愛とリリックで社会と戦う、74歳のデヴィッド・バーン
涼しくなって、いよいよ秋。
今日は、この夏の思い出をひとつ。
ゴールデンウィークのころから仕事が立て込み、息をつく間もない日が続いていました。自分でも、「これはちょっと参っているな」とわかるくらい。
だから、この夏は意識して休むことにしました。
遠い国に行ったり、サマソニではじけたり、ホテルステイでのんびりしたり。あえて自分を甘やかす時間を取ったのです。
そんな夏のイベントの中で、何度思い出してもじわじわ幸せな気持ちになれるのが、
サマソニ2026大阪で観たデヴィッド・バーンのライブです。
大学生のころから、気になる人だった
デヴィッド・バーンは、1975年にニューヨークで結成されたバンド、トーキング・ヘッズのフロントマン。
ボーカルとギターを担当し、主要な曲を書き、1970年代後半からニューウェーブを代表する存在として活躍しました。トーキング・ヘッズは2002年にロックの殿堂入りしています。
その後もソロで音楽を続けながら、映画や舞台、アート、執筆へと活動を広げてきました。
「ミュージシャン」というひとつの枠には収まらないアーティストです。
1986年には、自ら監督し、脚本にも参加、出演もした映画『デヴィッド・バーンのトゥルー・ストーリー』を発表しています。
テキサスにある架空の町を舞台に、そこに暮らす風変わりな人たちを、音楽を交えながら描いた作品です。バーン自身も、カウボーイハットをかぶった案内役として登場。
大学生のころ、この映画のリバイバル上映を観に行ったことがあります。
私は音楽には、わりとこだわりがあるほうです。
みんなが聴いているから、流行っているからという理由だけで選ぶことは、まずありません。
みんなが一斉に同じ方向へ向かっていると、むしろその流れから出たくなる。
根っからのインディーズ気質です。
まあ、少々めんどうな音楽ファンです。
そんな大学生の私が、わざわざ映画を観に行ったくらい、デヴィッド・バーンは当時から気になる存在でした。
それからうん十年もたって、74歳になった彼のリアルステージを日本で観ることができたのです。
幸せと愛があふれるステージ
これまで、国内外でいろんなライブを観てきたほうだと思います。
でも、こんなにも幸せと愛があふれたステージは初めて。
音楽もパフォーマンスも、すべてがものすごく自由で楽しい。
途中、感動して涙が出ました。
ふと隣を見ると、隣の人も泣いていました。
何か言葉を交わしたわけではありません。それでも、その人も同じように何かを受け取ったのだろうと思いました。
きっと、あの会場にいたたくさんの人が、それぞれに何かを受け取っていたのでしょう。

愛と思いやりという抵抗
私が何より痺れたのは、そのハッピーさの奥に、社会へのまなざしがしっかりとあったことです。
「愛と思いやりこそ、いま最もパンクなレジスタンスだ!」
怒りや攻撃で戦うのではない。
人を愛すること。思いやること。
世界中の人や自然とつながることを、やめないこと。
それが、この分断の時代への抵抗になる。
デヴィッド・バーンは、愛とリリックで社会と戦っている。
社会へのメッセージは、伝え方によっては説教っぽくなります。
けれども彼は、それを最高に楽しく、幸福感に満ちたショーとして見せてしまう。
観客は音楽を楽しみながら、いつの間にか、その奥にあるものまで受け取っている。
まさにパンクです。
74歳のデヴィッド・バーンは、自由で、知的で、優しくて、ものすごくかっこよかった。
歳を重ねながら、若いころの勢いとは違う形で発信し続ける。
その姿を、私も見習いたいと思いました。
楽しさと、社会へのまなざしは、同時にあっていい。
それを説教ではなく、最高に幸せなショーとして見せてしまう人がいる。
本当に、あのライブを観ることができてよかった。
ありがとう、デヴィッド・バーン!

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