人生を二毛作にする決断
『人生後半戦を愉しむ』『人生二毛作』は、私の重要なテーマです。なぜ、これらを人生のテーマに掲げることにしたのか、改めてその源流を辿ってみることにしました。出来れば触れたくない自分の暗部に向き合う苦しい時間になると思いますが、もやっとした状況を乗り越える為に、挑戦してみようと思います。
『前半戦』と『一毛作目』
『後半戦』『二毛作』ということばを使うからには、それらの対となる『前半戦』『一毛作目』と認識している期間があります。
それは、大学を卒業して企業に就職する1991年4月から、その企業を退職する2019年11月半ば(最後の1ヶ月強は有給休暇消化に充てたので、実質的には2019年9月末)までの約28年半です。平たく言えば、会社員という肩書きで、社会を泳いでいた期間です。『前半戦』と『一毛作目』は、私の中では同義語です。
28年半は、それなりに長い年月です。濃密だったあの時間を一言で総括することは、余りに乱暴過ぎて出来ませんし、したくもありません。実際、本当に色々なことがありました。色々な人に出会ったし、色々な場所に行ったし、色々なことを学んだし、色々な経験をしたし、色々な感情を抱えてきました。良かったことも、悪かったことも、喜怒哀楽も、ぎっしりと詰め込まれた大切な期間です。
現時点の私は、『前半戦』『一毛作目』を、寛容な気持ちを持って、懐かしく振り返ることができる心境には達していません。率直に言って、諸々の反省はあります。組織人として生きる覚悟が足りなかったと思うし、キャリア戦略の練り込みが足りなかったと思うし、的確な努力が足りなかったと思うし、関わった人への適切な配慮が足りなかったと思うし、忍耐や我慢や寛容も足りなかったと思います。私が大事にしていた価値観や思考も、柔軟性に欠けていたかもしれません。私の歩んだ『前半戦』『一毛作目』に悔恨の情はないものの、満足感や達成感もそれほどはありません。若い頃に思い描いていたような理想とは程遠い、極めて残念な形で会社員生活にピリオドを打たざるを得なかった... というのが、偽らざる評価です。
これについては、女優の羽田美智子さん(1968/9/24-)が、インタビュー記事の中で、離婚を決断した時の心境を吐露した内容を、(太字)をに変えると、驚くくらい私の心境とどんぴしゃりですので、引用させていただきます。
7年間(28年半)の結婚(会社員)生活で積み重ねてきたものを手放すのは、それまでの自分を否定するようで、かなり抵抗がありました。でも、この先の人生を考えたとき、同じことの繰り返しは嫌だと思った。だったら違う未来に向かって歩き出そうと決めた、前向きな離婚(退職)でした。ただ、振り返れば、結婚(入社)も離婚(退社)もどこか子どもっぽい感覚で決めてしまったかもしれないなという思いはあります。
二毛作目への決意
人生の二毛作目へ踏み出すことをほぼほぼ決意しつつも、その先への不安が一杯で、悶々としていた頃に背中を押してくれた本があります。面識はないものの生き様を尊敬している、外山滋比古先生(1923/11/3- 2020/7/30)の『「人生二毛作」のすすめ - 脳をいつまでも生き生きとさせる生活』(飛鳥新社2010)です。先生の達観したというか、爽やかな生き方に強い感銘を受けました。
人生二毛作についても、前述の羽田美智子さんが、私の描く理想にぴったりな内容を語ってくれています。そのまま引用させて頂きます。
むしろ50代は、すごく可能性に満ちた年齢だと思うんです。まだ体力もあるし、発想も豊かで、若い人の感覚も受け入れられる。それまでにいろいろなものを見て、取捨選択してきた経験もあるので、自分に必要なものを見極める力もついています。無理のない形なら、まだ何でも始められる年代じゃないかなと。
ひとつドアを開けると、それまで知らなかった世界が広がり、今まで出会えなかった人たちと出会えます。そこで得た経験が、俳優の仕事に戻ったときに生きることもある。一本道だけを歩くのは苦しくなることがありますが、人生にいくつかのドアがあれば、心の支えにもなると思うんです。
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