ぼくたちはいつ根拠のない自信を失ってしまったのか
※この記事はぼくが2026年3月8日に書いた日記(モーニングページ)に加筆・修正を加えたものです。
「自己肯定感」で検索をかけたら出てきました。
半年前にここまでたどり着いておいて、その後ほとんど進展のない自分に辟易しますが、読んでいただけたら幸いです。
もう何年も、ポジティブな妄想をしていなかったような気がする。
子供のころはよく夢想していた。
それこそ、自分のことを天才だと思っていたし、絵と音楽の才能にあふれていると思っていた。
あの頃はどんな未来を想像していたんだろう?
中二病だったから、ちょっと影のある、それでいて不思議な魅力のあるアーティストになって世の中を席巻する、みたいな、今思えばかなり痛い想像をしていたことを思いだす。
カリスマ的な人気があるのに受け答えがそっけない、でも実はシャイ。
16歳で衝撃的なデビューを果たすも、惜しまれつつ18歳で引退する、という謎設定まであった。
まあ、そういうのがかっこいいと思うお年頃だったということで、それはそれで仕方がない。
若さゆえ。
でも、自分の理想が叶うことを信じて疑っていなかったという点で、今のぼくより何倍も立派だ。
あの頃のぼくは自己肯定感が高かった。
根拠のない自信にみちあふれていた。
いつからぼくは自分のことが信じられなくなったんだろう。
あの頃のぼくは信じていたのに、今のぼくは信じていない。
中二病で14歳のぼく。
無職で49歳のぼく。
35年の間に一体何があった?
ずっと信じていなかったわけじゃないような気がする。
信じたり、信じられなくなったりを繰り返しているうちに、だんだん信じられなくなっていったんじゃないか。
とくに20代後半から30代前半のあの時期。
あのあたりでぼくの自信というかプライドはズタズタになった気がする。
10代後半、20代前半はそれなりに楽しくやっていた。
1人で音楽作ったり、自分の部屋の押し入れに機材を並べてスタジオっぽくして悦に入ったりしていた。
なんか絵を描いてポストカードにしていたこともある。
売れなかったけど。
でも、なんだかあの頃はあふれていた。
何が?
自信?
バイタリティー?
ポストカードはもっと後だったか?
まあそんなことはどうでもいい。
とにかく20代前半、25、6才あたりまではそれなりに楽しくやっていた気がする。
こっぴどくふられたりもしたけど。
20代前半と後半で何が変わった?
20代前半にはほぼ毎日つるんでいる年上の悪友がいた。
中学時代からの友人ともよく遊んでいた。
バカなことをたくさんやった。
少なかったけど、あの頃のぼくには一緒にバカがやれる友達がいた。
バカなことを一緒に楽しんでくれる友達がいた。
じゃあ、20代後半は?
バカはやっていた。
友達も飛躍的に増えた。
でも、楽しんではいなかったような気がする。
なんというか、あの頃はバカなことをやることがステータスみたいになっていた。
ぼくがそれまでやっていたバカなことをバカにされるようになった、というか。
バカなことにランクがつくようになってしまったというか。
20代前半は無邪気にバカをやっていた。
20代後半はバカなことをしようとしてバカをやっていた。
このころから、ぼくは認められようとし始めた気がする。
みんなに認められるバカになろうとしていた。
なんか、地元の成績優秀で神童とか言われてたやつが、高校に進学して自分が凡人だったということを知る、みたいな感じか。
天才的に絵が上手いと思って美大入ったら天才がうようよしていて愕然とする、とか。
要するに、自分が井の中の蛙だったことを思い知らされたのが20代後半。
絵も、音楽も、生き方も。
しかも、飛び込んだ先はダメ人間であればあるほど評価されるようなどうしようもない村社会。
そこでぼくは、周りに認められようとして必死でダメ人間になろうとしていた。
なんだそりゃ。
冷静に考えたらまじで何やっていたかわからない。
当時のぼくは真剣そのものだったんだけど、あらためて考えるとめちゃくちゃだ。
たぶんこの時期にぼくの自己肯定感はおかしなことになっていったんだと思う。
世間の常識から外れれば外れるほど評価される社会。
評価されればされるほど人として終わっていく環境。
がんばればがんばるほど、子供のころに培われた価値観を否定されていく感覚。
純粋に絵を描くことが好きだったぼく。
純粋に音楽が好きだったぼく。
そんなぼくを20代後半で自ら否定した。
周囲の期待に応えようとして、純粋なぼくの価値観を押し殺した。
10代の、自分のことを天才だと思っていたぼくを全否定した。
20代後半、ぼくは自己矛盾でおかしくなった。
自分の価値観がわからなくなった。
再構築した価値観は環境の影響でとてもいびつなものだったから、自分の価値観のはずなのにどうしても好きになれなかった。
だから、抜け出した。
それが30歳のころ。
そこから、本当にやりたかったのはこれだ!とか言って1人で活動を始めた。
この時は一瞬楽しかった。
でも、一瞬だった。
元奥さんが壊れて、生活も壊れた。
元奥さんはぼくの本当にやりたかったことを全否定して、突然目の前からいなくなった。
あれからぼくは1曲も自分の曲を作れていない。
まあ、タイミングとかもろもろがかみ合っていなかっただけなのかもしれない。
何か一つずれていたら、誰かひとり、本当のぼくを認めてくれる人がいたら、何かが変わっていたのかもしれない。
あとあれだ、疎遠になっていた悪友が自殺したって聞いたのがぼくにとどめを刺したのかもしれない。
あの時、本当のぼくを認めてくれていた人が完全にいなくなった。
あれからなんだかんだ15年以上。
20年近くが経った。
その間、社会復帰だとか言っていろいろな仕事についたけど、何一つ続かなかった。
そうこうしているうちにADHDと診断されて、生きづらさの正体がわかってほっとしたり絶望したり。
その後、そんなぼくの特性を才能だと言ってくれた人に拾われた。
でも、5年後、こいつは億単位の補助金の不正受給をしたあげく、会社を守るためにぼくらを不正解雇しやがった。
それが1年半前。
書いててかわいそうになってくるぐらい散々だな、ぼくの人生。
そりゃ自分のことを信じられなくもなる。
ぼくにADHDの診断を下した先生にも、「普通だったらとっくに精神を病んでる」って言われたっけ。
たしかによく病まなかったな、ぼく。
それともうっすらずっと病んでいるんだろうか。
でもこうやって書きなぐっていて、気がついたことが一つある。
ぼくは環境の影響に左右されやすい。
そのせいで価値観がぶれまくってきた。
周囲に合わせて価値観を変化させすぎた結果、何が自分の価値観なのかわからなくなった。
わからないんだから、信じようがない。
だから自己肯定感が低い。
たぶん、今のぼくに必要なのは絶対的な評価だ。
じゃあ絶対的な評価って?
お金じゃないだろうか。
20代後半からずっと、ぼくを評価したり褒めたりしてきた人たちは、ぼくを安価で利用しようとしてきた人たちばかりだった。
評価することも、褒めることも、搾取するため。
ぼくはまんまと搾取され続けてきた。
評価されていると勘違いしたまま。
自分が納得したものを世に出して、それで対価を得る。
それが絶対的評価なんじゃないか。
誰の顔色もうかがわず、自分自身を偽ることもなく、作って、世に出す。
相手のことを真剣に考えて作るっていうのは顔色をうかがうとは違う気がする。
ぼくはこれまで、相手の顔色を窺っていたから、最大公約数を狙わざるを得なかった。
最大公約数だから自分のできることより小さくなっている。
でも相手のことを考えて自分のできることをやる、っていうのは相乗効果。
最低でも最小公倍数にはなるんじゃないか。
それって、相手のことを考えたことがプラスに働いているんじゃないか?
掛け算が起きてる。
自分の実力以上のものが引き出されたってことになるんじゃないか?
うん、やっぱり今のぼくに必要なのは絶対的評価を得ること、すなわちお金を得ること。
自分を偽ることなく、だ。
そのためにもまず、ぼくは自分に許可を出そうと思う。
自分にできることしかできなくてもいい、という許可。
相手の顔色をうかがわずに作ってもいい、という許可。
自分の成長と仕事の価値を切り離す、という許可。
この許可を自分に出すことができれば、あとはシンプル。
自分にできることをがんばるだけ。
シンプルにがんばるだけ。
自分にできることをシンプルにがんばる。
結局、それだけ。
たったこれだけのことに気付くのに49年もかかったのか、ぼくは。
逆に49歳にしてここにたどり着くってちょっとすごいことなんじゃないか、とも思う。
相当な回り道をしたけれど、回り道あっての今のぼく。
自己肯定感も、がんばって上げるんじゃなくて、気がついたら上がっているぐらいがちょうどいい。
目指せ、終わり良ければすべて良し。
