見出し画像

「教頭、もう無理です」と言える学校のつくりかた

 「教頭、もう無理です。授業どうしたらいいのかわかりません……。」 そう漏らす先生の肩を抱き寄せながら、実は僕自身の心も、「教頭、もう無理」と同じ言葉を叫んでいることがあります。この立場、51歳という年齢。責任を背負い、学校一の「働き者」でなければならないと自分を縛り付けていた僕を救ってくれたのは…ある子が持ってきた「紙で作ったかき氷」でした。「先生に見せたくて」というその純粋な贈り物に触れた時、「学校一の働き者の教頭」である前に、ただ笑ってそこにいる一人の人間でいいんだと、心がふっと軽くなったのです。

1.隠し味に気づかない、という「心の贅沢」

 今日の給食のカレー、最高でした。「美味い!」をそのまま受け入れる。実は、教育もこれに似ています。「もう授業どうしたらいいか分からへん!」と嘆く教室から、一番元気な歌声が聞こえてくる。理屈や技術を超えたところで、何かが噛み合っている瞬間。その「正体の分からない幸せ」を分析せず、ただ一緒に喜べる心の余白こそが、今、疲弊した現場に一番必要なエネルギー源なのだと僕は思います。

2.下駄箱を掃除する教頭の「狡い」戦略

 僕は今日、子どもたちと下駄箱を掃除しました。教頭が掃除をするのは、綺麗にするためだけではありません。子どもたちの「あーだ、こーだ」という雑音の中に身を置いて、自分を「整える」ためです。 先生方は、放課後すぐ会議へ向かいました。休まる間もない現状に、言葉が出ません。その瞬間無力です。だからこそ、僕は「教頭」としてではなく、一人の人間として隣で箒を持ちます。「頑張れ」と言う代わりに。絶対的な仕事量を変えられない時、せめて「孤独な沈黙」だけは僕が壊したいのです。

3.明日のために、今日を「手放す」勇気

 「整える」とは、完璧に準備することではなく、これ以上抱えきれないものを「諦めて置く」こと。暑さが増し、連休明けの疲れがどっと出る今、私たちがすべきは全力疾走ではありません。「まあ、いいか。明日の僕に任せよう」と笑う練習です。

「大丈夫、大丈夫。何があっても、大丈夫👌」

私たちが今日、そこに座って子どもたちを見守っていた。それだけで、もう十分すぎるほど「合格」です。さあ、明日のことは明日考えましょう。まずは自分に、「ありがとう」を。

#教頭
#先生
#自分を整える
#安心を届ける
#大丈夫大丈夫


いいなと思ったら応援しよう!