🦊「帰らぬ」と応えた稲荷さま
ここから先は、
私の中でよどみなく始まった
ひとつの物語に関するお話です。
物語の中の私は、
カウンセリングとヒーリングのための
拠点を探していました。
なかなか頃合いの物件が見つからない。
そんな私に、ある日
知人が話を持ってきたのです。
※この知人は、私が今現在知らない男性です。
聞けば、その知人の友人が
不動産を所有しているけれども、
店子が全て出てしまい
非常に困っていると。
その不動産というのは
昭和の頃に建てられた
3階建ての古い雑居ビル。
コロナ禍の影響もあり、
なかなか入居者が決まらないそうです。
しかも、その友人にはもう一つ
懸念材料があるといいます。
それは、最上階の元の入居者が
稲荷さまの神棚を祀っていたけれども、
どうやら神さまが
未だにそこにいらっしゃるらしいと。
稲荷さまは怖いという噂が広まり、
ますます入居希望者が
つかなくなってしまっているそうです。
うーん……。
「それなら、しかるべき神主さんか
僧侶の方、あるいは実力のある
稲荷行者さんにお願いすれば?」
私は至極平凡な提案をしましたが、
知人は首を振ります。
「すでに何度かお願いしているけど
まったく効果がないらしい」
……そんな大変そうな物件、
なぜ私に紹介するのですか?
「だってあなた、稲荷さま好きでしょう?」
いやいや。
好きでどうにかなるような
甘い世界ではありませんよ。
経験や実力のある専門家の皆さまが
真摯に神さまと向き合われても
どうにもならなかったのなら
私のような野良行者に
何ができるというのでしょうか。
固辞する私に、知人は譲りません。
「見てみるだけでいいから」
いえ、私には視えませんよ。
きっとなんのお役にも立てませんけど…。
「とにかくお願いします。
友人も困ってるんでね」
(……その話を聞いてる私が
いちばん困ってるという発想は…
ないんでしょうね、この雰囲気では)
そんなわけで、
私はがらんとした最上階の部屋に
足を踏み入れました。
空き家には独特の空気があります。
時が止まっているけれども、
前の住人の気配だけは
はっきりと残っているような
言葉にしがたい違和感だけが
じわじわと押し寄せてきました。
兎にも角にも、祈ることにしました。
「このテナントの入居者は去りました。
あなた方をお祀りする者は
ここにはもういません。
どうぞ、元の御倉にお帰りください」
何度祈っても、暖簾に腕押し。
……そりゃそうですよね。
これまで何度も
「おかえりくださいね」と
祈られてきたのでしょうに、
ご意思は微塵も揺らぎません。
お前も同じことを言うのか。
フン。
そんなお心持ちでおられるのだと
静かに理解しました。
元のテナント主も
神棚を撤去した際に
何らかの意図を持って
稲荷さまをお連れしたと信じたいですが、
実際の経緯は、わかりません。
そこで私は、良いときも悪いときも
あったであろう商売の荒波の中で、
最終的に稲荷さまの意に沿わぬことを
してしまった人間の非礼を
(きっと、罪の意識はないのでしょうが)
前入居者に代わって
お詫びする意味の祈りを続けました。
そのときです。
心の奥に、声が響きました。
「帰らぬ!」
私の意図が伝わったということでは
なかったのかもしれません。
でも、たしかに。
たしかにその祈りは届いたのだと――
そう感じた瞬間でした。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!