侘びしがり
寂しいので淋しさが募り侘びしがることが増えてきた。
此れまで、15年程前からと想われるが、さみしがりやですね、と言われることが多かった。何度も否定してきた。
しかし今では、自らそれを告白することさえある。かつては、そんなことないよと強がっていたのであり。
漢字の文字遣いから茶道に関する造詣が深いように誤解されては困るのであるが、そんなことはない。
ひとりでさみしくなって、そして、かなしくなって、ふたりになりたくて、そうして、さんにんに それを、それを、忘れ給うこと勿れ
人は皆、独りきりでは生きてはいけないのだから。黄色い記憶。
遠くに逝ってしまったのか。あなたの元から。
そうではない、いつまでも。そこにいる。そこであなたをみつめつづけている。
だから、前へ、前へ!
歩く旅だ。
進めば、また誰かと出会うのであるから。
これやこの 之くも帰へるも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関
別れは出会いの始まりで、出会いは別れの始まり。その、真ん中の、ちょうど良きところはあるのか。あると思いたい。
初めて言うけど、旅で一番頼りになるのは、地図という名の友人だ。
貴方にとり、地図とは何か。
その地図は、何処に行きたい為のそれなのか。貴方がだ。
地図は、何度も言うけど、旅で一番頼りになるのは、地図という名の友人だ。
ロストマン。
迷い子のようであるのか。
現在地はどこなのだ。
貴方が立っているその現在地だ。
もう、解っているのか、判りきれていないのか。わからない。
そうして、誰もが路を歩くのだ。
歩け、歩け、そして、走れ。
未来へ向かって走れ!
疲れたら、立ち逗まれ。
立ち止まりたい刻は、其の場所は、どこでもよい。第三の居場所がある。私にとり、BARかスナックか、または貴方の心地好い処だ。
そうして、また舟出する。
此処に居るのは、断ち停まるためだ。
そうして。
明日が、
来る。
朝が来る。屹度、気持ち善く、目醒めるに違いない。
日曜の夜に、おつかれさま。
