ弾きながら歌ってるKTパイセンパネェっす。
Deities’ Party(feat. Chio Tian Folk Drums And Art Troupe)
アルバム『Dreams』からもう一曲。こちらは台湾の伝統的なパーカッション(日本で言う和太鼓的な?)を扱うグループChio Tian Folk Drums And Art Troupe(九天民俗技藝團)をゲストに迎えた楽曲。
とぐろを巻くように響くゲストの太鼓にChia-Chin氏のドラムが重なり、ビートに頭を委ねているうちに一種のトリップ感を味わえます。
Happy Prince(feat. 林以樂)
現時点での最新作『World』から一曲、台湾のシンガー林以樂(リン・イーラー)氏を迎えた曲。
どこか幼さを残したボーカルが音割れ寸前の声量で威勢よく歌う傍ら、バッキングという概念を放棄してフリーキーに鳴らすギターがパンキッシュでとても好きな一曲。2024年の大阪のライブでは終演後のBGMでこれが流れてビビッときた思い出があります。
Galaxy(feat. 象眠舎)
『春雨』と同じく最初期からある曲ですが、そちらはもっと若さ故の衝動性のようなものが強く出ているアレンジだったのに対して、2024年の日本ツアーでは小西遼氏率いる象眠舎による金管楽器が参加したアレンジがとても素晴らしかったのでこちらを。
特にラストパートは最初からこのアレンジを完成形として想定していたのかと思うほどフルートやトランペットの音色がピタリとハマっていて。映画のクライマックスに流れるようなスケール感溢れる壮大な曲に成長している様に圧倒されたのを覚えています。
Feather(feat. Mei Semones & dooodooo)-Remix
5曲といいつつ番外編としてこの曲も。映画のエンドロールでも流れたMei Semones参加のリミックス。
Elephant Gymは同一曲でもフィーチャリングや歌う言語の差分で幾つか異なるバージョンが存在することがあり、この『Feather』もそれに当たるのですが、劇場で流れたこのリミックスの食い合わせの良さにはぶっ飛ばされました。
Mei SemonesもElephant Gymと同様に日本語で歌う人ですが、彼女の大きな魅力の一つと考えている「メロディーと歌詞の食い合わせによって言語を自在に操る」スキルが存分に詰まった一曲だと思います。以下印象的な一節を二つ抜粋します。
Soft & sweet the smell of the 紅茶
お砂糖とミルクの香り
Lights falls gently on the Curtain 揺れる
It sways as you step out
輝くガラスのかけら
Running towards you 長靴 雨が
浮遊感溢れるトラックを泳ぐように縫われる歌声はもちろん美しい。映画の終演後すぐにサブスク公開されて嬉しい限り。
以上となります。
なお、残念ながら私は一回しか映画を観れず、可能な限り記憶を掘り起こし、間違いなく大筋を覚えている部分を中心に本稿は執筆しましたが、細かい言葉は間違えている可能性はあります。
その際の文責は全て私にあることをここに明記しておきます。

おまけ。アップリンク京都で行われたTell氏と監督のAlulu氏のトークショーの後、ライブBlu-rayを買った人向けにTell氏のサイン会が開かれました。
素晴らしい映画でした、新曲もライブも楽しみにしてますと伝えた時のTell氏の弾けるような笑顔が今でも目に焼き付いています。またいつでも日本に来てくださいね。
