経営者と最終責任
先日、足場屋の経営判断氏が以下の記事を書いていた。
社長は「社内で怒られることはないが、社外から怒られる機会が増える」といった内容だ。
そして、最後にこう書き綴っていた。
従業員のことも、安全のことも、仕事の仕上がりも、最後は会社の責任になる。
社長というのは、偉くなることよりも、管理する範囲が広がっていくことなのかもしれない。
私も、本当に、その通りだと思う。
今回はこの辺りのことについて書き綴っていく。
最終責任を負えるか?
経営者として「最終責任を負えるか?」というのは、奥が深い。
理屈は、簡単だ。
・人事
・教育
上記2点だけでも、必ず最後は経営者の責任ということになる。
どんなミス、どんなクレームでも、最終的にそれを引き起こした大元は、人事や教育ということになる。
ただ、これが難しい。
理屈は分かっていても、経営者自身がそう思えるかどうかは別の問題だ。
さらに難しいのが、従業員数が増えた場合。
従業員数が増えれば増えるほど、何かしらのミスは増えるため、対外的な謝罪の数は増えていく。
――― 全てのミスを、自分のせいだと思えるか?
例外なく、経営者はこの問いと戦うことになる。
覚悟の段階
私が見た限り、経営者が持つ「最終責任の覚悟」というのは、段階がある。
1.自分の責任だと、思えない
2.頭では責任を認めても、感情がついて来ない
3.全ての責任を、認められる
残念ながら、一番多いのは 1 だ。
・不機嫌な態度で謝罪へ出かける
・謝罪する点が具体的ではない
・そもそも自分自身で謝罪をしない
こういった傾向があるのは 1 の経営者の特徴だと思う。
2 と 3 の経営者は、外から見ると、見分けがつかないかもしれない。
表面的な行動は、同じようなものだ。
・注意と指導
・原因追及
・再発防止
もしかしたら「注意と指導」という点に、感情的な違いが見られるかもしれない。
ただ、元々比較的強い注意と指導を行う経営者もいるので、本当のところは分からない。
覚悟の表れ
最終責任の覚悟の強さと、ほぼ確実に比例するものがある。
――― 社員の教育
シンプルだが、ここに多くが表れる。
特に現れるのは「責任感」だと思う。
覚悟の強い経営者は、何か問題があると「確実に再発防止」をする。
そこまでがセットで責任だと思っているからだ。
そのために、厳しさを見せることをいとわない。
厳しい口調で詰めるかどうかは別として、曖昧で抽象的な返答や解決を許さない。
――― だから、社員に責任感が宿る
逆に、覚悟のない経営者の社員はどうか?
例えば、業務上でトラブルが発生したとする。
そんな時、一目で分かる。
・自分は「関係ない」という態度をとる
・その場から、去る
・その場に責任者が生まれない
こういった人の会社は、すぐに「犯人捜し」をする可能性が高い。
そして、経営者も、その犯人自体が悪いと思っている。
逆に、覚悟を持った経営者は「犯人捜し」に、さほど興味はない。
原因と再発防止が最重要だと思っており、再発防止のためにしか「注意と指導」はしない。
そして、最後は自分(経営者)が責任を負うと決めている。
覚悟の成果
覚悟の成果は、確実にある。
例えば、私の知人に足場工事の先輩経営者がいる。
彼は、厳しい。
社員を叱る口調も、厳しい。
ただ、不思議と顧客からは可愛がられている。
経営者本人が、ではなく、その社員たちがだ。
15年前は、従業員10名程度の規模だったが、今ではその3倍以上の規模になっている。
そして、顧客の会社規模も大きくなっている。
彼の会社の社員は、私が知る多くの足場工事の人とは違う。
当然のように挨拶をするし、私が彼の会社をウロウロしていると「社長に会えましたか?」と気を遣ってくれる。
私が少し遠くの社員用の駐車場に車を停めた時、私の車のキーを預かって、来賓用の駐車場に移動してくれたこともあった。
普通は、ここまでしない。
以前、彼が社員に「寸志」として封筒入りの臨時ボーナス(現金)を出していたところを目撃したことがある。
なぜか?
――― 次の案件も、彼を指名して、発注したい
まだそれほど付き合いが長くない顧客から、そう言わせたそうだ。
さらに「嫌な顔一つせず、笑顔で、臨機応変に仕事を全うしてくれた」とのこと。
これこそ、社員の責任感。
そして、教育の結果。
*****
全ての責任は、経営者にある。
この覚悟を身につけ、さらに初心として忘れないこと。
私もそうでありたいと、強く思う。
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