最後の「春一番」~のろしレコードから松井文
「のろしレコード」は、折坂悠太、松井文、夜久一によるユニットである。春一には折坂がマンドリン、松井文がギターとギターバンジョー、夜久がE.ギターの編成で出演した。当方は下手なりにたまにマンドリンを弾く。いわゆる「ブルーグラスではない」マンドリンの奏法に興味があり(カッティングのミュートをしないとか、単音のフレーズをアピールしないところとか)、折坂の手元をニコンの単眼鏡で凝視していた。
「のろし」という曲が始まった。
〈そうだ あのでかいビルのガラスを割って 君に元気だって伝えよう あのでかいビルからのろしをあげて 迎えにきてもらおう〉
いいなと思った。松下竜一の『狼煙を見よ 東アジア反日武装戦線“狼”部隊』という本を連想したが、歌のモチーフがそれかどうかはわからない。ともかく、そびえるビルのガラスを割り「ぼくは元気だよ」という言葉が響いた。たとえば深海誠がこの歌詞のイメージを描くとすればどんなシーンになるのだろうかとか、そんなことを思ったりもした。
帰京してから、サブスクやYouTubeで「のろしレコード」と「松井文」を探して聴きまくった。ジムのランニングマシンで彼らのアルバムを1枚聴き終わるまで走るということをしばらくやっていたら体重が少し減った。「春一」が終わって寂しかったけど、おっさんはお気に入りのミュージシャンを見つけた気になり、走り、けっこううかれていた。
「春一」から1週間後、ツイッターを眺めていたら「松井文と他人」が立川の米軍ハウスで屋外ライブをするというので出かけた。場所は家の前庭で、われわれは家の前の路地から眺める仕組み。家のなかにミキサーが据えられ窓から線がいろいろのびて楽器やアンプとつないでいる。テントでは酒や食べ物を売っている。主催者からの返信メールに「かなりゆるいイベントですのでご承知おきください」とあった。ゆるいというか、かなり自由な催しが住宅地で行なわれた。

道ばたでどのようにしてライブを観るのか逡巡していたら、主催の人がビールケースを貸してくれたのがありがたかった。隣の家ではガーデンパーティをしていて、そこの人たちも演奏が終わると拍手していた。ライブの様子がYouTubeに上がっている。
「春一」のフィナーレで聴いた"I Shall be Released"を一週間後に立川でまた聴くことになった。10何年か前に「春一」のスタッフだった松井文は最後の「春一」に出演し、いま立川で歌っている。終わったけど続いている。
あがた森魚さんは先にリンクしたFBで「短絡的な未来憧憬」と書いた。「春一」の最初から出演するミュージシャンも、今年初めてステージに立った若いミュージシャンも「短絡的な未来憧憬」において変わるところなく音楽を続けていると考えれば、"I Shall be Released"は懐メロではなく、今を歌う歌だといえる。
のろしレコードもあがた森魚も大塚まさじも西岡恭蔵も友部正人も中川イサトも高田渡も金森幸介も山下洋輔も坂田明も……この世の人もあの世の人も、福岡風太が運転するバスにがやがやと乗り込みヤスガーズファームに向かっている途中なのかと。「春一」が終わってからずっとそんなことを考えている。

福岡風太著、東方出版、2200円(税込み)。https://tohoshuppan.co.jp/2025/05/s25-468-9.html
