「昨日は行けたのに、今日は行けない」——不登校・行き渋りの子に言わないほうがいい3つの言葉
昨日は学校に行けたのに、今日は行けない
そんな朝、親は子どもに何と声をかければよいのでしょうか。
9月になり、新学期が始まりました。
昨日まで学校へ行けていた子が、ある朝突然、
「学校に行きたくない」
と言い始めることがあります。
親から見ると、まるで“突然”起きたように感じますよね。
けれど、親には突然に見えても、子どもの心や身体の中では、少し前から無理や疲れが積み重なっていたのかもしれません。
ほぼ皆勤賞だった息子が、布団から出てこなくなった
うちの息子は、小学3年生まで、ほぼ皆勤賞のように学校へ通っていました。
朝早く登校する同級生と競うように、下駄箱の前で待っていたほどです。
それまでは行き渋りもなく、私も「この子は学校へ行ける子」だと思っていました。
ところが4年生になり、運動会が終わった6月頃のことです。
ある朝、息子が布団から出てこなくなりました。
「昨日は行けたのに、どうして?」
そう言いたくなりました。
「頭が痛い」
「お腹が痛い」
と訴える息子を心配しながらも、心のどこかでは、
「もしかして仮病なのかな?」
と疑ってしまった朝もありました。
今思えば、息子自身にも、なぜ学校へ行けないのかをうまく説明できなかったのだと思います。

子どもの頭痛や腹痛は、心身の疲れが表れていることもあります。症状が続く場合や心配な様子がある場合には、「気持ちの問題」と決めつけず、医療機関などに相談することも大切です。
不登校・行き渋りの子に言わないほうがいい3つの言葉
子どもが突然「学校に行きたくない」と言ったら、どんな親御さんでも驚きます。
心配になるのも、焦るのも当然です。
私自身も、どうにか理由を聞き出し、学校へ行かせようとしていました。
けれど、よかれと思ってかけた言葉が、苦しんでいる子どもをさらに追い詰めてしまうことがあります。
ここからは、私が「できれば避けたい」と感じている3つの言葉を紹介します。
①「なんで行けないの?」
子どものことが心配だからこそ、原因を知りたくなりますよね。
「理由は何?」
「お友達と何かあったの?」
「担任の先生に嫌なことを言われた?」
私も、答えを見つけようとして、矢継ぎ早に質問してしまったことがあります。
けれど、子ども自身にも、まだ理由が分からないことがあります。
いくつもの小さなつらさが重なっていたり、言葉にできない疲れを抱えていたりするからです。
そこで原因を問い続けると、子どもは親を安心させるため、あるいは質問を終わらせるために、とりあえずの答えを用意してしまうことがあります。
大切なのは、すぐに原因を突き止めることではありません。
「今はうまく話せなくても大丈夫だよ」
と、子どもが安心して黙っていられる時間をつくることも必要なのです。
②「昨日は行けたから、今日も行けるでしょう?」
昨日は学校へ行けた。
だから今日も行けるはず。
そう期待してしまうのは、親として自然なことだと思います。
家では元気そうに見えると、
「これなら学校にも行けるのでは?」
と思ってしまうこともありますよね。
けれど、ぎりぎりのところで頑張っている子どもにとっては、
「昨日、学校へ行ったから、今日はもう充電切れだよ」
という状態かもしれません。
スマートフォンの充電が残り10%しかないのに、いつもと同じように使い続けたら、やがて電源が落ちてしまいます。
子どもも同じです。
学校へ行けたからといって、エネルギーが十分に回復しているとは限りません。
むしろ、昨日頑張ってエネルギーを使い切ったからこそ、今日は動けなくなっている可能性もあります。
親には「また振り出しに戻ってしまった」と見えるかもしれません。
でも、回復は一直線ではありません。
行ける日と行けない日を行き来しながら、少しずつ心と身体のエネルギーを取り戻していく子もいます。
③「こっちも仕事があるのに困る」
親にも仕事や予定があります。
急に学校を休むことになれば、職場への連絡や予定の変更が必要です。
きょうだいの予定に影響が出ることもあります。
有給休暇や職場の制度を使える場合もありますが、思うように休めない方もいます。
経済的にも精神的にも負担が大きく、
「私だって困っている」
と言いたくなることもあるでしょう。
その気持ちまで我慢しなければならない、ということではありません。
毎日頑張っているのですから、愚痴を言いたくなるのは当然です。
ただ、その苦しさを吐き出す相手は、子ども本人ではなく、パートナーや信頼できる友人、カウンセラーなど、大人同士で話せる相手を選んでほしいのです。
「自分が学校へ行けないせいで、お母さんを困らせている」
と感じると、子どもはただでさえ苦しい中で、さらに罪悪感まで抱えることになります。
親が一人で抱え込まないこと。
そして、親の苦しさを子どもに背負わせないこと。
その両方が大切なのだと思います。

こんな言葉に置き換えてみる
同じ事を伝えるとしても言い方を変えてみる。
そして言うときの表情は柔らかく
眉間にしわをよせて怒った口調で言ってしまうと言い換えも意味がありません

大切なのは、この表にある“正解の言葉”を暗記することではありません。
同じ言葉でも、子どもの状態や親子関係によって、受け取り方は変わります。
エネルギーが切れている子どもを無理に動かそうとする前に、
「今、この子はどんな状態なのだろう?」
と知ろうとすることが大切なのです。
回復は一直線ではないまず
不登校や行き渋りからの回復は、いつも右肩上がりに進むわけではありません。
学校へ行けた翌日に休むことがある
行けた日にエネルギーを使い切っていることがある
一日行けたことと、完全に回復したことは違う
「行けた・行けない」だけでは、子どもの状態は分からない
登校できたかどうかだけではなく、表情や睡眠、食欲、会話の様子なども見てみてください。
「今日は学校へ行けなかった」
という一つの結果だけで、その日のすべてを判断しないことです。
学校には行けなくても、昨日より少し眠れた。
家族と一緒にご飯を食べられた。
少し笑顔が見られた。
自分の気持ちを一言だけ話してくれた。
そこにも、小さな回復のサインがあるかもしれません。
元保育士の私も、我が子のことでは迷いました
私自身も、焦りから、息子に言わないほうがよい言葉を投げかけてしまったことがあります。
当時は息子の気持ちに気づけず、起立性調節障害を疑って検査を受けに行ったり、
「付き添いなら学校へ行けるかもしれない」
と考えて、授業中に廊下で見守ったりしました。
そのときの私にできることを探しながら、本当にいろいろなことを試しました。
けれど、息子を何とか動かそうとするのではなく、まずは今の状態を知ろうと考え、声のかけ方を変えていくと、少しずつ息子の表情がやわらかくなっていきました。
減っていた食欲も、夏休みの間に少しずつ戻ってきました。
6月から7月だけで1.5kgほど痩せてしまっていた体重も戻り、笑顔が見られるようになりました。
そして、親子の会話も少しずつ増えていきました。
私は元保育士です。シッターとして今も子供たちと接しています。
子どもに関する知識がまったくなかったわけではありません。
それでも、不登校の子どもの親になるのは初めてでした。
我が子のことになると、
「この声かけでよいのかな?」
「休ませて、本当に大丈夫なのかな?」
と迷い、何度も試行錯誤しました。
知識があっても迷います。
子どもを大切に思っているからこそ、焦ってしまいます。
だから、うまく声をかけられなかった自分を、必要以上に責めなくて大丈夫です。
気づいたときから、関わり方は変えていけます。
親子で少しずつ、その子に合った“我が子のトリセツ”を見つけていけばよいのだと思います。
同じような朝を経験したことはありますか?
ここまで読んでくださった方も、同じような朝を経験したことはありますか?
よかったら、
つい言ってしまった言葉
誰かに言われて救われた言葉
今、声かけに迷っていること
この中のどれか一つを、コメントで教えてください。
詳しい事情を書かなくても大丈夫です。
一言だけでも、同じように悩んでいる誰かの心を軽くするきっかけになるかもしれません。
次回は、
「学校を休んだ日の過ごし方——ゲームやYouTubeは止めるべき?」
について書きます。
不登校や発達ユニークな子との関わり方を、元保育士・カウンセラー、そして親としての経験から発信しています。
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