SHOWBYROCK!!STARS!!雑考4
はじめに
Twitter(現X)にて、このシリーズを楽しんでくれている旨のコメントを拝見した。ありがとうございます。
大学生の貴重な春休みをつぶしてまで書いた甲斐があったと思います。
本項が本シリーズの最終回である。長かった。3期について書くならもうちっと楽なんだけど。
第10話 キミはボクのプリンセス☆
多分STARSってこういうノリやりたかったんだよねっていうのが伝わってくる。
さて、登録しても居ないのにPCの自動変換で出るシュウ☆ゾー君達トラクロとどこ指が絡む会。まあ、とは言え後輩のどこ指がトラクロを見てすげーってなるいつもの奴なんだけど
今回のはちょっと違った。まさかの1年の拉致が確定したツアーというハチャメチャなライブであり、そこから脱出する為に奔走するというノリは、1期のソレに近く久々に楽しめた。こういうので良いんだよこういうので。
しかし、どこ指の乗った一人用ポッド脱出装置、見た目も相まってガンダムのボールみたいなのにスッカスカのコクピットとうっすい装甲で大気圏を超えるまで燃え尽きることがなかったというと、どう考えても耐久性はこちらに軍配が上がる。どんな科学技術持ってんだよミューモン。
第11話 星空ライトストーリー
1話分尺が余ったので、3期を冒涜しようっていう感じの脚本。
なんか、今期は隙あらばMashumairesh!!に自分達らしさを探させるけど、
キミ達らしさは前向きに楽しむ事だって言うのは結構前から答えが見えている筈。
もうすでに見つけているものをそう何べんもグダグダグダグダ言われても困る。
ルフユの普通云々みたいなのも、まだ言ってんのかと。流石に聞き飽きたぞ。
「ルフユさんも誰かにとって特別だと、なぜ思わないんですか」
というデルミンのセリフは気になった。
私から見ると、ルフユはデルミンの事を数ある友の一人としてしか見ていない様に感じるし、実際既に特別視はしていないのではないだろうか。そうされて嫌がっていたのはデルミンなのだから。
そんなデルミンが今更ルフユを特別視している云々みたいなこと言ってもどの口案件に感じる。
実際この二人は「特別になりたい」と「普通になりたい」の真逆な悩みを持つことで共通点が生まれている存在なので、そこが解消されたらただのお友達関係でしかなくなってしまう。もしかしたら、デルフユは此処で「死んだ」のかもしれない。
さて、とりあえずやりたかっただろう海のシーンを出せば後は消化試合だったので余った枠をスカスカな振り返りで使うが、これがまあ酷い。3期を冒涜された気分だ。
「ありきたりな自分じゃいやだーって。けど・・・」
「ありのままの自分でいい・・・。そう思えたんです。」
なんで嫌だったのか、なんでそれが変わったのか?
説明が無いので分からない。
「ミディシティに来られて、ドキドキでわくわくで…。」
「いろんなバンドと会って、ぶつかったりすごいって思ったり教えられたり・・・」
いつ、何を教えられたの?
いつ、ぶつかったの?
すごいって思ってただけじゃないか。
心理描写が無いので分からない。
「この4人だから、特別な曲ができたんだーって」
「だから、ずっと一緒にいたい、どこまでも行きたい」
「それってやっぱり奇跡だなって・・・」
それ言っておけばいいって思ってるよね。
奇跡という言葉は彼女らにとってかなり重い。
3期やキセレゾではこの「奇跡」との「出会い」をテーマとしてMashumairesh!!の結成や人との繋がりを描いていた。
お先真っ暗だったほわんが偶然ヒメコ達のストリートライブを目にしたから
ヒメコが偶然ルフユに提案されたストリートライブをやったから
ルフユが偶然ヒメコにストリートライブを提案したから
デルミンが偶然ルフユの落とした手帳を見つけたから
名のしれない少女が偶然Mashumairesh!!と出会ったから
幾つもの偶然が奇跡へと昇華することで、Mashumairesh!!は出来上がった。
では、4期にそういった「奇跡の応酬」があっただろうか。
彼女らの裁判にリカオが遅刻したことやルフユが蟹を食ったことが、一体どのように彼女らにインスピレーションを与えるような「奇跡」として変化したのか。もしそれに答えがあるならそれを物語にしろよって話だ。
だから、読解力の無い私には
「それっぽく奇跡って言わせればいいとしか思っていないんだな。」
という見方しかできない。
最悪。不愉快。反吐が出る。
『アノカナタリウム』を聞いてみて欲しい。
これは4期を経由した4人の集大成らしいが
「息を切らしたどり着いた場所
~
わからないが増えていくパラドックス」
までの数フレーズしか4期の内容が無い。
びっくりした。あともう全部普通のMashumairesh!!じゃん。
一応STARSのフィナーレを飾る曲なのに......。
結局4人にとって、この旅で得た経験値はその程度だったのである…。寧ろ印象下がる回も多いので経験値マイナスではないか
最終話 アノカナタリウム
余りにもやっつけな設定で来たラスボス。
急にシリアスに生えてくるパシャリコワ。
とりあえずうおおおおおお!!!!!!ってなるやろっていう感じの全バンドによるフェス形式のライブ。
んで恒例の合唱。
...…。
感想もクソも無いな......。と、ここにきて気付く。
後ろで流しながらこれを書いているが、ろくに感想が書けないまま半日が過ぎようとしていたのだ。これはマズい。
まあ普通に考えて、何も感動する所無いよねって言う。思い入れもないし。
合掌されたところで何。
2期でのMy resolutionのオマージュだろうけど、今期それぞれのバンドのつながりもクソもこちら側には特に来なかったので、お涙頂戴されたところで…。
あとエーレス使うなこんなものに!!!!!!!!!!!!!!
なーにがキミの夢が叶う場所だよ!夢壊れたわクソボケ!
まあ、「もう一度あの場所(3期)へ行こう」っていうのはわかるけど。
そんで3期と一緒で路上ライブエンド。一瞬すたっどばんぎゃっしゅがカメオ出演したのは嬉しかった。ゼブリナちゃそに声優付けてくれ。
総評
脚本が最悪。
普段合わない人とコミュニケーションを取っているうちに起きる心の変化の過程は、その心理描写の変化をどうするかも脚本の腕の筈だと私は考えている。少なくとも最初にこの話を成長譚の続編に据えたからにはそうしなければならなかっただろう。しかし結局、何が成長したのか良く分からなかった。薄い設定を引っ張って引っ張って、最後に説明だけポンとするというギリギリ打ち切り漫画でなら許されるようなものを平気でやってのけたので、全然最悪。
具体的に問題点を挙げるとするなら、主題に「憧れの先輩たちと同じステージに立つ」という目的を掲げたのが間違いだったのではと考えられる。
3期の「4人がつながる」「バンドの方向性を決める」というある程度の具体性ある目的を持った上での音楽活動と比べて、
今回の「より高いステージに立つためにどうするか」という課題に関しては、音楽とか関係なく経験値以外と顔の広さで得るしか方法はないものなので、修行云々に関係はないのではないか。
それこそ武者修行しながらバンドの面々とコミュニケーションを交わし、その良さを吸収してMashumairesh!!というバンドの認知度を上げるということを黙々とやればいいと思うのだ。どこ指もいるのだし、男性バンドと女性バンドで分けて作ればいい。
それだけだとアニメとして面白くないなんてことはない。ジーペで一悶着を起こし、各所でましゅorどこ指と先輩バンドの2チームで解決する流れを淡々とやっていれば全然楽しいと思う。まあ私としては主人公をラメカにしてバンドにジーペを止めてもらう為協力を請うなんて話も面白そうに感じているが。
そもそも最初の設定である「武者修行」を銘打ったのであれば、その言葉の原義に習って
「先輩たちの演奏からインスピレーションを受けたような曲を完成させる」
って言う目標設定にするのもありだったんじゃないだろうか。
アニメと現実を比べるのもアレだが、例えば邦ロックを語る上で避けて通れない佐野元春氏はわかりやすい例だろう。
氏は日本で全国的な成功を収めオリコン1位もとるという大ブレイクをする最中に渡米。
氏の渡米した1983~84年の間の米国ヒットチャートでは英国から多く進出してきていたり、マイケル・ジャクソンはエドワード・ヴァン・ヘイレンと組んだ『Beat It』やポール・マッカートニーと組んだ『Say Say Say』だったりと、非常に多国籍化。その中で佐野氏は現地のミュージシャンやアーティストと友好関係を築き、当時日本に浸透していないラップやヒップホップをロックに融合した新しいサウンドを作り出したのだ。
何が言いたいかというと、Mashumairesh!!には多様な音楽に触れる機会があったにもかかわらず、自分の音楽と融合させるという事もなく売名だけしてあっさり帰ってしまったのだ。
多種多様な種族や音楽の入り混じるMIDISITYと80年代NYはそっくりである。
だったら、そんなMIDISITYで経験を積んだMashumairesh!!が多少なりとも影響を与えるべきだろう。
変化させる必要が無いことも成長であるのは間違いない。が、それなら最初からそんな設定にするのが間違いだ。
渡米の影響が非常に色濃く込められた佐野氏帰国直後のアルバムの『VISITORS』は結果的に日本の音楽シーンを大きく動かすきっかけとなったのだ。この時の音楽的な方向転換は本人もやり過ぎたと思っているらしいので、ここまでする必要は無いにせよMashumairesh!!も一回ぐらいラディカルなジャンル変更をしても面白かったと思う。
ほわんが『Billie Jean』みたいな曲を演奏しながら急にムーンウォークとかしたら爆笑すると思うし、ハチャメチャに面白いと思う。
そこまでせんでも、デュラン・デュランみたいなダンス・ロック的な、シンセ・ポップ的な曲にしても面白い。
なんてのはまあ冗談だが、兎に角変化が欲しかった。
Mashumairesh!!を佐野元春氏にしろという訳でもMIDISITYをNYにしろという訳でもなく、彼を見習えという訳でもないが、変化が欲しかったのだ。
変化や成長が分かりづらいものを見る必要なんてないだろう。
そもそも、危険運転とか窃盗とか拉致とか普通にギャグとして笑えない。稚拙なオマージュも腹ただしい。
キャラ崩壊も多すぎる。
時間をかけてまで見る価値は私には感じられなかった。
おわりに
私は最初、これをSB69の春映画であるとした。
しかし、明確に春映画と異なる点がある。
それは、
子供向けかどうか
という話である。
春映画の主なる目的は、過去作を知らない子供たちが過去のヒーローの活躍を見て、それを覚えて帰ってもらうという物。
子供騙しな脚本は論外だが、そこまで破綻している訳でもないし、子供たちはそのヒーローの事を知らないのでキャラクター崩壊も気にならない。
しかし、しょばすたは違う。
それぞれのバンドのファンが、それぞれの活躍を楽しみにしてましゅまいれっしゅ!!の終了から首を長くして待っていたのだ。
だから怒る人は多いし、これを理由にロッカーを脱退した人も多いだろう。
しかし、この作品をきっかけにSHOWBYROCK!!を知ったという人も少なくない。それは、この作品が生み出した数少ない功績なのだろう。実際事前知識さえなければ楽しめる作品ではあるのだ。
ファン向けの作品がファンには受けず数少ない新規客にしか受けないというのは、何たる皮肉か......…。
次この作品を見るのは2031年だろうか。
それまで、このコンテンツへの熱は続くはずが無いだろう。あれから5年、様々なことがあって、もうコンテンツへの熱も冷めきっている。
仮に再びアニメ化されたとしてそれがSTARSの様なものだったら、それこそ私の中では終焉だろう。
そう考えると、音楽コンテンツで負け犬となって逃げ出し、VRという市場でサンリオの金のなる木になっている方が、幸福なのかもしれない。
このコンテンツの明日はどうなるのか。
ひとりの傍観者として、もう暫くは見守ってみようと思う。
〆
