人生は、空っぽのかばん。中身は自分で選べる
本の断捨離・整理を進める中で、村上春樹さんの本がふと目に止まりました。本を読むのが苦手だった私に、高校時代の予備校の先生が、「村上春樹を読んでみたら?」と薦めてくれたのがきっかけで、大学生の頃からよく読んでいました。
久しぶりにパラパラと眺めている中で、ハッとする一節に出会いました。
「人生をどう捉えていますか?」という読者からの質問に、村上さんはこんな風に答えていました。
僕は基本的に、人生とはただの容れ物だと思っています。空っぽのかばんみたいなものです。そこに何を入れていくか(何を入れていかないか)は、あくまで本人次第です。
だから「容れ物とは何か?」みたいなことを考え込むよりは、「そこに何を入れるか?」ということを考えていった方がいいと思います。
よく探せば、きみのまわりに、きみのかばんに入れたくなるような素敵なものがいくつか見つかるはずです。探してください。
子供の頃から「人生とは何か」「生きる目的とは何か」という「容れ物」ばかり、考え込んでいた気がします。意味を探しすぎて、就職活動でも納得いく道が見つけられず…正解を探して、苦しくなっていました。
でも村上さんは、そこじゃないよ、と言う。
容れ物のことで悩むより、そこに何を入れるかを考えよう。
人生は、外側で起きることによって、一方的に形作られるものではない。
自分で「何を入れるか」を選んでいる。私たちには、選ぶ力がある。
人生って、思っていたよりずっとクリエイティブなものなんだ。そう気づかされました。
そして、この感覚で思い出したのが、私の大好きなルイーズ・ヘイさんの『ライフヒーリング』にある「思考のビュッフェ」のお話です。
食堂の列の中に自分がいると想像してください。(中略)そこでは、料理の代わりにいろいろな考えを盛り付けます。好きなものをいくらでも選んでいいのです。こうして選んだ考えが、今後のあなたの経験を作り出します。
心配、不安、怒り、恨み、恐れ。
そういう「食べたくない料理」を、私たちはつい習慣でお皿に盛ってしまう。
でも、体に悪い食べ物だと分かれば自然と避けるように、苦しくなる考えにも、近づかない選択ができる。
村上さんの「容れ物」も、ルイーズさんの「ビュッフェのお皿」も、言っていることの本質は同じだと感じました。
人生の中身も、思考も、自分で自由に選べる。
もちろん、いつも上手に選べるわけじゃありません。私も、つい不安や自己否定をお皿に山盛りにしてしまう日があります。
でも、「あ、いま重たいものを入れすぎてたな」「本当は欲しくないものをお皿に持っていたな」と気づけたら、すぐに戻せばいい。
そしてまた、"自分の器"に入れたくなる素敵なものを、ゆっくり探していけばいい。
🩵 今日のあなたのカバンには、何を入れますか?👜
🩵 ビュッフェのお皿に、どんな考えを盛りつけたいですか?🍽️
人生の中身を、自由にクリエイトしていこう🪽
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