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孝行息子の仮面を剥がす──台湾の長照悲劇から見る、東アジア社会の財政と道徳の袋小路

台湾の介護市場では今、極めて矛盾した綱引きが繰り広げられている。


深刻な人手不足を解消するため、政府機関と民間事業者は高額な補助金と融資優遇を打ち出し、労働力の供給拡大を図っている。


台北市政府は先日の合同就職説明会で、介護職員の時給を一気に550台湾元まで引き上げた。


労働市場にとっては強心剤のように見えるが、需要側の経済的に弱い家庭にとっては、乗り越えられない高い壁である。


介護費用が人件費とともに上昇すれば、高額な費用を支払えない家庭は、市場メカニズムの下で真っ先に見捨てられる。


ここ数ヶ月、台湾の社会面を賑わせた心痛む事件の数々。


重い介護費用を負担できず、介護者が心身の疲弊と経済的な行き詰まりという二重の絶望の中で、被介護者の命を自らの手で絶った。


そして、何よりも重いのは、法廷で罪を認めた加害者が、近所では長年自己犠牲を続けてきた「孝行息子」として称賛されていた、という事実である。


海を隔てた日本のビジネスパーソンや政策担当者にとって、この光景は決して目新しいものではない。


台湾が今まさに経験しているこの引き裂きは、日本社会が長年直面してきた「老老介護」や「介護破産」の縮図そのものだからだ。


これは単なる一国の社会的事件ではない。東アジアの高齢化社会全体が共有する、構造的なグレー・リノ(予見可能な巨大危機)なのである。


伝統的な儒教文化は「老いては終わりよきを迎える」という理想郷を描いてきた。


だが、資本主義の現実において、いかなる社会福祉も極めて巨大な財政的裏付けを必要とする。


世界に目を向ければ、高齢化危機に対応する国家は、それぞれ異なる財政的軌道を歩み、それぞれが異なる代償を負っていることが分かる。


ノルウェーを筆頭とする北欧モデルは、典型的な高税負担・高福祉社会である。


ゆりかごから墓場まで、全面的なケアを維持できる背景には、莫大な政府系ファンドと、比較的安定した人口構造がある。


国家が膨大な資源を集中し、極めて高い税率と引き換えに、国民に将来の不安なき社会的セーフティネットを提供する。


これは、潤沢な資本と高度な社会信頼の上に成り立つ理想的な形態である。


一方、同じ高税負担国でありながら、日本は「高い税負担」と「高い将来不安」が並存する苦境に陥っている。


日本には全国を網羅する介護保険制度がある。


しかし、極端に傾いた人口の逆ピラミッドを前に、賦課方式の保険制度は底の見えない穴と化す。


縮小し続ける労働人口が、膨張し続ける高齢者の医療・介護支出を支えねばならず、国民は高額な税金と社会保険料を払いながら、いざ介護が必要になった時には、厳しい利用条件と重い自己負担に直面する。


この「払っているのに安心できない」構造が、社会全体に将来への悲観と停滞感を蔓延させている。


対照的に、台湾の介護の苦境は、低税負担という「小さな政府」の罠に由来する。


台湾の租税負担率は長年13%前後に留まり、日本や欧州よりはるかに低い。


大規模な増税によって全国民を対象とする介護保険を構築できない前提のもと、台湾の介護基金は、不動産取引所得税、相続税、酒税・たばこ税といった不安定な「拾い物」的財源に大きく依存している。


つまり、国が高齢者を安んじるための財源が、不動産市場の活況に支えられなければならないのである。


景気が反転するか、不動産市場が冷え込めば、介護システムの資金連鎖は一気に脆弱になる。


こうした低コストかつ不安定な財源の下で、政府が限定的な補助金で介護労働市場を刺激しようとすれば、その結果は介護価格のインフレである。


施設や専門介護士の費用が一般の給与所得者の負担を大きく超え、政府のセーフティネットも周縁の家庭を全面的に受け止めきれない時、介護の重荷は、結局、家庭内部に乱暴に投げ返されるしかない。


東アジア社会の文脈では、この資源分配の機能不全は、往々にして道徳的基準によって巧妙に包装される。


社会は「孝行」という美徳で、子がすべてを担うことを期待する。


しかし、少子化と核家族化の構造の下では、一人が仕事を辞めて介護に専念することは、往々にして二人同時に貧困へと転落することを意味する。


経済条件が介護の需要を支えられなくなった時、道徳は美徳から、介護者を押し潰す最後の一押しへと歪む。


孝行息子の悲劇の本質は、決して個人の道徳の堕落ではない。


人口の津波に直面した国家財政と社会安全網の、集団的な破綻なのである。


台湾は今、日本が通ったのと同じ陣痛を追体験している。


労働力不足、財政的限界、道徳的束縛が織りなすこの嵐は、少子高齢化に直面するいかなる経済圏も、無関係ではいられない。


この現実は、すべての政策担当者とビジネスリーダーに警鐘を鳴らす。


介護とは、決して社会福祉だけの課題ではない。


それは、国家の財政分配、労働力の維持、そして経済の持続可能な発展を揺るがす、全面的な危機なのである。


資源の再分配と税制改革に痛みを伴う決断を下せなければ、どれほど多くの短期的な補助金を投じようと、それは増え続ける悲劇の数字の前で、焼け石に水の徒労に終わるだろう。


#介護危機 #老老介護 #高齢化社会 #社会的セーフティネット #東アジア経済

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