イコールアース図法とイコールキッズ思考
イコールアース図法とイコールキッズ思考
森のようちえんの世界の見方
私たちは、世界をどのように見ているのだろう。
今朝のニュースでEqual Earth(イコールアース)図法という言葉を知った。
地球は球体なのに、私たちは平面の地図を見ながら世界を理解している。そこには必ず、何らかの「見方」が生まれる。
Equal Earth(イコールアース)図法は、地球上の面積をできるだけ正しく表そうとする地図投影法だ。世界のある地域だけを大きく見せたり、別の地域を小さく見せたりすることを避け、それぞれの土地を「等しい面積」という尺度から捉えようとする。
この「世界を一つの尺度で歪めない」という発想から、「イコールキッズ思考」という言葉を考えてみたい。
私たちは、子どもの世界を大人の尺度で描いてはいないだろうか。
大人にとっては小さな石ころが、子どもにとっては大きな発見になる。葉っぱの形、水たまりの波紋、土の匂い、風の音、木の枝の向き。
「そんなこと」と大人が思うことの中に、子どもにとっての世界が広がっている。
だが、イコールキッズとは「子どもを大人と同じにする」ということではない。
大人と子どもは違う存在である。
だからこそ、大人の世界を基準にして、子どもの世界を小さく描かない。
子どもが見ているものを、子どもの世界の大きさのまま受け取ってみる。
それが、イコールキッズ思考。
これは、森のようちえんの営みと深く重なる。
森には、あらかじめ決められた「大切なもの」の順位がない。
大きな木も、小さな草も、虫も、石も、土も、風も、水も、それぞれが関わりながら一つの世界をつくっている。
そして、子どももまた、その世界の外側にいる存在ではない。
森のようちえんの理念「人は自然の一部」
森の中で子どもが自然に触れるというより、子ども自身がすでに自然の一部として、森の世界に入っていく。
だから森では、「自然について知る」だけではなく、自分自身もまた自然の中にいることを、身体を通して経験する。身体知として。
答えを探す前に、立ち止まる。
名前を知る前に、眺めてみる。
意味を決める前に、「なんだろう」と感じてみる。
そこから生まれる関係性が、好奇心なのだろう。
「好奇心」という言葉は、英語では「curiosity」。
元々は「注意深く気にかけること」という意味でしたが、それが「物事を細かく知りたがる気持ち」へと変化したそうです。
好奇心を開き、感性を培う
好奇心とは、知らないことをなくす力ではない。
むしろ、まだ知らないものに心を開いておく力。
森は、子どもに答えを与える場所ではない。
まだ名前のないもの、まだ意味の決まっていないもの、昨日とは少し違って見えるものに出会う場所。
そして大人もまた、子どもと一緒に「わからない」に出会う。
「これは何だろう?」
その問いに、すぐ答えを与えなくてもいい。
「ほんとうだね。なんだろうね…」
そう言いながら、一緒に見つめる。
すると、子どもだけでなく、大人の世界の地図も少しずつ書き換えられていく。
世界を一つの尺度で描かない。
子どもの世界を大人の尺度で小さくしない。
人間を自然の外側に置かない。
わからないものに、心を開いておく。
好奇心を開いておく。
イコールアースからイコールキッズへ。
そして、森へ。
森のようちえんとは、子どもに自然を教える場所ではなく、子どもと大人がともに世界を見つめ、自分もまたその世界の一部であることを思い出す場所なのです。
