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磁石のS極とN極のように。アートとデザインの切っても切れない関係

以前コラムで、「アートは問題提起であり、デザインは問題解決である」という、存在意義が真逆なんだというお話をしました。

ずっと抱えていたモヤモヤが、放送大学の「情報デザイン」の授業でバチッと腑に落ちた、というお話です。

ただ、その授業はそこで終わりではありませんでした。

存在意義は真逆。だけど、この2つは「磁石のS極とN極」のようなもので、実は表裏一体、切っても切れない密接な関係にあるということも教わったのです。

今回は、デザインが抱える「あるジレンマ」と、そこに見えるアートとの関係についてお話ししてみたいと思います。

「すべての人に優しい」の限界

デザインは問題を解決するためにあります。

特に「ユニバーサルデザイン(UD)」は、国籍や年齢、障害の有無などに関わらず、できるだけ多くの人が利用できるように、という素晴らしい発想から生まれたものです。

デザイナーとして、この「すべての人にとって優しいデザイン」はひとつの理想であり、目指したい場所でもあります。

だけど現実には、「100%完璧に全員を救うデザイン」というのは、理想であっても不可能でもあるな、とジレンマを感じるのです。

例えば、昨日「日ごろの疑問」というコラムに、エレベーターについての話を書きました。

私は高所恐怖症なので、外の景色が丸見えになるガラス張りのスケルトンエレベーターは、足がすくむほどの恐怖を感じてしまいます。できることなら、四方が壁に囲まれた不透明なハコに乗って安心したい。

だけど世の中には、狭くて閉ざされた空間に強い恐怖を感じる、閉所恐怖症の方もいらっしゃるわけです。その方々にとっては、外の気配がわかるスケルトンエレベーターこそが、閉塞感を和らげてくれる救いになります。

「不特定多数の人が乗るハコの恐怖を取り除く」という同じ目的(問題解決)のはずなのに、片方を満たそうとすると、もう片方に新しい問題が生まれてしまう。

構造上、ひとつのエレベーターでこの両方を同時に100%解決することはできません。デザインで解決できないことって、実は世の中にたくさんあるのですよね。

限界の先に、灯るもの

じゃあ、「全員を救うのは無理だから」と諦めて、考えるのをやめてしまっていいのかというと、もちろんそんなことはありません。

解決できない限界にぶつかったとき、立ち止まらないために必要になるのが、実は「真逆」であるはずのアートの視点なのだと思います。

「完璧には解決できないかもしれない。けれど、本当にこれで終わりなのか? もっと別の、新しいアプローチがあるんじゃないか?」

そうやって、心の中に諦めずに理想の「問い(問題提起)」を灯し続けること。この、一見『アート的』とも言える理想主義的な問いかけが胸にあるからこそ、デザイナーは「もっと良い方法はないか」と、次のデザインを追求していけるのだと思います。

解決のための「デザイン」と、理想を追い求める「アート」。

100%の正解が出せないジレンマがあるからこそ、その二つの間を推し量りながら、これからもデザインのあり方を、自分なりに追求していきたいなと思っています。

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