共生の黎明 #59 第16章 第2節:制度化の気配 連続小説
柔らかな春の光が、G町の小さな集会所の縁側を照らしていた。
外では山菜を干すざるが並び、建物の中には移住者や地元の人々が輪になって座っている。
笑い声の絶えない空気の中に、少しだけ異質な気配が混じっていた。
「ここも、“ユラ”が可視的に循環しているとされる圏域……ということですね」
背広姿の中年男性が、同行者に向かって低く呟いた。
県庁の地域戦略課から派遣された職員だ。
隣には、国の共生社会推進室の調査官も同行していた。
彼らは、A市から徐々に広がり始め、このG町まで自然発生的に育ってきた「ありがとうの経済圏」に強い関心を持ち、現地調査に訪れていた。
「制度化に向けた検討に先立って、まずは現場で“情動の交換”がどのように機能しているかを……」
タブレットを操作しながら調査官が呟く。
が、その言葉を遮るように、炊き出しを手伝っていた移住者の女性がぽつりと漏らした。
「……ユラって、そういうもんじゃないと思うけどな」
職員たちが振り返ると、彼女は手にしていた鍋の蓋をそっと置いて、微笑んだ。
「仕組みとか制度とか、あとから名前をつけるのは自由だけど……私たちにとっては、“誰かを想った気持ち”がかたちになっただけなんだよ。ありがとうが、ありがとうを呼ぶ。ただそれだけ」
その言葉に、県の職員がペンを止めた。
調査官も、タブレットを下ろして少し黙ったまま考え込む。
輪の少し外側、縁側に座っていた初老の男性が、ゆっくりと話し始めた。
「ユラは、“通貨”というよりも、“音”のようなものかもしれませんね。…人と人のあいだに生まれる、心の残響。その温度を、数値で測ったり、制度で囲ったりしたら、もしかしたら、肝心な響きが聞こえなくなってしまうかもしれない」
沈黙が、ひととき空間を包んだ。
だが、その沈黙には拒絶ではなく、“受け止められなさ”への静かな問いが含まれていた。
そのとき、遠くの道から静かに車が数台入ってきた。
光沢のある黒い車体。
側面には大手企業のロゴが貼られている。
スーツ姿の数人が降り立ち、こちらの様子を慎重にうかがっていた。
「資本も……来たか」
誰かが小さく呟いた。
声の主は特定できなかったが、その言葉はまるで春風の中に溶け、次の瞬間にはどこかへ流れていった。
縁側の下、木漏れ日の中で揺れる草の葉が、ひそやかに囁いていた。
"ゆらゆらと、でも確かに、変化の気配が満ちている”と。
⬇️続き
