眠れぬ夜のショートショート #38 崩壊する時計台で
その時計台は、百五十年近く、空を背に時を刻んでいた。
入り口は最初から開かれていた。
誰でも中を通ることができる。
長い間、人々は塔の前を通り過ぎ、その針に目をやった。
そこに流れる仕組みから、世の中の形を学ぶ者もいた。
*
塔の中では、無数の歯車がかみ合い、音を整え、鐘を鳴らしていた。
誰のものでもない。ただ皆のために動く、ひとつの仕組み。
油は少なかったが、それでも歯車たちは、自らの音を殺しながら働いていた。
*
ある時、幾組かの親子たちが中に居着くようになった。
彼らは歯車の動きを見て、眉をひそめた。
「この動き、同じでつまんない。」
子どもは仕組みに手を伸ばすと、回転を止め、バネを揺らした。
歯車は、黙って耐えた。
「やっぱり、つまんないの」
子どもは、他の子と一緒に走り回り始めた。
軸を蹴る。
ねじを外す。
親は注意すらしない。
*
突然、ひとつの歯車が外れた。
その拍子に子どもが転んだ。
かすり傷を負う。
「ちょっと、危ないじゃない。」
「こんなふうになるなんて、時計台に問題があるんじゃないの?」
声は塔の外にも響いた。
しかし、外にいるはずの管理人は否定しなかった。
飛び散った歯車が責められ、黙って取り替えられた。
*
管理人は今日も外に立っている。
塔を見ようとはせず、いつものように口を開く。
「人々のために、正しい時を刻みましょう。」
内部では、新旧の歯車たちが歪んだ軸を庇い合いながら動いていた。
音を抑え、形を変え、それでも止まらないように。
油は注がれない。
止めることも許されない。
磨耗は進む。
新しい歯車が入るたび、古い歯車たちは支えようとした。
どうにか噛み合わせようとした。
だが、そもそも、新しい歯車は、この時計に合わせて作られたものではなかった。
形も、重さも、かかる負荷も合わない。
そして、中に居着いた親子たちは、新しい歯車を見るたび、好奇心に満ちた目を向けた。
「これ、新しいの?なんかヘンじゃない?」
そう言って笑いながら揺らし、叩き、傷つけた。
そうして、歯車はまた壊れた。
噛み合わないのは『歯車の努力不足』とされる。
心ある古い部品ですら、錆が増し動かなくなりつつあった。
「これは、やりがいのある仕組みですよ。」
「油を注す時間は、見かけ上はあるけど、実際はずっと働く仕組みですよ。」
「合わないのなら、はずせばいい。」
そう言った誰かの声を背に、ひとつ、またひとつと歯車が静かに脱落する。
*
鐘は、いつの間にか鳴らなくなっていた。
針も、少しずつずれている。
誰も見上げてはいない。
人々は、自分の小さな時計だけを見て、世の中が分かった気がしていた。
それでも時計台は、空を背に今日も『動いているふり』を続けている。
けれど、崩壊はとっくに始まっている。
(おしまい)
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いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。
物語があなたの癒しになれば幸いです。
チップはご無用です。一緒にドキドキしてくれた思いを伝えてくだされば・・・。それがうれしいです。