SNSに生息するJリーガーと気が合わなそうな理由を考えてみた。
昨今、様々な人が自分の考えをSNSなどのWEB媒体にアップしています。
サッカー選手だって、一昔前は公式ウェブサイトを持っている一部の選手のブログでしか見れなかったものが、今では誰でも手軽にTwitter(現・X)だったりInstagramに上げられるわけです。
当然、私もマリノスの選手だったり好きな選手のSNSをフォローしているのですが、それを目にするたびに感じることがあります。それは
気ぃ合わなそう〜〜〜〜
サッカー選手の投稿は大抵
・軽めのポエム
・ストレートな熱い気持ち
・周りへの感謝
で構成されているのですが(偏見)自分の持っているSNSの教科書にはどの項目も載っていません。自分の投稿を構成しているのは
・コピペの改変
・揚げ足取り・悪口
・世の中への妬み嫉み
これです。終わってます。でもプライベートで付き合う人はみんな同じような投稿をしている…はて?これはなぜなのか…?調べてみました!(しょうもないまとめブログ仕草)
導き出された答えは
サッカー選手は思春期に深夜ラジオを聴いていないから。
これ👈(クソみたいなAIの使う指の絵文字)
だって、後にプロになるようなサッカー少年って午前1時は寝てますよね…?
私は小学校4年生の時に親がラジカセを買い替えた際に古いものを譲り受けたのがきっかけでラジオを聞くようになりました。光が漏れて視聴していることがバレやすいテレビと違ってラジオはイヤホンさえしていればバレることがなく、枕元に置いておけばどんな時間でも楽しむことができるのです。当時からお笑いが好きだった私はまず21時くらいから放送している帯番組を聴くようになり、そのまま深夜ラジオへ足を突っ込むのでした。(多分最初に聞いた深夜ラジオはナインティナインのオールナイトニッポン)
ちなみに深夜ラジオを構成している要素は以下の通り
・ネタハガキ
・芸能人の揚げ足取り・悪口
・世の中への妬み嫉み
まさに私のSNSの構成と全く同じなのです…
深夜ラジオにのめり込むとどうなるのか。そう「ハガキの投稿」を始めます。ハガキが採用されるにはパーソナリティのお眼鏡にかなわないといけないわけですが、それにはどうするのか?パーソナリティーの思考に合わせ、同調しなければならないのです。そうなると、だんだん自分の思考もパーソナリティーに寄っていくわけで…
宗教と一緒。
この時「書く」という行為に染み付いてしまったものが現在「書く」ものに影響を与えてしまっているのは至極当然のこと。思春期に叩き込まれてた思考というのは全ての根幹となり影響を与え続けている…
宗教と一緒(二回目)
深夜ラジオって、「陰キャの学童保育」みたいな側面があって、学校でも馴染めない…なんとかやっていても違和感がある…みたいな人間の拠り所だったりもするわけです。パーソナリティーたちの会話を聞いて、芸能人だって自分たちみたいに世間に不満を持つし、他人を妬んだりするんだ!という一種の安心感を得ていたように思います。
なので、深夜ラジオを聴いていないサッカー少年の書く文章は大人になってもまっすぐであり、その文章は眩しすぎてどうにもこうにも相容れないのが深夜ラジオ育ちの俺たちなのでは…?という考察です。上地雄輔のブログが鼻につくのも同じ原理ですね(唐突な個人攻撃)
これは個人の人格に関してと言うより、「出力するもの」に対しての感情だろうな〜と思います。多分会って話せば違うのでしょうが(と言うかファンサでお話しするとサッカー選手みんないい人)どうしても自分が是としてきたものと違うので理解が追いつかないよね?と言う話。だってめっちゃすごいハガキ職人に何人も会ったことあるけどカスみたいな人間いっぱいいるもんね〜。
我こそは深夜ラジオを聴いていたJリーガーだという人、居れば連絡ください。

