6月17日に、電車で本を1冊売った話。
東武線のそれなりにすいている車内で、本を読んでいたら、ふと気がついた。私の両隣の紳士達も、それぞれ本を開いている。
周りはスマホ家だらけの車両に、たった3人の読書家が、体を寄せ合い本を読んでいる。令和においてこの奇跡の並びは、団子三兄弟ならぬ『読書三兄弟』。すなわち絶滅危惧種である。
本を読み進めていると突然、右隣に座っていたほうの絶滅危惧種が私の手元を覗き込んできた。
こんなに「見ています!!!!」と感じる、申告系の盗み見は初めてで困惑したが、顔をみるとかわいらしい「おじぃたん」だ。しかも寿命をもうとっくに通り越していそうに見える、おぼおぼ加減。昔から年寄りをみるとなんだか切なくなって、優しくしたくなる気持ちがある。そんなに気になるんだったら、減るもんでもないしな、と本をくるっとひっくり返してタイトルを見せてあげることにした。
私が読んでいたのは、二宮和也(にの)の『独断と偏見』という本である。四文字熟語のお題に沿ってにのが話していく、といった内容なので、おそらく健康長寿本や、詰将棋の本を読んでいそうなおじぃたんの読書生活には、1ミリの役にも立ちそうにないけれど。
それでも「国民的アイドル・嵐のにの」のことくらいは、おじぃたんでも知っているだろう。
おじぃたんは老眼なのか、まじまじと本を見て、目をぎょろぎょろさせている。小説や自己啓発本などを想像していたのだろう。
「今時の若いもんは、推し活推し活いうて、ろくに読書もできんのか」とか言われそうである。いや、私だって東野圭吾や、村上春樹、伊坂幸太郎だって読みますからね。
おじぃたんは急に曲がった腰をおそらく最大限にのばして体勢を整えてきたので、私も身構える。まさか、ふざけた本だと、思いっきりぶたれるのかと一瞬覚悟した。たった一冊で私を知った気になるな、偏見はよしてくれ。
だがおじぃたんは、こちらを見てニンマリと笑い、自分の本を持ち上げて、タイトル側を私に掲げ見せてきたのである。
茶色い表紙に『東海オンエアの動画が、6.4倍楽しくなる本』(虫眼鏡・著)とかいてあり、何かの間違いなのでは?と3回は見直した。
腰もくの字に曲がっていて、動きはとってもスローモーション。スマホ使えるのかな?と思しきおじぃたんが、「寝たら即帰宅」という地獄の動画や、「数ヶ月間、特定の衣装しか着られない」ふざけた罰ゲームつきの動画を見るのか?「岡崎が生んだYouTuber・東海オンエア」を知っていることだけでも、こちらはびっくり仰天である。
しかも、それでは飽き足らず、もっと楽しんでやろうとさらに解像度を上げにいっているということか。理解が追い付かない。移り変わる時代をも、とりこんで人生をたしなんでいると?こんな、おじぃたんが?
いかん、これこそが偏見である。
言葉の代わりに、親指を立ててグーのサインを送って「いいですね」と伝えてみる。するとおじぃたんは、親指と人差し指で丸を作って、残りの三本をピンと伸ばしたオッケーサインを返してくれたのだ。そのあまりのお茶目さに、私はすっかりやられてしまった。
その様子をじっと見ていたのが、左側に座っていたほうの絶滅危惧種。仏頂面に無精ひげ、武士のような雰囲気ただよう、「おじい殿」である。おじい殿は自分の本を指さして、みる?と聞くかのように目を合わせてきた。その瞳には期待の眼差しが込められている。だが、だいたい想像がつく。
歴史小説からでてきたであろう風貌のおじい殿は、絶対に浅田次郎を読んでいる。きっと『壬生義士伝』だ。間違いない。
やさしい手つきで扇子をひらりと回すように、ひっくり返して見せてきた本に、私は見覚えがあった。
産後、赤ちゃんに全力で向き合いすぎて、自分を見失いそうになった時に手に取った。『私は私のままで生きることにした』という、人生の迷いから自分を回収してくれるようで優しい韓国発のベストセラーエッセイだった。私の偏見の目が見開いてゆく。
表紙にはゆる〜くかわいい女の子が描かれていて、まるで世界を放り出したように仰向けに寝転がる表紙が、本の内容を象徴するようだ。
この本を手に取っているということは、おじい殿はこれほどの人生を歩んでこようとも、きっと今でも、どこか満足できない孤独な葛藤があるのかもしれない。
それでも「そんな自分を愛したい」と思ってページをめくっているのだとしたら、あまりにも愛おしいのではないか。しかも、この風貌で。
いかん、またもや偏見である。
「わかる、わかるよ!!!」 と心の中で叫びながら、今度は少し凛々しい顔で、深く頷きながら親指を立てた。 おじい殿もまた、静かに、だが力強く頷き返してくれる。
スマホだらけの車内で、絶滅危惧種たちの秘密の通信が再び成功した瞬間だった。
本棚を見るとその人の思考がわかるという話を聞いたことがある。歳を重ねながら生きる人間の、それぞれの人生を濃縮して見せてもらったような気がした。
数分の出来事に感じていたが、もう6駅も進んでいた。おじぃたんがゴソゴソと本をカバンにしまい始める。どうやら降りる駅に着いたらしい。私が降りる、1つ前の駅だ。おりるおじぃたんを見ようとふと顔を上げれば、おじい殿も同じように顔を上げていた。
2人で見送ろうとしたその時、おじぃたんは私たちの方を振り返り、悪戯っぽく微笑んでこう言った。
「Amazonで、あなたがたと同じ本を買うね。みなみちゃんの旦那さんのこともよろしく。」
(まさかの、峯岸みなみの方を推してたってこと!?そのお歳で!?)
東海オンエアのリーダーであるてつやと、元AKB48の峯岸みなみが結婚していることは、ネットニュースで見た。しかもてつやは、大ファンだった憧れの「推し・峯岸みなみ」と自身の力で結婚したという、伝説のオタクなのだ。
おじぃたんの推しは、まさかの「みなみちゃん」の方だったのだ。あえて「てつや」と呼ばず「みなみちゃんの旦那さん」と表現するその言葉にまで、彼女への並々ならぬ愛が滲み出ているように感じる。
ていうか!!おじぃたん!!
Amazonも使えるんだ!!!!
って性懲りも無く偏見の眼差しで微笑んで見せる。
電車を降りていくおじぃたんの背中を見送りながら、「人間はもっと自由で、何歳になって、もっと楽しんで、もっと悩んで、もっと人間になっていいんだ」と妙な自信を得た。私は自分の人生の狭さを恥じると同時に、なんだか無性に誇らしい気持ちになり、大事に本をカバンにしまう。そうして私も降りる駅がきた。
おじい殿がまた蝶のように、ゆらゆらと手を振るので、敬意をこめて頭を下げて電車を降りた。
誰もがスマホの画面に目を落とす令和の車内で、私たちは確かに通じ合っていたのだ。去り際まで粋だったおじぃたんと、隣の武士おじい殿に、心の中で敬礼を送る。
人はいくつになっても、新しいカルチャーにワクワクしていいし、自分を愛そうと葛藤していい。
本は書店で買う派なのだが、帰り道にAmazonを開いて『東海オンエアの動画が、6.4倍楽しくなる本』をカートに入れる。今日は『私は私のままで生きることにした』を読んでから眠ろう。
この6月17日の出来事は、これから毎年思い出すことになると思う。
にの、誕生日おめでとう。誕生日に一冊、本を売っておいたよ。
令和という車両の中で、独断と偏見を小気味よくかわしていった、絶滅危惧種たちの読書会は、今日も私のななめうえ、どこか新しい世界と出会わせてくれる。
その度に、私の心が弾まずにはいられない。
どくしょ どくしょ どくしょ どくしょ
読書三兄弟 どくしょ ♪
