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眠れぬ夜のショートショート #38 崩壊する時計台で

その時計台は、百五十年近く、空を背に時を刻んでいた。
入り口は最初から開かれていた。
誰でも中を通ることができる。
長い間、人々は塔の前を通り過ぎ、その針に目をやった。
そこに流れる仕組みから、世の中の形を学ぶ者もいた。

塔の中では、無数の歯車がかみ合い、音を整え、鐘を鳴らしていた。
誰のものでもない。ただ皆のために動く、ひとつの仕組み。
油は少なかったが、それでも歯車たちは、自らの音を殺しながら働いていた。

ある時、幾組かの親子たちが中に居着くようになった。
彼らは歯車の動きを見て、眉をひそめた。

「この動き、同じでつまんない。」

子どもは仕組みに手を伸ばすと、回転を止め、バネを揺らした。
歯車は、黙って耐えた。

「やっぱり、つまんないの」

子どもは、他の子と一緒に走り回り始めた。
軸を蹴る。
ねじを外す。
親は注意すらしない。

突然、ひとつの歯車が外れた。
その拍子に子どもが転んだ。
かすり傷を負う。

「ちょっと、危ないじゃない。」

「こんなふうになるなんて、時計台に問題があるんじゃないの?」

声は塔の外にも響いた。
しかし、外にいるはずの管理人は否定しなかった。
飛び散った歯車が責められ、黙って取り替えられた。

管理人は今日も外に立っている。
塔を見ようとはせず、いつものように口を開く。
「人々のために、正しい時を刻みましょう。」

内部では、新旧の歯車たちが歪んだ軸を庇い合いながら動いていた。
音を抑え、形を変え、それでも止まらないように。
油は注がれない。
止めることも許されない。
磨耗は進む。

新しい歯車が入るたび、古い歯車たちは支えようとした。
どうにか噛み合わせようとした。
だが、そもそも、新しい歯車は、この時計に合わせて作られたものではなかった。
形も、重さも、かかる負荷も合わない。
そして、中に居着いた親子たちは、新しい歯車を見るたび、好奇心に満ちた目を向けた。

「これ、新しいの?なんかヘンじゃない?」

そう言って笑いながら揺らし、叩き、傷つけた。
そうして、歯車はまた壊れた。

噛み合わないのは『歯車の努力不足』とされる。
心ある古い部品ですら、錆が増し動かなくなりつつあった。

「これは、やりがいのある仕組みですよ。」

「油を注す時間は、見かけ上はあるけど、実際はずっと働く仕組みですよ。」

「合わないのなら、はずせばいい。」

そう言った誰かの声を背に、ひとつ、またひとつと歯車が静かに脱落する。

鐘は、いつの間にか鳴らなくなっていた。
針も、少しずつずれている。
誰も見上げてはいない。
人々は、自分の小さな時計だけを見て、世の中が分かった気がしていた。

それでも時計台は、空を背に今日も『動いているふり』を続けている。
けれど、崩壊はとっくに始まっている。

(おしまい)

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一条 詩紋 いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。 物語があなたの癒しになれば幸いです。 チップはご無用です。一緒にドキドキしてくれた思いを伝えてくだされば・・・。それがうれしいです。