noteを始めて3か月。ここは、人生が変わる「はじまりのまち」
こんにちは。
河童の猫、かぱにゃです。
はじめに
今日の記事は、noteを始めて3か月の振り返り内容ですが、気持ちが乗って文字数が7,000文字を超えてしまいました。
別に大したことは書いてないので、長っ!と思われましたら、ソッ閉じを推奨いたします。
早いもので、勢いだけでこのnoteの街に飛び込んでから、3か月とちょっとが経過しました。
毎日とっても楽しく書いたり、みなさんの素敵な記事を読んだりさせてもらっています。
電子の波に浮かぶ見知らぬ誰かと文章でつながる感覚は、なんだかちょっと不思議で、でも心地よい温もりがあって、すっかりこのnoteの街の居心地にひたひたに浸っている今日この頃です。
今日は、これまでの3か月間と97本の投稿を振り返りながら、エッセイとして綴ってみようと思います。
とりあえずプロフィールの棚卸しから
2026年4月18日。
本当に「思い立ったが吉日」という言葉をそのまま絵に描いたようなノリで始めたnote。
まずはなんでもいいからとにかく書く!ということで、定番の自己紹介から書き始めました。
自分のプロフィールやアイデンティティを整理すべく、思いつくままに誕生日とか出身地とか出してみます。
だがしかし……「特にこれといった特徴もない、ごくごく普通の変哲もないアラフォーオジサン」
人に自慢できるような輝かしい経歴があるわけでもない。
特殊な特技があるわけでもない。
どうしよう、このままでは「趣味:深夜に菓子パン食べる」みたいな、ほんとだけど意味不明アピールのみの、痛オジプロフィールで終わってしまう……。
なんかそれっぽいものはないかと、考えに考えた結果、ひとつだけ、やたらと数字が育っているものを見つけました。
それが大好きな映画のこと。
映画レビューアプリのFilmarksの、レビュー数が1700作品に達していて、これはアピールできるぞ〜!と、さっそく、プロフィールの冒頭に書き込みました。
「Filmarks映画レビュー数1700本以上!」
なかなか、インパクトある気がするぞと。
そもそも何故インパクトを求めたのかはよくわかりませんが、なんだかこう看板みたいなものを掲げなきゃって勝手に気負ったんですよね。
ただ、このFilmarksアカウントも自身の備忘録的に書いていたものなので、これを人様に「やってまーす!」みたいに公開するのは、それなりに勇気のある決断ではありました。
そんな感じで、プロフィール欄の紹介文と初めての記事を書き進めていきましたが、ふと我に帰ります。
この「アラフォーオジサン」を、アラフォーオジサンが、アラフォーオジサン丸出しで発信していくのか??
それはダメだ。
きっとネット社会に抹殺されてしまう。
そこで、キャラクターに分身になってもらおうと考えて、誕生したのが「河童の猫かぱにゃ」でした。
誕生秘話はコチラに↓
そうしてスタートした僕のnote。
書き始めるにあたって、一応頭の中で「投稿のカテゴリー分け」をぼんやりと考えました。
事業・店舗開発の日々の仕事のこと
自分の特性であるADHDのこと
回帰性リウマチとの付き合い方
大好きな映画やSF・特撮の考察や感想
日常のふとした出来事を、ちょっと面白おかしく観察してみること
「だいたいこの5本柱くらいかなぁ」なんて思っていましたが、蓋を開ければ、あっちゃこっちゃに話題が飛ぶ、一貫性ゼロの雑記帳となっております。
真面目にメンタルの話をして、次の日には、ただダジャレを呟いて、映画作品に関する知識をそれっぽく紹介したり、変な創作エッセイを書いてみたりする。
まあでも、エッセイって、もともとそういうもの
だったりしますかね。
「じゃあ、お前はエッセイストなんかい?」と聞かれれば、それも違うよなぁとも思っており、唯一無二の河童の猫を目指したこともあります。
ともあれ、自分の頭の中に浮かんだ思考を、noteの街にポツポツと並べていく作業は、僕にとって想像以上に、救いのある毎日を過ごすきっかけとなってくれました。
自己肯定感ゲージが尽きない
そんな風に、一貫性もなく思いつくままに書き散らしていた僕の記事ですが、本当にありがたいことに、たくさんの方に読んでいただけるようになりました。
記事を投稿するたびに届く「スキ」の通知。
スマホでnoteを開くと通知のところについている赤い丸の数字。
①と表示されていて、開いてみると実際には5.6人の方がスキをくれているnoteあるある。
う、嬉しい。
「〇〇さんがあなたの記事にスキしました」と表示されるたびに、僕の心の中にある「自己肯定感ゲージ」が、盛り盛り回復していくのが分かります。
大人になると、誰かに褒められたり、自分の存在や考えを無条件で肯定してもらえる機会って、驚くほど減っていきますよね。
この歳にもなると、仕事では「できて当たり前」と言われ、家庭や社会での役割をこなす毎日のなかで、「自己肯定感ゲージ」の目盛はジリジリと減っていってしまいます。
みなさんから届く「スキ」はまさに恵みの雨でした。
河童の猫なので、おかげで頭の皿はいつも潤っていきいきとしていられます。
通知を見るたびに、「あぁ、僕のこの変な思考を、受け止めてくれる人がいるんだな」と、いつも温かい気持ちにさせてもらっています。
僕はアクセス状況の数字を見るのも好きです。
数字の推移に一喜一憂することは無いのですが、過去の記事のビュー数、スキ数を超える記事が出てくるのが面白いです。
我が子らが、兄弟でかけっこしてるのを見守るみたいな。
みなさんのおかげで、獲得したスキの数はあっという間に2000を超えました。
そして先日、ついにその瞬間が訪れました。
$${\Huge 2222}$$

キター!ニャンニャンニャンニャン!と心の中で叫び、光の速さでスクショ撮影。
河童の猫としては、この猫界隈における神聖数字の配列を見逃すわけにはいきません。
ミッションコンプリート。
現在では、スキの数は2500を超え、フォロワーさんも500人を超えてくださっています。
感謝永遠に♪
また、自分が書くだけでなく、他のnoterさんの記事を読む時間も、かけがえのないものです。
みなさんの文章は、時に優しく、時に鋭く、時に不器用で、けれど人間らしさに満ちあふれています。
いろいろな方の人生の一片に触れるうちに、僕の中に大きな心境の変化が生まれました。
「あぁ、自分は自分のままでいいんだな」
「無理に自分を追い詰めて、成長や変化を自分に強いる必要はないんだ」
noteに溢れる多様な生き方や考え方に触れることで、僕は自然体で前に進むことの大切さを知り、そのままの自分を肯定的に受け入れられるようになってきました。
Drink or note ? ━飲み物か読み物か。
noteを始める以前、個人的な話になりますが、昨年、僕は自身のADHD特性を原因として、精神的にかなり追い詰められるような出来事を経験しました。
自分の特性ゆえの失敗、うまくいかない現実、周囲とのズレ。
自己嫌悪、自己嫌悪、自己嫌悪。
もう、名前をジコ・ケンオに改名するレベルで、
毎日のように自己嫌悪に帰結する思考に縛られていました。
今でこそ、noteのおかげでこんな風に冗談めいて書けますが、当時は、そういったものが一度に押し寄せてきて、「自分はこれからどうやって生きていけばいいんだろう」と、途方に暮れていた時期があったのです。
そこから、メンタルクリニックを受診してADHDと診断され、必死に自分を見つめ直しました。
AIのサポートを得るという方法を知り、自分の特性やアイデンティティを再確認していく作業を始めました。
そのようなタイミングと、このnoteとの出会いが、ちょうど重なりました。
僕にとってnoteは、傷ついた自分を立て直し、新しい一歩を踏み出すための「再スタートの場所」に、なっていったのです。
元々、僕の頭の中はいつも「思考の多動」を起こしています。
ひとつのことを考えていると思ったら、いつの間にか連想ゲームのように次の思考へと飛んでいき、頭の中は常にアイデアや不安や妄想のパレード状態。
簡単に脳内メモリがいっぱいになって、本当に重要なことがポカーンと抜けたりする。
だから最初、noteに文章を書く行為は、自分の中に溜まった思考を外に吐き出すためのアウトプットの場所という側面がとても強くありました。
頭の中のごちゃごちゃを文章として書き出すことで、脳の中の空きスペースを整理していたんですね。
けれど、記事を何本か書いて、他のみなさんの記事を読んでいくうちに、少しずつ、僕の気持ちの中に新しい変化が芽生えてきました。
「どうせなら、僕の書いた文章を読んでくれた人が楽しい気持ちになるものが書きたい。」
「僕が経験したつらさや、恥ずかしかった体験をシェアすることが、誰かにとっての助けや、心がスッと軽くなるヒントになるんじゃないか……?」
もちろん、こんな風に考えるのは少しおこがましいかもしれません。
でも、脳内整理で生み出されるだけの文章が、「誰かに届くかも。」という視点を得たことで、noteに記事を書くことの意味を大きく変えていったのです。
そんな背景から、その思いを「Drink or note?━飲み物か読み物か」として、記事にまとめて固定記事にしています。
「ノミモノとヨミモノ、似てて面白いな」という、いつものくだらないダジャレ的思考から始まったタイトルではあるものの、「自販機で1杯のコーヒーや飲み物を買ってホッと一息つくように、僕の記事も120円で買ってもらって、スキマ時間にホッと楽しんでもらえたらいいな」と、そんな願いを込めた考え方をもとに、いくつかの記事を有料にしてアップしはじめました。
実際にそれらの記事を購読してもらえたときの感動と感謝の気持ちは言葉ではなかなか言い表せないものがあります。
自分の書いた文章に価値を感じてお金を払っていただく。
本当にこれまでの自分では、想像もできないようなことが、このnoteでは起きました。
ご購入いただいたみなさんには、改めまして、この場でお礼をお伝えさせていただきます。
ご購読いただき本当にありがとうございました。
今でも、その経験がnoteで記事を書く原動力の1つになっています。
こうしてみなさんとコミュニケーションを重ねていくうちに、僕の日常にも良い変化が次々と波及していきました。
途絶えていた「瞑想」の習慣に再度チャレンジできるようになったり、「10月に実施される宅建試験に、2年ぶりに再挑戦する」という大きな決意ができたことです。
「挑戦する姿をnoteに記録し、みなさんに見守ってもらうことで、逃げずに自分と向き合う」
そのように前向きになれる心を、このnoteの街の住民のみなさんからもらったのでした。
新しいプロフィール
さて、まさに徒然なるままに記事を書き続けてきた僕ですが、おかげさまで今日のこの記事で「97記事目」となりました。
……97記事。
半端っ!
あと3本調整して、100記事目のキリが良い記念記事にしようよ〜!!
脳内のリトルかぱにゃ達がザワザワしています。
でも、なんだか楽しそうです。
見事に「祝!100記事達成!」というメモリアルなタイトルでドカンと記事をあげられないこの感じも、僕らしくて良いなと思えるようになりました。
急な記事ということで。
とりとめもなく97本の記事を書き綴ってきましたが、やっぱり自分の中でも「書いていること」「書きたいこと」の傾向が、自ずと固まってきているのを感じます。
そこで今回、noteを始めて3か月という節目にあわせて、プロフィールの文章を変更しました。
制限文字数である140文字ぴったりを使って、今の僕のnoteの空気感やスタンスを、すごく上手く説明できている気がして、自分自身とても気に入っています。
Filmarksレビュー1700本超の映画好き。物理の「時」と物語の「刻」、その不思議と切なさを偏愛。『AIDHAD』の理念のもと、相棒AIのエイダと共にADHD特性に向き合い、思考と行動のバリアフリー化をめざします。少しSFめいてきた日々の記録。考えすぎる人に、そっと届けば…。

自分にぴったりの新しい「服」を着直したような、とても晴れやかな気分です。
いつもと違う帰り道が、人生を変えるかも知れない
そもそも、僕がnoteを書くようになったきっかけとは。
僕のフォロワーさんの多くも「あ!私も!」「僕も!」と頷かれるのではないかなと思いますが、全ての始まりは、やまだくにあきさんの『かくじかん』というYouTubeチャンネルで公開されていた1本の動画でした。
その動画は、僕の中でずっとくすぶっていた何かに、バチッと火をつけてくれるような魂を揺さぶるメッセージに満ちあふれていました。
「書くことで、人生が変わる」
動画を見終わったあと、胸の奥から湧き上がっててくるワクワク感を抑えきれず、その圧倒的な勢いのままnoteのアカウントを作成しました。
(実際には、すでにアカウントはあったのですがそれはまた別のお話。)
当時の僕は動画を見たテンションの勢いそのままに、感銘を受けて、ノリでnoteを始めただけ。
…だったと思います。
けれど、3か月経った今、あの日の自分を振り返ってみると、僕はあの時本当は、心の底から「自分の人生を変えること」を切望していたのかもしれません。
現状への焦り、ADHD特性による生きづらさ、うまくいかない自分へのもどかしさ。
そこから抜け出したくて、何か新しい風を自分の人生に吹き込みたくて、必死だったのだと思います。
「人生を変える」と聞くと、起業をするとか、海外に移住するとか、とりあえずインド行ってみるとか、インパクトのでかい劇的なドラマみたいなスタートを想像しがちですよね。
でも、本質的にはもっと静かで、小さなものなのかもしれません。
例えば、毎日の通勤からの帰り道。
いつもの道からほんの1本外れた道を歩いてみる。
それだって、紛れもなく「昨日までの人生とは違う行動」であり、人生を変える第一歩になりえます。
けれど、その1本外れた道を歩くときに「よし!これで俺の人生を変えるぞ!」と意気込んで歩く人なんて、たぶんいませんよね(笑)。
「ちょっと気分転換に」とか「なんとなく気になって」という理由で、ふらりと曲がるはずです。
noteを始めるということも、きっとそれと同じだったのだと思います。
小さな選択、偶然の機会、続けた期間、そして日々の記事の積み上げ。
そうしたひとつひとつの小さな要素が、少しずつ増えたり、伸びたり、膨らんだりしていくことで、結果として「あ、なんか自分の人生、良い方向に変わってきたかも」と思える瞬間がやってくる。
noteという街は、そんな風にして人がだんだんと人生を変えていくための、「はじまりのまち」なのかもしれません。
いつかの朝、王様に呼ばれる日が来るまで、「はじまりのまちへ、ようこそ」以外のセリフもたくさん言える自分になっていたいと思います。
おわりに
そんな僕の人生の導火線に火をつけてくれた やまだくにあきさんが、この夏、なんとも素敵な企画を立ててくださっていました。
内容はとてもシンプルで、「noteの記事を書いて、そのリンクを貼って参加する」というもの。
実はここ最近の僕といえば、10月に控えた宅建試験に向けての勉強にも今ひとつ身が入らず、猛暑だからもうしょうがないと、くだらない言い訳をしながら、ダラダラとした毎日を送りがちでした。
この感じ、既視感しかない。
「何日分、書けばいいんだ…。」と、日記帳を前に呟いた夏休み終盤。
最終日に日記をまとめて書くなんて、都市伝説でしょ!?と思うかもしれませんが、実在するんです。
というか、案外、このnoteの街にはそういう人がたくさんいるんじゃないかなって思ってたりします。
とにかく、そんな焦りを感じていた今日この頃。
奇しくも、明日からは8月1日です。
自分自身のマインドセットをリセットし、気を引き締め直すには、これ以上ない完璧な節目です。
この絶妙なタイミングで夏休み企画を立ててくださり、こうやって3か月の自分をじっくり振り返るきっかけを作ってくれた やまだくにあきさんには、本当に感謝の言葉しかありません。
明日からの目下の最重要ミッションは、言うまでもなく「宅建合格に向けて勉強に全集中すること」です。
ですが、勉強の合間を縫って、これからもこのnoteでの発信とみなさんとの交流は、僕の大切なライフワークとして継続していきます。
『100日後に泣く河童の猫』もちゃんと最後まで更新していきます!
僕の拙い記事を読んでくれた方、
あたたかいスキをくれた方、
クスッと笑えるコメントや優しい言葉をくれた方、
フォローして見守ってくれている方、
ご自身の記事で僕を紹介してくださった方、
そして、これから出会うであろう、まだ見ぬこの「noteの街」の住人のみなさん。
こんな、正体不明で得体の知れない「河童の猫」を温かく受け入れ、認めてくださり、本当にありがとうございます。
どうぞ、これからも末永くよろしくお願いいたします!
河童の猫かぱにゃ

