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妖魔狩り 月光が君に降り注ぐ2.5 Short story 『追うもの、追われるもの』


ご案内

 こちらは文学フリマ東京42にて発行いたしました無配本のnote版となります。
 緋賀のえがくダークバトルファンタジー小説『妖魔狩り 月光が君に降り注ぐ』の幕間の物語ですが、本編を読んだことのない方でも分かるようになっております。時系列としましては『2』と『3』の間となっています。
 キャラクター紹介の後にショートストーリーが続いております。『妖魔狩り 月光が君に降り注ぐ』シリーズの雰囲気が伝われば幸いです。

キャラクター紹介

沢渡航

妖紅・カイソード


妖魔狩り 月光が君に降り注ぐ Short story 追うもの、追われるもの

 そいつは運がなかった。
 はじめは恐らく運がいいと思ったことだろう。
 そう、どう見ても弱い相手にしか見えなかった。
 だって追ってきたのはどう見ても弱そうだったから。
 ふいに彼の前に現れたのは一組の男女であり、男は細身の青年、女はどう見ても少女と呼んでいい年齢しか見えず、正直言えば困惑してしまったくらいだ。
 こんなヤツらが妖魔狩り?
 それが紛れも無い本音だ。
 だから、さっさと逃げられる、そう高を括っていた。
 彼なりに瞬足で走り、あっと言う間に二人から距離を稼いだはずだった。
 それなのに、あっと言う間に追い詰められてしまっていたのだ。
 彼がいるのは後先のない袋小路、まさに逃げ場がない。
 残念ながら物質を抜けるような真似は出来なかったし、驚異的なジャンプ力もなかった。
「ようやく追い詰めた」
 青年はにこやかに、だが、そう冷たく言い放った。
 優男に見えるが、彼の放つその殺気は本物だ。
 それだけでも、とんでもないやつを相手にしたと後悔していたが、そんなことはもうどうでもいい。
 何を置いても逃げるべきなのだ。今直ぐ!
「うん、いい加減、鬼ごっこはもう終わりだ」
 青年がそう言えば、少女が不思議そうな顔で言葉尻を捉えた。
「鬼ごっこ……なるほど、追いかけ回すことか。ならば終わるのは実にあっけないものだな」
 少女の言葉に青年は苦笑したが、それでいいと判断する。
「少し違うけど、まあ、いいか」
 すーっと青年の瞳が細くなり、殺気を帯びていく。
「何しろ、今は仕事が先だしね」
 それに合わせるかのように少女も頷いた。
「ああ、分かった。お前の言うとおりだ」
 少女も青年に合わせるように妖魔の男を静かに見つめる。
「さて、ランクはFかな? うん、まあ、いいところ、せいぜいEってところだね」
「そうだな。ロクな情報もなかったのに、こんなにも簡単に見つかるくらいだ」
 簡単に? そう言ったか?
 確かに彼は有生界に来たばかりだ。
 妖界では狙われることも多かったが、ここでは違った。一方的に狩るものであれた。
 だから彼はついつい調子に乗りすぎたのだ。
 簡単に襲える人間なんてたいしたことないという思い込みがあったせいもある。
 無論、妖魔狩りの噂くらいは知っていたが、まさか自分のような小物相手をするとは思ってもみなかった。
「た、多勢無勢なんて卑怯だろうが?」
 必死にイキがってみせるものの、彼はビビっていた。心底、自分の迂闊さを呪う。
「なに、獅子搏兎ししばくとってね。強者である獅子であっても、兎のような小さな獲物を捕らえる時は全力を尽くすんだ――つまりは僕たちもお前が弱いとしても、手を抜くなんてしないのさ」
 そこまで言ってから航はどうでもいいことを追加した。
「正確には兎はサバンナにはいないけどねえ」
「そうなのか?」
「うん、確か、そう。まあ、それは今はどうでもいいことだから」
 青年は標的から視線を外さず、そう言った。
 それは少女も同じであり、普通に会話をしながら、確実に距離を縮めてくる。
 恐怖という感情が駆け巡った。
 これはヤバいのだ、ヤバすぎると彼の本能が伝える。
 同時に最早、逃げ場すらないことも分かっていた。
「さて、ジタバタしないで貰おうかな。もう逃げられないよ」
「俺みたいなのは幾らでもいるだろうが! 弱いものいじめってやつだろ?!」
 妖魔はそう叫んだものの、それが通じない相手だと心の底では理解していた。
「それは正論だけどね。だが、あんたが今更、何を言おうが、人間を食べたらもうアウトだよ」
 そう言っている青年の指先が光り、それは鋭い爪であることに妖魔は気が付く。
「そう――妖鬼が人食い妖魔になったのなら、終わりだからね」
こうが言うとおりだな。お前はもう逃れられない」
 航と呼ばれた青年は真っ直ぐ言い放つ少女に苦笑しながら肩を竦めた。
妖紅ヨーコはいつも素直で助かるよ」
「なに、同族喰らいのなれの果てだ。私の世界の輩がやらかしているのだから責任はとるべきだろう」
 そう静かに妖紅は言う。
「ど、同族だと?」
「ああ、お前程度じゃ、妖紅のレベルも分からないか」
 少し小馬鹿にしたように航は言い、嘲笑った。
「何だと?!」
 それは聞き捨てならなかったが、実際、言われるまで分からなかったのだから彼の実力は推して知るべしだ。
 それでもプライドはある。ここまでやって来た自信もあった。
「お前ら程度、倒してみせる!!」
 だからそう豪語する。
 だが、相手の反応は彼の思うようなものではない。むしろ呆れているようにも見えた。
「分かりやすくて助かるよ。脳筋は」
「のうきん?」
「んー、単細胞ってこと」
「単純と言うことか?」
「当たり」
 それは完全に相手を小馬鹿にしている態度だ。むしろ歯牙にすらかけてないようにすら見えた。
「何だと!!」
 それは彼の怒りの頂点を呼ぶ。
 こんなにも馬鹿にされる謂れはない。妖界では小物と言われ、ここでまでそう言われるなんて耐えられなかったのだ。
「まあ、お出でよ」
 くいくいと航は挑発を続ける。
「こっちも逃すわけにはいかないんでね」
 軽口とは反対に、青年の目は真剣そのもので、それだけで彼を射貫くようだった。
 一方の少女はあまり話さないが、殺気は感じる。
 紛れもなく彼らは狩人だった。そして駆られるのは誰あろう、自分なのは言うまでもない。それは途轍もなく恐ろしいことである。
 幾ら激昂しようとも、威嚇しようとも完全に立場は弱い。
 どうしてだ、どうしてだ?
 彼はどうしてもそこから逃げたかった。
 そのためには最後の手段を選ぶ以外ない。
 決めてしまえば彼は自分の体を解放していく。それは人間の姿を捨て、妖魔に戻ることだ。彼レベルではそうなれば理性もなくなり、人語を操ることすら難しくなる。
 当然、元に戻るにも四苦八苦になるが、その代わりに戦闘能力は比例して強くなる。
 それが彼の最後の一手でもあった。
 妖魔のそれに戻っていく彼はどんどん巨大化していくが、それも限界があった。せいぜい、相手の青年の頭一つ程度、飛び出るくらい。
「航が挑発をするからだ」
 妖紅は少し非難めいた言葉を航に向けた。面倒がましたと言いたいらしい。
「いやあ、こうも上手くいくとねえ。いつもこうだと助かるんだけどね」
「そんなわけもないだろう」
「分かっているさ」
「ぱんけーき」
 それが条件だとばかりに妖紅が言えば、航はふむと視線を送る。
「食べたいの?」
「そのくらいの見返りは欲しい」
「なら、家、帰って作ってあげるよ」
「航は何でも出来るな」
「何でもでもないよ」
「そうか?」
「そうだよ」
 軽口を叩き合い、それでも彼らは殺気を隠すこともない。妖魔である彼を倒す、それは変わらない目的なのだ。
 だから妖魔たる男は戦法もないにも浮かばず、ただひたすらに闇雲に突っ込むことにした。一人一人なら相手に出来ると踏んだせいもあった。
 まずはふざけた男からだ。こいつの匂いはヤバいとっていたから、女より倒すべきだ。
 考え方はあっていたのかも知れないが、相手が悪かった。
 彼らは彼の攻撃パターンなど読んでいたからだ。
「では、早く終わらせよう」 
 妖紅はそう言い、己の掌から一振りの刀を出す。
「一気に焔斬でいいか?」
「そうだね、こいつは急所は一つしかないから正々堂々と前から狙うとしようか」
 何を言っているんだ? 俺の急所なんて知るわけないのに!
 航は静かに相手を見つめ、踏むと納得したような顔をした。
「妖紅、右耳を狙ってくれ。僕が足止めをする。昨日の厄介な雨が役に立つよ」
「承知」
 雨? 何を言ってるんだ? 確かに昨日は降っていた。お陰で獲物が少なかったのを覚えている。
 だが、その真意は妖魔には理解らない。
「凍て凍て凍てつけよ、我が吐息、我が呼吸! 我を阻害するもの、すべてのものを凍らせ、果てさせよ」
 航はその鋭い爪に言の葉を載せるようにして、妖魔に向かって呪を放ってきた。それがいかなるものかなのかは彼は身を以て知る羽目になる。
「凍てつく吐息frosty breath
 たちまちのうちに妖魔の足が凍り付き行き、彼の動きはあっと言う間に封じされていく。そうなれば動こうにも動けない。
「わりと大雨だったからね」
 そんなことを航は嘯いた。
「グワァっ! グギャ!」
 人語を失っているため、何を言っているのかは分からないが、何を言いたいのかは航と妖紅には理解できていた。
 ただ、それは彼らには関係のないことだ。
「妖紅!」
 航の呼びかけに応えるようにして、少女が妖魔に目かげてくる。
「我が刃よ、燃えて燃えよ! 目前の敵を塵と化せ!! 焔斬!!」
 妖魔の耳に狙い定め、外れることもなく一気に貫いていく。
 その途端、彼の命運は尽きた。
 戦うどころか、動くことすら満足に出来ないまま滅びてしまうのだ。何たる無念だろう。けれど、それすら一瞬のことだ。
 妖紅の放つ焔斬の炎にその身はあっと言う間に焼かれ、その身は崩壊していった。
「妖紅、お疲れ」
「今日の仕事はこれで終わりか?」
「終わり、終わり。これ以上はオーバーワークだ」
「おーばーわーく?」
「やり過ぎってこと」
「そうだな、やり過ぎだな」
「さあ、妖紅、帰ろう。約束のパンケーキね」
「それは魅力的な言葉だ」
 普段はクールな少女だが、こと甘いもの、パンケーキには目がない。
 そんな妖紅を見るのは航は嫌いではなかった。
「夜が明ける。さっさと行こう。後始末はいつものヤツらがやってくれるさ」
「分かった」

 そうして、二人で暢気に歩き出す――さっきまであった光景は最早存在しないかのように。

続(妖魔狩り 月光が君に降り注ぐ3へ)

本編はこちら

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