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AIに書かせたら、前より休めなくなった

AIに何をやらせて、何をやらせていないかについての、僕の経験と結論

先日、Xにこう書いた。

「1週間前、AIが僕の指令で、noteのアカウントを自分で作って、最初の記事を自動投稿しました。冗談みたいですが、本当の話です。僕がやったのは、パスワードを入力したことくらいです」

そのあとに、こう続けた。

「どこまで僕がやっているのかと聞かれたら、ほぼほぼAIがやってます」

この投稿は3日で768万回表示されて、235件の返信がついた。全部読んだ。

先に答えておくと、第1回からこの形でやっている。途中で切り替えたのではない。アカウントを作ったというのは、AIにブラウザを操作させたということだ。パスワードと認証コードは僕が入れた。

がっかりした、という人はほとんどいなかった。代わりに、同じ質問が何度も来た。

「60年分のデータを、どうやって入れたんですか」
「どういう指示を出しているんですか」
「そのやり方をnoteに書いてほしい」

ひとつずつ答えていく。実際に打っている指示も含めて。


AIに読ませたもの

AIに読ませたものは、こういうものだ。

月刊ゲーテで8年半、103回続けた連載。約95万字ある。自分のブログ。昔の雑誌のインタビュー。月刊EXILEの連載も全部。有価証券報告書、26年分。

そして、YouTubeのライブ配信を全部入れた。酔いながら喋っている素のトークなので、構えたところがない。

これで、僕が何を見て、何を言って、どこで間違えたかが、だいたい入っている。中心にあるのは、僕が自分で書いたものと、自分の口で喋ったものだ。

もうひとつ、よく聞かれるので先に書いておく。これを全部、AIに覚えさせているわけではない。

量が多すぎて、そもそも一度には渡せない。資料はパソコンの中にテキストのファイルとして置いてある。その中で僕に関するコアな情報は常にAIの頭の中に入るような仕組みにしているが、全てではない。細かい部分については、AIは記事を書くたびに必要なところを自分で探しに行く。もちろん、文章の間違いが出た時に、どのファイルのどこを読み違えたのかも追える。

それでも足りない時は、僕に聞いてくる。

「その時、相手はどんな顔で戻ってきたんですか」「その役職は副社長で合っていますか」「AIを使って、具体的に何が疲れるんですか」。資料に載っていないことは、僕が答える。この往復が、けっこうな量ある。

もうひとつ、あとから気づいたことがある。

AIは、中身とは別に、僕の書き方も覚えていた。

どこから学んだのかというと、たぶんブログだ。雑誌の連載は、僕が喋ったものを編集者がまとめている。インタビューも他人の手が入る。配信は喋り言葉になる。ブログだけが、誰にも直されずに、僕がそのまま書いた文章だった。

中身は連載と配信から。話し方はブログから。そう考えると、辻褄が合う。


初稿は、驚くほど早い

指示を出すと、原稿が出てくる。速い。

しかも、僕が忘れていたことを覚えている。

「2009年10月号にこう書いています」と出してくる。読むと、確かに自分が書いている。内容はほとんど覚えていない。それを拾い上げて、いま話しているテーマに繋げてくる。

60年も生きていると、自分の言ったことなど覚えていられない。


それでも、直しは必要だ

初稿がそのまま出せることは、まずない。

先週、こんなことがあった。

僕の記事の中に「そして、いま幸せだ」という一文が入っていた。文章としては、きれいに閉じる。読み物として自然だ。

でも、これは違う。

僕はいま、幸せではない。過去の配信で「今がいいんだからいいんじゃね」と言ったことがあるらしく、そこから拾ってきたようだった。数年前の発言を、いまの気持ちとして書いていた。

もっとひどいのもあった。

貸しレコード店を立て直した時の、入会金の話だ。第3回に書いたが、フランチャイズの本部から「入会金は絶対に無料にするな」と言われて、僕は返す方法を考えた。実際にやったのは、借りた枚数と同じだけタダで貸すという手だ。三連休に打って、店は3日で3,000人ほどが入会した。

ところがAIが書いた原稿では、「本部が折れて、1日限りの入会金無料キャンペーンを認めた」という話になっていた。金額も年号も合っている。でも、僕がやったことが違う。

しかも僕は、これを英語版・スペイン語版・中国語版にも翻訳して公開していた。作り話が3か国語で世界に出ていた。気づいて、全部差し替えた。

なぜ見逃したのかも、はっきりしている。チェックの向きが片方しかなかったからだ。

原文を見て、訳文に正しく移っているかは確認していた。その向きだけでは、訳文に勝手に足された話は絶対に見つからない。数字が合っているぶん、なおさら気づかない。

いまは逆向きも必ずやる。訳文の段落をひとつずつ取り上げて、「これに当たる話は原文のどこにあるのか」を出させる。出せなければ、それは作り話だ。この向きを足した日に、さっきの入会金の一件が出てきた。

だから僕は、全部読む。事実が違えば、その場で直す。「副社長ではなく常務だ」「小学校は試験に受かって、そのあとの抽選で落ちた」「レコードの仕入れは夕方だ」。そういう訂正を、毎回いくつも出している。


僕が実際に出している指示

道具の話もしておく。このnoteを書かせているのは、Claude Codeだ。文章はここだけでやっている。

動画や音楽は別のサービスを使い分けているが、この連載には関係ない。

そのうえで、返信でいちばん多かった質問に答える。

最初に、いくつかルールを決めた。

ダッシュ記号を使うな。同じ言い回しを別の記事で使い回すな。1本5,000字。タイトルは説明ではなく断言にしろ。

これは今も守らせている。ただ、正直に言うと、こういうきちんとした指示は、あまり効かない。実際に原稿が変わるのは、もっと雑なことを言った時だ。この1週間で僕が打った言葉を、そのまま並べる。

「ちょっと面白いようでいて、ちょっと面白くない」

これで1本ボツにした。理由は説明していない。それでも通じて、テーマから作り直してきた。

「もう一つインパクトが足りない」

これで、審査役を1人増やして、原稿の何が弱いのかを洗い出してきた。

「なんかこの文章、変じゃないですか」

一行だけ指して、そう聞いた。実際に変だった。文字起こしの聞き間違いが、そのまま原稿に入っていた。

「言い過ぎかな」

僕のことを良く書きすぎている箇所に、そう言った。

並べてみて気づいたが、僕は専門用語を一つも使っていない。プロンプトがどうとか、モデルがどうとか、一度も言っていない。言っているのは、読んで感じた違和感だけだ。

AIに向かって正しい命令を書こうとすると、たぶん失敗する。うまくいくのは、人間の部下に言うのと同じ言い方をした時だ。それも、褒めるより、引っかかったところを言った時に一番動く。


AIが書いたものを、AIに採点させる

書いたAIとは別に、審査するAIを立てている。

いま、4人いる。

一流出版社の編集者。SNSで記事を広める担当。僕のことを知らない設定の、ただの読者。そして、その3人の意見を裁定する編集長。

全員に「忖度は一切するな」と指示してある。だから、容赦がない。

点をつけるのは3人で、編集長は点をつけずに裁定する。先週出した原稿は、100点満点で62点、52点、68点だった。

いちばんこたえたのは、僕を知らない設定の読者からの一言だった。

「それ、許してるんじゃなくて、勝ってるだけです」

裏切りについて書いた原稿だった。読者役はこう続けた。「出てくるエピソードが全部、最終的に勝ってる話じゃないですか。負けてる人間には届かない」

その通りだった。だから、その原稿は出さなかった。

AIの書いたものを、AIが叩く。人間の僕は、その喧嘩を見てから決める。この形が、いまのところ一番うまくいっている。


「AIっぽい」は、機械で潰す

読者から、こういう指摘ももらった。

「1回目は面白いと思ったけど、2回目、3回目と読むうちに、あれ、AIかなと思った」
「文末のまとめのところが、確かにAIっぽい」

言い当てられている。

AIの文章には癖がある。いちばん多いのは、「AではなくBだ」という形の文を繰り返すことだ。あとは太字の打ちすぎ。目で探すのは無理だとわかったので、機械で数えることにした。

いまは、原稿を書くたびにプログラムを走らせている。過去の記事と同じ言い回しがあれば警告が出る。同じ記事の中で2回同じことを言っていても、警告が出る。

先週の原稿は、直すところが12箇所あった。全部、普通の文にした。

読者に見抜かれた「文末のまとめ」は、AIの審査員たちも同じ箇所を指摘してきた。人間の読者と、AIの審査員が、同じところを見ていた。

だからこの回は、番号をつけたまとめを書いていない。

この記事にも、同じプログラムを走らせている。


直しに、半日かかる

初稿が出てくるのは速い。問題はそのあとだ。

こだわればこだわるほど、直しに時間がかかる。タイトルが違う。この言い回しは僕らしくない。この場面は薄い。そうやって注文をつけていくと、なんだかんだで半日が消える。

AIが直している間、こっちは待っている。その待ち時間に、別のアイデアが浮かぶ。英語圏にも出したい、朗読も作りたい、中国でも読まれたい。思いついたら、そっちも並行して始めてしまう。

昼に「英語圏にも出したい」と言ったら、夕方には英語版のサイトができて、翻訳が公開されて、アメリカとイギリスに広告まで流れていた。僕がやったのは、音楽史の説明の間違いを直したのと、広告の予算を決めたことだけだ。その広告は、たいして効かなかったので止めた。

こういうことが起きると、また次を思いつく。

気がつくと、休みなくパソコンの前に座っている。


楽になると思ったら、真逆だった

AIで仕事が楽になると言われている。

僕はAIを使えば使うほど、前より疲れている。

理由ははっきりしている。暇がなくなったからだ。

案件を並行して何本も走らせられるようになった。走らせられるから、走らせてしまう。切り替えるたびに、こっちは頭を作り直さないといけない。

AIが考えている間に、次のことを整理する。整理し終わる前に、答えが返ってくる。だからまた別の仕事を足す。頭がフル回転のまま止まらなくなって、目と頭が、しょうがないくらい疲れる。

AIは、人間の空白を全部埋めにくる。

昔は、企画を出してから形になるまでに何日か空いた。その空白で、飯を食ったり、釣りに行ったり、別のことを考えたりしていた。いまは空白がない。頼んだそばから返ってくる。返ってきたら、こっちが判断しなければならない。

判断する仕事だけが、こちらに残る。しかも量が増える。


仕組みより、時間のほうが要る

ここまで、仕組みも失敗も全部書いた。それでも僕は困らない。仕組みを知っても、時間だけは買えないからだ。

ツールは誰でも買える。でも、入れるものがない。

何十年も記録を残してきていないと、同じことはできない。

断っておくと、僕はこのために残してきたわけではない。連載は頼まれて、喋った。配信は面白そうだから始めた。ブログは気が向いたから書いた。AIに読ませる日が来るとは、誰も思っていなかった。それが結果として、いま効いている。

ただ、自分が何を持っているかに気づいていない人は、けっこう多いと思う。

20年働いていれば、20年分の議事録がある。現場に出ていれば、客に言われたことの記録がある。それは他人が持っていない一次資料だ。僕の連載と同じ働きをする。

逆に、何も残していない人が、いまから始めるのも遅くない。今日から書けば、10年後には10年分になる。

Xの返信に、こう書いてくれた人がいた。4,000を超えるいいねがついていた。

「AIが書いたかどうかではなく、渡した材料が本人にしかないものかどうか、なんだと思います。60年分のデータは誰も真似できないので。同じ仕組みを使っても、入れるものがなければ同じようには出てきません」

僕が言いたかったことを、僕より短く言われてしまった。


AIと働くことについての、僕の結論

正直に書いておくと、ひとりだけ、はっきりがっかりした人がいた。

「内容が薄い、誰でも言えそうなことしか書いていない。松浦さんってこの程度の人なのかと、少しガッカリした」

そしてこう続けていた。

「でもAIと明かされて、なるほどと思った」

前半は、その通りだった。2回目まで読んで、その程度のものしか受け取れなかったのなら、それは書き方の問題だ。ただ、AIだからそうなった、とは思っていない。この指摘のあと、原稿の作り方を変えた。

書く仕事は、渡せる。確認する仕事は、渡せない。「そんなことは起きていない」と言えるのは、その場にいた人間だけだからだ。

そして、コメントだけは、全部、僕が読んでいる。

そこはAIにやらせない。読んで何かを思うのは、僕の仕事だからだ。

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