新潟旅行記④大国主なのに神明鳥居?


大黒屋を出て、今度は高田城跡へ向かった。

高田城には三重櫓が復元されている。

城そのものが残っているわけではないけれど、櫓を見ていると、ここに大きな城があったんだなということは感じられる。

城主は松平忠輝。

徳川家康の息子だ。

「そういえば、伊達政宗のドラマで真田広之が演じていた人だな」

そんなことを思い出しながら櫓を見る。

周りは公園になっていて、堀も残っている。

そして、その堀が一面の蓮で覆われていた。

今は花の時期ではないので、花は咲いていない。

でも、これが一面に咲いていたら、かなりきれいだろうなと思う。

そこから春日山城のふもとを通って、居多神社へ向かった。

このあたりは上杉謙信の春日山城があった場所。

車で通り過ぎただけだけれど、「謙信のいた場所を走っているんだな」と思うと、ちょっと楽しい。

そして向かった居多神社は、越後国一之宮。

ここは今回、ちょっと楽しみにしていた場所だった。

私はこういう古い神社の話が好きなので、事前に調べていた。

居多神社の主祭神は大国主命、奴奈川姫命、建御名方命。

大国主と奴奈川姫の子が建御名方神とされ、その建御名方神を祀るのが諏訪大社だ。

出雲の大国主から、糸魚川の奴奈川姫、そして諏訪へ。

地図を頭に浮かべると、神話の世界が日本海側から信濃へつながっていくように感じる。

「これは面白いな」

そんなことを思いながら、居多神社に向かった。

神社に着く。

駐車場はそれなりに広い。

でも、参拝客は私たちと、もう一組くらい。

駐車場から階段を上って鳥居をくぐる。

境内に入ってみると、思っていたよりずっとこぢんまりしていた。

社殿もそれほど大きくない。

「越後国一之宮だから、もっと大きな神社なのかな」

勝手にそう思っていたので、ちょっと意外だった。

社殿は左右対称ではなく、少し変わった形をしている。

なんとなく出雲っぽい。

注連縄も出雲っぽい。

「やっぱり大国主を祀っている神社なんだな」

と思う。

ところが、鳥居を見て、また引っかかった。

神明鳥居だった。

大国主を祀っているのに、伊勢神宮などで見る神明鳥居。

出雲などでよく見る明神鳥居とは形が違う。

「なんでだろう?」

これが妙に気になった。

そのときは答えが分からない。

帰ってから調べてみると、居多神社は明治12年に現在の場所へ移り、明治35年に社殿が焼失。

明治40年に仮社殿が再建されている。

そこで、また考えた。

明治40年。

明治政府のもとで、神社のあり方が大きく変わっていた時代だ。

もしかしたら、大国主を祀る神社なのに、再建の際に神明式の鳥居が選ばれたのではないか。

そんな推理をしてみた。

もちろん、これは私の想像だ。

実際に、それを裏付ける資料を見つけたわけではない。

でも、現地で「なんでだろう?」と思ったものを、帰ってから調べてみる。

こういうのが楽しい。

そして、居多神社に来て、もう一つ意外だったことがある。

親鸞だ。

このあたりは親鸞が越後に流された場所で、周辺には親鸞ゆかりの場所がいくつもある。

片葉の葦の伝承もある。

事前に調べていた私は、大国主や出雲、奴奈川姫、建御名方神、そして諏訪大社。

そんな古代の話を頭に入れて来ていた。

ところが、実際に来てみると、親鸞の存在感が思っていた以上に大きい。

そして、少し前に通ってきた春日山では謙信。

高田城では松平忠輝。

居多神社では親鸞。

自分が事前に興味を持っていたのは古代の神話だったのに、実際の旅では、戦国時代や中世の人物がどんどん前に出てくる。

これが面白かった。

「歴史を調べてから行けば、現地では答え合わせができる」

と思っていたけれど、実際にはそうでもない。

調べて行ったからこそ、現地で「思っていたのと違う」と感じる。

それがまた、帰ってから調べたくなる。

今回の居多神社は、まさにそんな場所だった。

次は居多神社周辺を散策です。

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