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不器用な共犯者を抱きしめる――暗闇を抜け出すための二つの愛と推しに憑依したUKロック魂

昨日あんなにジェラルドを危険な男とか社会への捨て身の中指とか知的ぶって語った翌日に、こんな限界みたいな情緒のラブレターを公開する自分を、どうか笑ってほしい

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数年前、日常の景色が急に色を失い、社会のスピードに全くついていけなくなった時期があった。目の前を流れるすべての事象がただのノイズに感じられ、ただ息をして、重たい朝が来るのをやり過ごすだけで精一杯だった泥沼のような日々。

その底なしの暗闇から、圧倒的な力で私を地上へ引き摺り上げてくれたのは、Bring Me The Horizonのオリバー・サイクスだった。

彼の放つ暴力的なまでの音圧と咆哮は、私にとって外の世界の冷たい波を完全に遮断してくれる強固な「盾」だった。彼という絶対的な教祖の存在と、重低音の分厚い壁に守られることで、私はギリギリのところで呼吸を続けることができた。

今でも彼の音楽のなかに身を沈めると、無条件の安心感に安堵する自分がいる。

そして今。

新しい環境の重たい空気に押し潰され、再び息が詰まりそうになっている。ふとした瞬間に、張り詰めた糸がプツンと切れてしまいそうな、ひどく危うい夜。

そんな現在の私を、ギリギリの淵で繋ぎ止めているのは、My Chemical Romanceのジェラルド・ウェイだ。

オリバーが、完璧な光と音圧で私を「守り、導いてくれた」のだとしたら、私が今狂おしいほどに愛してやまない『Three Cheers for Sweet Revenge』期のジェラルドは、誰かを導くにはあまりにも不器用で、今にも彼自身が壊れてしまいそうだった。

内向的なオタク特有の自意識を、赤いネクタイと無造作なアイシャドウで必死に武装し、それでも隠しきれない脆さをステージの床に撒き散らしながら絶唱する姿。

完璧な光を放つオリバーにひれ伏したのだとしたら、泥臭くのたうち回るジェラルドには、ただ隣で寄り添われたのだと思う。

なぜ私は、今でも教祖の放つ音圧に安心感を覚えながら、同時にこの愛すべき不器用なオタクを強烈に守りたくなるのか。

完璧な名盤『The Black Parade』ではなく、泥臭い初期のジェラルドにこそ、狂おしいほどの愛と庇護欲を抱いてしまうのか。

今回は、限界を迎えていた私にとって絶対に欠かすことのできなかった「二つの歪で、美しい愛」について書き残しておきたい。

『The Black Parade』の洗練が奪ってしまった、か弱き少年性

『The Black Parade』以降のジェラルドは、ステージに立つだけで空間を完全に制圧してしまう、絶対的なカリスマになった。

メイキング動画より

計算し尽くされた顔の角度、少し首を傾けてカメラを見下ろす教祖のようなオーラ。

堂々たる立ち姿

それは確かに一つの完成された芸術だったが、私から言わせれば、彼が初期に持っていた「か弱さ」を覆い隠すための、あまりにも分厚すぎる鎧だった。

私が狂おしいほどに愛している『Sweet Revenge』期の彼は、ただ普通の、等身大の重心でステージに突っ立っている「一人の無防備な少年」だった。

姿勢からして後期と違いすぎる

カメラを見上げる時の、あの今にも泣き出しそうな、すがるような瞳。そこには、のちに彼が場を、空間を、スタジアム全体を支配するパフォーマーとしての余裕は当時はあまり感じられない。

ただ自分の内面にある苦悩を持て余し、ギリギリのところで立っているだけの、ひどく不器用な姿があった。

目をきゅっと瞑り、まるで祈るように自分の世界に深く没入して歌うかと思えば、

長めの黒髪を振り乱し、取り繕うことすら忘れて必死の形相でシャウトする(『I'm Not Okay』のミュージックビデオの彼を思い出してほしい)。

彼のパフォーマンスは、決して洗練されてはいなかった。だからこそ、目が離せなかったのだ。

死や絶望といった重たいテーマを歌いながらも、ふとした瞬間に彼がこぼす挙動は、痛々しいほどに愛らしかった。

首吊りの物騒な歌詞に合わせて、自身の赤いネクタイを引っ張り、斜め上を向いておどけてみせるあの仕草。

腕を不器用に突き動かしながら、自分の感情の制御に失敗して漏れ出てしまう、オタク特有のピュアな衝動。

完璧に計算されたオーラを纏い、天を仰ぐカリスマなど、少なくとも今の私には必要ない。私はただ、苦悩で顔を歪ませながら、等身大の重心で必死に立っているあの少年への庇護欲とともに、今まさにこの瞬間も彼の必死に表現するステージでの姿にすがりついているのだ。

その剥き出しの脆さこそが、新しい環境の重圧で張り詰めた糸が切れる寸前の私の孤独と、寸分違わず重なり合っているから。

彼が震えながらカッコつけている姿を見るだけで、私はこんなに不器用な人間が必死に生きているなら、私も明日の朝をやり過ごしてみようと、現在進行形で息を吹き返している。

そして彼は、『The Black Parade』という巨大すぎる十字架を下ろした後、ソロアルバム『Hesitant Alien』で、再び私を深く安堵させた。

そこには、世界を背負うカリスマの姿はなかった。自身の愛するUKロックやPulpの少しチープなテレビ番組のセットを嬉々として再現し、カメラから視線を逸らしながら、不自然に首を振ってステップを踏む、ただのUK音楽オタクが笑っていたのだ。

ジャービス感
これはデーモンアルバーンのいつもの歌い方そのまんま
parklifeの歌い方みたらマジでこの目線してるよ
Parklife だいたい白目
これもデーモンアルバーン
The universalとかCharmless manの表情まじでこんな不気味な笑みだよ
腕の位置までマジでデーモン感

デーモンの歌い方マジでおもろいから観て(唐突な布教)

これはジャービス感



絶対的な教祖になることを自ら放棄し、自分の好きなものに無邪気に没頭するその姿を見たとき、私は確信した。

私が愛し、すがっているこの不器用な共犯者は、どれだけ世界が彼を神格化しようとも、根本の部分ではずっと変わっていないのだと。

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今年の11月、私は海を渡る。
アジアツアーのステージに立つ彼が、もし『The Black Parade』の完璧な軍服を纏っていたとしても構わない。私はその分厚い装甲の隙間から、必ず漏れ出してしまうであろう等身大の不器用さと愛すべきオタクの素顔を、この目に焼き付けに行く。

圧倒的な光で私を暗闇から引っ張り上げてくれる、天上の教祖、オリバー・サイクス。

そして、私と同じ泥沼の中に立ち、共に震えながらも明日への息継ぎをさせてくれる、地上の共犯者、ジェラルド・ウェイ。

この二つの愛が両輪として回っている限り、私はきっと、この重苦しい日々をなんとか生き延びていける。

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【追記:最後に、この恥ずかしい文章を公開する理由について】

正直に言うと、この文章を公開するのはとても怖かった。いい歳をして、ここまでアーティストに縋り付いている痛いファンだと思われるのが恥ずかしかったからだ。

お行儀よく、音楽的な解釈や客観的なレビューだけを語る「安全な記事」に書き直そうかと何度も迷った。

でも、ふと気がついたのだ。

私が愛してやまない彼らは、ステージの上で自分の致命的な傷や弱さをすべて晒け出し、内面のドロドロした感情や不器用さを隠さずに(あるいは隠しきれずに)全開にして叫んでいる。

彼らがこれほどの痛みと恥ずかしさをありのままに出力しているのに、それを受け取って救われている私が、安全圏からお行儀よく綺麗な言葉を並べるなんて。それこそ、彼らの音楽に対する最大の裏切りではないか。

だから、あえてこの恥ずかしさをそのまま残すことにした。

これが、等身大の私だ。私は今、現在進行形で彼らに縋って生きている。

洗練された音楽レビューにはならなかったけれど、この泥臭く必死な文章こそが、私から彼らの音楽へ宛てた、最も誠実なラブレターだと思っている。

ゆーけみ🖤

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