「執着を手放したい」と思っている今日この頃、バッグを忘れたまま遠出しました。
おはようございます、マリです。
最近、「執着を手放す」ということに、私のアンテナが引っかかっています。
元々私は、「〇〇すべき」という、勝手に自分で作った決まり事みたいな、こだわりみたいなものが多い気がしていました。
家族の中で、私が1番細かいことを気にしているようです。
つい数年前まで、子どもたちに、
「普通はこうすべきでしょ」
「当たり前のことをしなさい」
なんて言っていました。
でも、子どもたちは10代の頃から、
「普通って何?」
「当たり前って、みんなそれぞれ違うやろ」
なんて感覚を持っていました。
子どもたちのほうが軽やかだなぁ。
私もそんなふうに、軽〜く生きたい。
それが今の「執着を手放したい」につながっています。
私が手放したい執着は、
「私はきちんとしていなければならない」
というもの。
提出物は、締め切りに余裕を持って出す。
待ち合わせには、絶対に遅れない。
忘れ物は、絶対にしない。
当たり前のことなんだけど、私は「絶対に」守らなければならないと思っちゃう。
できないことがちょっとくらいあっても仕方ない、っていう人っていますよね。
羨ましいなぁ、と思います。
そんな、「私はきちんとやらねばならぬ」を手放したいのです。
先日、なんと、出かけるのにバッグを忘れてしまいました。
夫と、片道1時間以上かかる物件へ向かって出発。
10分くらい走ったところで、「バッグ忘れた〜」と気づきました。
自分でもびっくり。
夫もびっくりw
スマホはポケットに入っていました。
物件で作業するための道具を車に積み込み、そのまま助手席に乗って出発してしまったのです。
私は車の運転が好きで、普段夫と出かけるときは半分くらい、いや、私のほうが多く運転することもあります。
「今日は先に夫に運転してもらっているから、帰りは私が運転だな。それとも、途中で休憩したときに交代しようかな」
そんなことを考えた瞬間、
免許証 → バッグ
と頭の中でつながって、
「バッグ、持って来てないじゃん!」
今までの私だったら、
「取りに戻って〜」
となっていたと思います。
なぜなら、「もしも」がいっぱい浮かぶから。
もしも、夫が体調を崩したら?
私が運転しなければならない。
でも、免許証がない。
もしも、近所の人に会ったら?
「この家のことで何かありましたら、こちらに連絡してください」と名刺を渡したい。
でも、名刺がない。
もしも、夫も財布を忘れていたら?
お金がない。
私の財布もない。
…と、あり得そうにないことまで、次々と出てきます。
「だからバッグは必要よ」
私の中の「きちんとしなければ」が言ってくる。
でもこの時は、「執着を手放す練習がやって来た」と思いました。
夫に、
「今日は、全部運転してもらってもいい?」
と聞くと、
「いいよ」。
名刺は仕方ない。
また今度渡せばいい。
てか、近所の人に会うかどうかも分からない。
夫も財布を忘れていたら?
スマホで払えばいい。
てか、夫は財布を持っていた。
後ろ髪を引かれる思いはありましたが、バッグなしで、1日過ごしてみました。
やってみてどうだったか。
楽でしたw
なんの不便もありませんでした。
夫の負担は大きかったけれど…。
私は、いろんなものを『必要』だと思って持ち歩いていた。
バッグの中には、いろんなものが入っています。
「使うかもしれない」
「念のため」
そんな「もしも」に備えたものが、たくさん。
今回、バッグなしで出かけてみて、
「出かけるときは、これを持たなきゃならない」
と思っていたものの中には、
「別になくても、なんとかなるもの」も結構あることが分かりました。
今度、スマホだけ持って電車に乗って、映画を見て、ランチしてみようかな。
今までの私だったら、絶対にできなかったこと。
でも、やってみたら案外できるのかもしれない。
少しずつ、身軽になっていきたい。
バッグの中身も、心も。
そんなことを思った出来事でした。
では、また🖐️
いいなと思ったら応援しよう!
応援ありがとうございます🌸
いただいたチップは、書籍やnoteのネタになる挑戦に使わせていただきます。