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Edo_table ~江戸の知恵に学ぶ、今を生きる食のかたち~

人が感じ、悩み、喜ぶ…、そんな営みは太古の昔からあまり変わっていないように思います。
ただ、時代が進むにつれて文化が発展し、生活はどんどん便利になりました。
けれど、ふと立ち止まると、その便利さの裏で何か大切なものを置き去りにしてきたような気がするのです。

若い人たちは、今の時代の真ん中で生きていけば良いと思います。新しいことに挑戦し、変化を楽しむのはきっと若さの特権でしょう。
でも、人生の折り返し地点に立つ私たちは少し歩みをゆるめて、自分の身体と向き合う時間を持ちたいと思うのです。

「身体は資本」、
その言葉が年々心に沁みてきます。
「生きることは食べること」
しかし、若いときと同じようにはいきません。

庶民の食文化が花開いた江戸後期、江戸の屋台は、今で言えばファストフードやスーパーの惣菜のようなものだったのかもしれません。
けれど、当時と今とでは食材そのものに大きな違いがあります。
食材の種類は増え、野菜も品種改良で見た目や味が良くなりましたが、その一方で食品添加物を含む食べ物が増えました。
自然の恵みをそのまま生かしていた江戸の味は、本来の旨味や甘味、酸味、苦味、塩味の五味をしっかりと舌で感じられるものでした。
そして、時間をかけて作られたご飯には人の手の温もりがありました。

だから、ここで立ち止まって考えます。

自然にふれ、自分の手で作り、食べられる分だけ整える。
肉でも魚でも野菜でも「命をいただく」という感謝の気持ちを忘れずに。

日本には昔からハレとケの感覚がありました。
古代の人々は太陽と月の巡りから暦を作り、祈りを捧げ、祭りを行いました。
日常(ケ)を丁寧に重ね、節目(ハレ)を心から祝うもの。
その繰り返しの中に、暮らしのリズムと心のけじめがあったのです。

人生の折り返し地点に立っている私たちは、毎日がハレの日のような現代におり、便利さに囲まれた今だからこそ、「足るを知る」…すでにあるものに満ち足りる心を取り戻すことが、本当の豊かさを見つめ直す鍵だと思うのです。

Edo_tableは、そんな想いをそっと形にしていく場所です。
江戸の知恵と自然の力を手がかりに、現代を生きる私たちが、もう一度、"食の原点"を見つめ直すための小さな台所なのです。

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