ロックスターの失言を解剖する —言葉狩りとコンテクストの切り殺しの罪
【読者への警告と、この記事が異常に長い理由】
最初に断っておく。この記事は、当初予定していた文字数の倍以上に膨れ上がっている。そして、前半と後半で書き手の情緒が恐ろしいほどに乖離している。
もともとは、私が愛してやまないマイ・ケミカル・ロマンスのギタリスト、フランク・アイエロの「悪意なき失言」について、なぜアジア人の私が怒るどころか笑って許容できたのか……その軽い考察をサッと書き残すだけのつもりだった。
だが、不完全な人間の泥臭さを擁護しようとキーボードを叩いているうちに、私の心の奥底に沈めていた「ある猛烈な怒り」が暴発してしまった。それは、完璧な『正しさ』や『ポリコレ』を振りかざし、私という生身の人間を記号として迷いなく切り捨てた、かつてのアメリカ人の親友への消えないトラウマだ。
――あぁ、もう本当に、アメリカ人とガチで議論しようとすると、どうして毎回こうやって致命的にすれ違うんだろうか?
同じ英語圏でも、イギリスの深く話せる友人は違った。彼女から「日本って排外主義的な意見が多いみたいだけど、あれは何なの?」と疑問をぶつけられた際、私はアメリカの友人に話したのと同じように、法整備の問題や、日本語が話せないことによる現場の軋轢、治安の懸念などを率直に伝えた。もちろん「ごく一部に純粋な差別主義者もいる」という事実も隠さずに細かく説明した。
すると彼女は、「なるほど、単なる排外主義に見えていたものにも、そっちにはそういう内情や複雑な歴史的コンテクストがあるんだね」と、こちらの文脈をしっかり汲み取って、さらに建設的な対話や質問を返してくれたのだ。
それなのに、アメリカの「正しさ」を信奉する無菌室の住人たちは、自分たちのイデオロギーに1ミリでもそぐわないと、こちらの事情など一切考慮せずに「はい、お前は悪! 差別主義者!」と一瞬でシャットアウトしてくる。この、白か黒かしか存在しない幼稚な極端さに、私は心底絶望しているのだ。
私は差別がなくなるべきだと信じている。しかし、大学などの象牙の塔で崇拝されるリベラルな理想の多くは、国家運営という厳しい実務から切り離された『無菌室の理論』だ。理想を掲げるだけで責任を回避し、その副作用を現場に押し付ける彼らの姿勢には強い違和感を覚える。理想を語る資格とは、それを現実の社会でどう実装し、誰がその責任を取るかという冷徹な計算があって初めて成立するはずだ。
右だ左だというラベル分けに固執するのは、現実に目を向けるコストを嫌う怠慢に他ならない。補助金で守られた安全圏から『差別反対』と叫ぶのは容易だが、それはただの現状維持的なパフォーマンスだ。私はそのような安直なイデオロギーから離れ、国境や治安、財政や現場への影響といった実務的な問いを直視する。政治とは高尚な道徳の発表会ではない。具体性、実行可能性から逃げ出し、安全圏で聖人君子を演じるくらいなら、せめて自分たちが享受している『平和』や『補助金』の出処を直視するくらいの誠実さを見せてほしいものだ。
気がつけば、記事は現代の息苦しい言葉狩りへの批判」 からワーナーの無神経さへの本気の怒り、そして安全圏からしか語らない人たちの欺瞞の告発という、超ヘビーな社会派エッセイへと変貌してしまった。
さらに悪いことに、私はこの重すぎる現実に向き合ったストレスからなのかただの酒カスなのか、途中で実家にあった赤ワインをがぶ飲みし始めた。
その結果、行き場を失った怒りと悲しみは、後半に向けて見事に脱線し、最終的にただの情緒不安定な不審者の手記として幕を閉じることになった。
真面目な社会派の議論を期待するなら、途中でブラウザを閉じることを強くお勧めする。綺麗な推しの語りを期待する純粋なファンも、引き返すなら今のうちだ。これは、理不尽な世界で親友を失った人間が、どうにか狂わずに現実を生き抜くために深夜のテンションで書き殴った、ただの泥臭い心の叫びだ。
なぜこの記事のサムネイルが、無関係な虚無顔スペキャなのか。……最後まで読めば、嫌でも理解できるだろう。覚悟ができた物好きな人間だけ、この先へと進んでほしい。
引きつる客席と、ヘラヘラする推し
コトの発端は、私が愛してやまないマイ・ケミカル・ロマンスのギタリスト、フランク・アイエロの、ある「やらかし」だった。
ケラングのインタビューの最中だったか、彼がアジア人を指す際どいローカルな俗称をポロっと口にした瞬間、客席が「えええ……」と一瞬で凍りついたのだ。しかし、当の本人は全く悪びれる様子もなく、「だっておじいちゃんがそう言ってたし」とばかりに(別のインタビューの朧げな記憶だけどその時もなんか失礼な言葉使ってジェラルドに指摘されてて、こう言い訳してた気がするぞあいつ)ヘラヘラしているように見えた。
アジア人である私からすれば、本来なら怒るべき瞬間なのかもしれない。しかし、私はそのトホホな光景を前に、不謹慎にも爆笑してしまった。そこにあったのは、イデオロギーでガチガチに検閲された現代のエンタメ界が最も恐れる、不完全な人間の生々しさそのものだったからだ。
現代の”極左ポリコレ”がもたらすディストピアへの既視感
私の目には、現代の世界は、極端なポリコレ(ポリティカル・コーレクネス)を掲げる左翼的な思想によって、息が詰まるほどの無菌室に変えられつつあるように見える。
過去のちょっとした失言や、悪意のない表現ですら、一度ターゲットになれば「キャンセルカルチャー」の波に飲まれ、社会的に抹殺される。
この、正義の皮を被った過剰な言葉狩りに対する私の強烈な拒絶反応の原点は、中学生の頃に出会った小説『図書館戦争 シリーズ』にある。不適切な言葉を排除するという大義名分のもと、表現の豊かさや個人の背景が暴力的に奪われていくあのディストピア。あの物語が警告していた言葉を奪う権利を握った組織の傲慢さと暴力的な不気味さは、フィクションではなく、今まさに欧米を発信源とする現代の左翼ポリコレの姿として現実化しているのではないか?
翻って、じゃあここ日本ではどうなのか?と現在の日本のエンタメ界やSNSを見渡すと、そこは息が詰まるほどの無菌室が広がっているように感じられる。芸能人や表現者に対して、一切のシミも、過去の失言も許さない完璧な人格者であることを要求する。少しでも基準から外れれば、集団で叩き潰す炎上祭りが幕を開ける。
あの図書館戦争の物語が描いた言葉狩りの気持ち悪さは、フィクションではなく、今まさに現実のキャンセルカルチャーとして目の前に現れているのではないか?
アメリカ的な無神経への抗議
だが、私がそうした正義の押し売りに呆れ果てている一方で、アメリカという国が時折見せる無知ゆえの傲慢さには、また別の種類の、激しい胃もたれのような嫌悪感を抱かざるを得ないのも事実だ。
例えば、My Chemical Romance の代表曲『Teenagers』のミュージックビデオ。サビの最も盛り上がる瞬間に、あろうことか原爆の爆発画像の背景がドーンと登場する。あの演出を、ワーナーの本部すら止めずにそのまま世界へ放流し、日本でもプロモーションする無神経さ😩
あるいは、数年前に映画『Barbie』と『オッペンハイマー』の同時期公開でお祭り騒ぎになった際、公式側が無邪気に原爆のキノコ雲とバービーを合成したファンアートに好意的なリプライを送り、大炎上した事件。
日本の配給元であるワーナーブラザースジャパン「配慮に欠けて極めて遺憾である」と公式声明を出して謝罪し、アメリカ本社側も謝罪コメントを発表する事態に発展した。
……え、ちょっと待って。
マイケミの時も、バービーの時も、どっちもワーナーじゃん。
いや、ワーナー、お前グループ全体で原爆に対する管理クソ雑すぎない!?😡😡😡😡😡
何年経っても、どの部門になっても、他国の歴史的トラウマに対する配慮のなさが全く変わっていないのか???あの、現場の声を無視した、あるいは「日本市場なんて適当にあしらっておけばいい」とでも思っていそうなトップダウンの傲慢な意思決定のプロセスのせいなのか?自分たちの基準だけで「これが正解だ」と押し付けてくる。あの、現場の声を無視した傲慢な意思決定のプロセスを思い出すだけで、ああ、もう本当に、胃のあたりがキーーーッとなる……😡
日本の地図記号やお寺のマーク(卍)を勝手に勘違いして「物騒なヘイトシンボルだ!」とヒステリックに叩いてきたり、自分たちのタブーに対しては異常なまでに厳格な言葉狩りをするくせに。戦勝国が他国に落とした残酷な大量殺戮の記録は、こうやってポップカルチャーの消費アイテムとしてヘラヘラ遊んでみせるんですね。
本当に、どの口が多様性やポリコレを語るのかと呆れてしまう。
というか、そもそもアメリカ本社の奴らは何なんだ!
為替レートを完全に無視したクソ雑な前年比何十パーセントアップのターゲット設定を平気で押し付けてきたり、現場の状況も知らずにカットオフだ!って冷酷にシステムを弾いてきたり、あーーーもう本当に狂いそう!!!
こっちの都合を無視してすべてドルベースで売上を計算してキレてくるなら、私の給料もドルでよこせよ振り込めよクソボケェええええ🤬🤬🤬🤬🤬キーーーッ!!!🤬🤬🤬🤬🤬🤬🤬🤬🤬
(あ、ごめんなさい、これはただの仕事のストレスの個人的怨念です、笑でもワーナーの無神経さとアメリカ企業の傲慢さが地続きなのはガチ🤬)
私はあの狂気じみた、アメリカ特有の気持ち悪いノリに心底気分が悪くなった。
せっかくBarbieはジェンダー平等への素晴らしいメッセージがある映画だと聞いていたのに、わざわざピンクの服を着て映画館へ足を運ぶ友人たちを横目に、私は静かに観に行かないという選択をした。
彼らの興行収入に一円たりとも貢献しないこと。このサイレント・メッセージこそが、他国の歴史的トラウマに対する配慮を一切持たない、彼らの傲慢なプロモーションへの、私なりの静かな抵抗だった。
何はともあれ、そうしたアメリカの致命的なアホさに、わざわざ自分の貴重なエネルギーを使って怒り続けるのは、コストパフォーマンスが悪すぎる。
歴史とコンテクストの平坦化という知的な怠慢
さて、話をポリコレに戻そう。
現代の極端なポリコレ信者たちの何が最も気持ち悪いかといえば、彼らが歴史やコンテクスト(背景)を完全に無視し、すべての言葉をマニュアル通りにしか裁けない点だ。
……なんて、偉そうに書いているけれど、実はこれ、私自身の痛烈なトラウマに基づいている。かつて親友だと信じていたアメリカ人の友人と、日本の移民政策について真面目に議論した際のことだ。
私が抱いていた慎重な懸念や、日本という島国が持つ独自の歴史的背景と言語の通じなさの懸念など。私が伝えたかったのは、差別的な思想なんていう薄っぺらなものじゃない。単一民族を前提に作られたこの国の『あらゆるシステム』が、急激な外部からの流入に耐えられるのか、という純粋な技術的懸念だ。移民の個人の属性なんていう矮小な話じゃない。『身元確認もろくにできない、管理コストも予算も捻出しない、ただ人数だけ増やす』という、政府のあまりに無責任なシステム設計のことだ。
米国でのICEの介入を批判し、国境を越えた平等を叫ぶ彼らは美しい。だが、私が懸念しているのは、そんな理想論の裏側で、法の網の目からこぼれ落ち、行政の手が届かない『無法地帯』が形成されることだ。そこでは、日本では全く言葉の通じない移民自身もまた、搾取の対象になりかねない。
「返ってきた言葉は『トランプ支持者みたいな差別主義者』という冷徹なラベリングと、その後のいくら客観的データを示しても一切確認しない完璧な無視だった。
自分の意見を言っただけで、相手を『トランプ支持者』という悪のアイコンに放り込めば、その瞬間に議論を放棄して道徳的優位に立てる。彼らにとってトランプ支持者という言葉は、思考停止するための最強の呪文なんだ。そんな安直なレッテルで私を封じ込められると思っているのか。
……いや、ちょっと待って。私、政策のいくつかはトランプの考えを支持してるし、別にあ、そう?って感じ。
誤解のないように言っておくが、私は彼の人間性や手法が狂気じみていることは百も承知だ。大統領としての振る舞いには『頭がおかしい』と呆れることも多い。けれど、私は理想と実利の狭間でどう折り合いをつけるかを大学時代に色々学んである程度考えてきた。だからこそ、ビジネスマンとしての彼の冷徹な交渉術や、結果を出すためのプラグマティズムには、嫌でも一目置かざるを得ない。
彼女みたいな安全圏の治安のいい地域で暮らしてるボンボンにはわからないだろうが、現実はきれいごとだけじゃ回らない。理想を掲げるだけならタダだが、その理想を守るためのあらゆる組織運営には血が通った計算が必要なんだ。
てかそのトランプの政策のおかげで、ここ最近の私の懐はといえば、皮肉なほどに….まあいいや。
……っていうか、そもそも私はアメリカ市民でもなければ、アメリカに住んでいるわけでもない。部外者の日本人に『トランプ支持者だ』とレッテルを貼って、激昂して絶交までしてくるなんて、一体誰が差別主義者なのか笑えてくる。
……彼女にとって私は、生身の人間でも、何年も語り合った親友でもなかったのか。
完璧な『ポリコレ』の教義に一寸の狂いもなく迎合しない限り、私はただの駆逐されるべき異端者であり魔女狩りの対象だったのか???
私たちはいつから、意見が違うだけで人間を『記号』にまで格下げし、迷いなく切り捨てられるようになったのだろう。彼女らが振りかざす『正しさ』の先には、生きた人間の顔なんて一つもないんじゃないのか。あるのは、自分たちが無菌室で安全に生きるための、都合のいい正義の物語だけだ。
現場を無視した『グローバルな正しさ』という暴力。彼らは、その優しさの裏で、実際にそこで血を流すことになる人間の顔なんて、最初から一人も見ちゃいないんだ。その無邪気で、あまりに幼稚な善意に、私は絶望した。……ねえ、どちらが差別主義者なの? 現場で困る人間を透明人間として扱うことのほうが特殊な文化や法律で動いてる日本の文脈を一切無視して画一的に全部アメリカ基準を押し付けるエスニック差別じゃないの?
社会学の用語にNIMBY(Not In My Back Yard=総論は賛成だが、自分の裏庭には来るな)という言葉がある。あの無菌室の住人たちがやっているのは、まさにこれだ。
LAのセキュリティが万全な高級住宅街から「国境を開け! 移民を歓迎せよ!」と美しいプラカードを掲げながら、実際に言葉の通じない人々が自分たちの家の隣に住み始め、地域の治安や文化摩擦によるトラブルが発生しそうになれば、彼らはさらに高い塀を築いて見えないふりをするに決まっている。
現場の管理コストや、日々の生活で生じる物理的な軋轢はすべて「下々の者(現場の人間)」に押し付けて、自分たちだけは安全圏から「寛容で優しい人間」という道徳的な快楽にどっぷり浸かっているのだ。
無条件で受け入れろと綺麗事を言うなら、まずあんたの家の空き部屋に彼らを住まわせて、自腹で生活の面倒を見てから言えよ、と吐き捨てたくなる。
……本当の『偏見を持った人間』は誰だ? 現場の管理コストも予算も物理的な現場の負担を無視して『誰でもウェルカム』というポーズだけを決め込み、実際に社会で軋轢が生じた時に、その現場の犠牲を無視してセキュリティの担保された治安の良い地域の安全圏から理想を説く、あなたたち(政府やその無邪気な理想論者)ではないのか。
対話しようと試みた側の背景や、育った土壌の違いなんて、彼らの「正義の物差し」の前では、ゴミ屑ほども価値がないらしい。「あなたがそう考えるなら、あなたは敵だ」。……幼稚すぎる、としか思えなかった。あれほど信頼していた人間を一瞬で記号化し、思考停止のまま断罪する。相手を生身の人間として接していた私に対し、向こうはレッテルというフィルター越しにしか私を見ていなかった。
正直、UC(カリフォルニア大学)のエリートだからこそ、論理的な思考ができるし、まともな対話が成立する相手だと信じて率直に話したんだ。
それなのに、蓋を開けてみれば頭が硬すぎて頑固極まりなく、統計やデータに基づいた客観的な議論が一切できない。なぜあそこまで陰謀論者のような思考に陥ってしまうのか、僕にはまったく意味が分からなかった。
そもそも彼女、「大麻が違法とされているのは移民を取り締まるためにでっち上げられた罠だ」とか政府が発表する犯罪率の数字は信用できないとか言い出して、完全に陰謀論者のそれになっていた。正直、もうまともに話が通じる状態じゃなかったんだよね。
たしかに、ICE(移民関税執行局)の強硬なやり方が非人道的で酷いことには僕も同意する。けれど、だからといって不法移民という事実そのものが正当化されるわけじゃない。
日本人の僕から言わせてもらえば、話はもっとシンプルだ。国や地域によってルールは違う。ダメだと決められている場所で法を破って捕まるのは、ただの当たり前の結果だ。「法律を守らない方が悪いだろ」、本当にただそれだけのこと。
どんな崇高な理想や被害者意識を掲げようと、その土地のルールを破ればペナルティを食らう。そんなものは世界のどこに行っても変わらない現実だ。もちろん、そんな冷たい正論をあの時の彼女にぶつけたところで完全に火に油を注ぐだけだと分かっていたから、僕はその場では何も言わずにひたすら黙って話を聞いていたけれど。
そのあまりに軽薄で、あまりに無邪気な知的な怠慢を前に、私はただ、人間というものの分かり合えなさとアメリカ人の偏見に戦慄した。
私たちは、異なる意見を持つ相手を殺すために議論しているわけじゃないはずだ。なのに、彼らはその議論のテーブルすら蹴り飛ばし、自分たちの無菌室に閉じこもることを選ぶ。ああ、もう思い出すだけで胃がキリキリする。現場の切実な声なんて、グローバルな「正しさ」の前ではノイズでしかないという、あの傲慢な態度が、あの時の彼にも、さっき書いたワーナーの連中にも、重なって見えるのだ。
実際に金に困ったことがなさそうなアメリカ人の友人(LAでも有数のガチの治安いい富裕層地域住み)と致命的に議論が噛み合わず、現場の声マジでアメリカ人は理解しようとしねぇんだなぁとガチ呆れで異文化コミュニケーションの地獄の難易度を身をもって学んだ。
……何が一番虚しいって、政治的な思想の不一致なんかじゃない。彼女がポリアモリーとして生きるという決断の背景や実践の苦悩、あるいはその恋愛観ゆえのトラブルで軽めのSTDを抱え込んだ時だって、私は彼女を一切否定せず、ただその苦悩に寄り添い続けた。そもそも、そんなデリケートなことを打ち明けられる相手なんて、そうそういないだろう。彼女は私をそれほどまでに信頼してくれていたし、私もそれに応えるべく、彼女の生き方を親身な友人として丸ごと尊重しようと必死だった。
実のところ、価値観が丸ごと違いすぎて、思うところはあった。けれど私はその意見を飲み込み、彼女の気持ちや考えを人格ごと尊重することを優先した。私が彼女に対して差し出していたのは、単なる同情ではなく、彼女という人間を丸ごと肯定するという、血の通った『対話』だったはずだ。
なのに、どうだ。移民政策について私が日本だと懸念がアメリカとは違うと思うけどと口にした瞬間、彼女はこれまで私と共有してきた数々の困難も、信頼の積み重ねも、一瞬ですべてを『差別』というレッテルで焼き払った。私の人間性など、彼女の完璧な教義の前では一顧だにされない価値のないものだったのだ。
その生き方そのものを肯定し、ケアを続けた。彼女の恋愛観がどうあれ、私は彼女の『生身の苦悩』をそのまま受け入れようと努めてきたんだ。
私たちは『人間対人間』として深い信頼関係を築いていたはずだった。少なくとも、私はそう信じていた。
なのに、意見があまり一致してるように見えないある一つのテーマが出た瞬間、彼女は私がこれまで差し出してきた時間も、理解も、歩み寄りも、全てをゴミ箱に放り込んだ。彼女にとっての『親友』とは、その程度の希薄な関係でしかなかったのだ。完璧なポリコレの教義に従わない者は、昨日まで親友であったはずの人間であっても、迷いなく切り捨てる——。
彼女がLAのセキュリティで守られた豪邸から説く『多様性』や『平等』という言葉の裏には、結局のところ『私と意見が同じ人間だけを愛する』という、あまりに狭量で、自己満足的な排他性しかなかったのか?
United, we'll fail. Divided, we'll fall.
( a cynical, inverted take on the classic proverb "United we stand, divided we fall")
【変貌したロンドンの現実】
わたしが急激な移民の増加に懸念しているのは具体的に過去にそのような政策を議論が未熟なまま強引に推し進めた国がどうなったのか具体的な現場を知っているからだ。
かつて私が知っていたロンドンは、どこへ消えてしまったのだろう。10年近く前に訪れた際の、洗練と調和が共存するあの平和な風景は見る影もない。今、私の目の前で2026年にみてきたロンドンは、ゴミが散乱し、街角でスマホがひったくられるような光景が日常と化した、かつての面影なきカオスだ。
この変貌は偶然ではない。イギリスが強引に推し進めてきた受け入れの失敗そのものの姿だ。
かつてのロンドンは、異なる文化を融合させ、一つの社会として共生させるための基盤を持っていた。しかし、今の政策は統合を放棄している。移民をイギリス人として育てるのではなく、彼らを独自の価値観のまま、公的資金で隔離したコミュニティに閉じ込めているだけだ。街のあちこちでイギリスの法律や公共のルールが無視され、自分たちの規範を優先する孤立した場所が生まれている。
その皺寄せを食らっているのは、崩壊した医療サービスや教育現場、そして税金が自分たちのために使われないと実感している現場の労働者たちだ。余裕のないインフラに過剰な負荷がかけられ、街の安全も、清潔さも、社会の信頼もすべてがパンクしているのではないか?
政治家や有識者たちは、自らが掲げてきた多文化主義という美辞麗句を否定したくないがために、この崩壊を過渡期の問題だと強弁し続けている。だが、現実は深刻だ。責任を回避し、見て見ぬふりを続ける彼らの背後で、かつて誇り高かったロンドンの秩序は静かに、しかし確実に崩壊の淵にあるように見えた。
【納税者としての怒り】
ロンドンの惨状を他山の石とせず、日本でも同じ轍を踏もうとしている現状には、怒りすら通り越して呆れ果てる。今の日本の社会福祉は、真面目に働く者ではなく、制度の隙間を突いて利益を掠め取ろうとする連中を喜ばせる仕組みになりつつある。てか少し調べればめちゃくちゃ悪用してる人間は確認されている。
私はこれまで、ポルシェを余裕で買えるほどの税金と社会保険料を納めてきた(が実際には、日本車のフェアレディZの見積もりをして、ローン支払額で買えるわけないと絶望感に苛まれたただの社畜だ。車なんて都内の馬鹿高い家賃と駐車場代を抱えつつ持つのは夢のまた夢だ) 。
自分の稼ぎが、この国の未来や、本来守られるべき人々のために正当に使われるのなら、それも社会貢献の一部として納得できる。
【保険制度の目的外利用への告発】
この国の医療保険や社会保障制度も、根本的な論理が破綻している。本来、保険とは若くしてがんや交通事故に見舞われるような、どうしようもない不運——予期せぬ悲劇に立ち向かうために、社会全体で助け合う仕組みであるべきだ。若くしてがんや難病になり高額な治療が必要な若者にはどんどん保険を使って治療してほしい諦めてほしく無いと思っている。
しかし、現実はどうだ。ただの老化に伴う必然的な不調や、自らの不摂生で招いた生活習慣病のために、膨大な税金と保険料が「当然の権利」として注ぎ込まれている。毎年どれだけの資金がこの『予防可能な不健康』のために溶けているか知っているか? 戦艦が余裕で買えるほどの予算が、個人の無自覚な怠慢を延命させるためだけに毎年消えているのだ。
誰かが汗水垂らして稼いだ金が、健康管理を放棄した者たちの穴埋めに使われる。このシステムは、真面目にリスクを管理している人間から搾取し、節度を持たない人間を甘やかす「逆転の構造」になっている。こんな不公平なシステムを維持するために、高額な納税を強いられる理由など、どこにもないはずだ。
だが、働かずに制度にただ乗りし、甘い汁だけを吸おうとする連中を呼び寄せ、養うために私の血税が浪費されるのだとしたら、そんな理不尽なシステムは今すぐ消えてなくなればいい。理想論を並べる政治家や大学教授たちには、ぜひ一度、自分のポケットマネーから他人のために際限なく金を引き出される側の痛みを味わってもらいたいものだ。
国が日本人を「絶滅」させようとしているのか?
私の地元の知り合いは、ある時ふと毎日働いているのに全然お金が残らない。今の彼女と結婚したいんだけどお金がなくて結婚なんてとても無理だと深い絶望を口にしていた。
彼のような普通の労働者から限界まで搾り取り、結婚や出産すら踏みとどまらざるを得ない困窮レベルまで追い込む現在の税制。これはもはや「不平等」などという生ぬるい言葉で片付けていい問題ではない。実質的な「優生思想」ではないのか。
本来ならばこの国に生まれるはずだった若い命の可能性を、国は莫大な税金と社会保険料という名目で巻き上げ、若者の手取りをめちゃくちゃに削り取ることで握り潰している。おまけに、低所得者であればあるほど社会保険料の負担が重くのしかかるという、狂った制度設計だ。
【ポピュリズムの奴隷と化した国家への絶望】
真面目に働く者の手取りが極限まで削られる一方で、一切働かずに医療費まで完全無料となる生活保護受給者の待遇はどうだ。現実に、無料で手に入れた睡眠薬や依存性のある処方薬を裏で転売し、小遣い稼ぎをするようなモラルハザードが横行し、幾度となく報道されている。それにもかかわらず、この異常な特権は一向に正されない。
私が血を吐くような思いで働き、強制的にむしり取られた莫大な税金が、命に関わるわけでもない老人の湿布やマッサージ、暇つぶしのデイサービス、そして不正受給の温床へと消えていく。この国の運営に対して、私はもはや怒りを通り越して殺意すら覚える。
だが、最も絶望的なのは、この搾取の構造が民主主義のルールによって完全に正当化され、固定化されていることだ。
労働者人口が国民の半数を割り込んでいる今、真面目に働く現役世代の悲鳴は、選挙において全く価値を持たない。票の塊である老人たちを甘やかす政策しか通らない、ポピュリズムという病にこの国は完全に汚染されている。地域ごとの年齢分布と、当選した政党の政策データを見比べてみればいい。真面目に働くサラリーマンにとって、この国がすでに手遅れな場所であることが、残酷なほど鮮明に浮かび上がるはずだ。
【政府の自作自演の絶望と「輸入品」への依存】
散々若者を痛めつけて手取りを奪っておきながら、今さら「出生率がすごい勢いで減っている!大変だ!」と騒ぎ立てる政府の茶番には反吐が出る。
彼らが何をしたか。「こども家庭庁」などという意味不明な組織を作り、中抜きを前提とした利権団体に大量の資金を横流ししただけだ。無駄な仕事を意図的に増やし、身内を潤しているだけで、本当に支援が必要な若者や家族の手元に届く頃には、当初の予算のいったい何割が残っているというのか。
自らの政策の失敗で異常な少子化を加速させておきながら、重すぎる税負担という根本的な問題からは目を背け、焼け石に水のようなちんけな補助金で誤魔化し続ける。そして、いよいよ労働者が減って国が回らなくなった結果、政府が何をしようとしているか。
それこそが、私が冒頭で懸念を抱いた「大量移民の誘致」だ。本当に馬鹿なのかと言いたい。
自国の若者を経済的に窒息させ、家庭を持つことすら許さない労働環境を作り上げておきながら、いざ「自国の畑から若者が収穫できなくなった」と気づくや否や、なんの反省もなく労働力を「輸入品」に頼ろうとしている。この国がやっていることは、まさにそういうことだ。
私が安易な移民政策に反対するのは、差別でも排外主義でもない。国民の血税を吸い尽くして未来を焼き払い、その焦土に外国からの労働力を使い捨てのコマとして並べようとする、この国の狂気じみた運営への明確な拒絶なのだ。
【合法的なみかじめ料と、隠蔽された二重課税】
さらに言わせてもらえば、私が自衛のためにやっている投資に対する国の態度も最悪だ。
私が血反吐を吐いて働き、大量の税金と社会保険料をむしり取られた後に残った、カスのような手取り。それを元手に、元本割れのリスクを完全に自分一人で背負って米国株などに投資している。もし損をしても、国は「自己責任だ」と冷たく言い放ち、一円の保証もしてくれない。だというのに、私が相場を睨んで自力で利益を出した瞬間にだけ、国は何の労力も払わずに「約20%」を合法的なみかじめ料として自動的にピンハネしていく。リスクは100%こちらに押し付け、リターンだけはノーリスクでかすめ取る。ヤクザのしのぎよりもタチが悪い。これは実質的な二重課税であり、国による労働者の賃金の計画的な強奪じゃないか????(いくら拒否しても納税しなかったら捕まるので渋々確定申告行ったけどさぁ😩)
そもそも、現在の労働者の国民負担率はそろそろ50%(五公五民)に達しようとしている。稼ぎの半分を国に持っていかれている異常事態だ。しかも、絶望的なことに給与明細の数字すらまやかしである。社会保険料には「会社負担分(労使折半)」という巧妙な隠れ蓑があるが、あんなものは本来なら労働者が自分の給与として受け取るべきだったお金だ。それを国が、給与明細に乗る前に企業から直接中抜きしているのだ。そして、その中抜きされて減らされた後の金額に対して、さらに所得税や住民税をかけている。
これほどまでに理不尽なシステムで労働者から骨の髄まで搾り取っておいて、その金がどうでもいい利権団体や、不正受給の温床に流れているのだから、私がおかしくなりそうなほどの憤りを覚えるのは当然だろう。
冒頭の物議を醸した推しの発言とコンテクスト
さて、具体的生活で感じている痛みを追記したら筆が乗ってしまったが、冒頭の話題に戻ろう。
先ほど紹介したこの一件をもう一度紹介したい。
インタビューかステージの最中だったか、彼がアジア人を指す際どいローカルな俗称をポロっと口にした瞬間、客席が「えええ……」と一瞬で凍りついたのだ。しかし、当の本人は全く悪びれる様子もなく、「だっておじいちゃんがそう言ってたし」とばかりにヘラヘラしているように見えた。
フランクの発言を擁護するつもりはない。それは確かに、現代のグローバル基準から見れば配慮を欠いた「雑な大枠の言葉」だ。
だけど、彼は白人だらけの環境で育った2026年現在40代半ばの、ニュージャージーの労働者階級の地域育ちの人間だ。彼の祖父や親たちの世代が、居酒屋のノリで使っていた地元の口癖が、つい無意識に出てしまったに過ぎないのではないか。
日本人が「大阪もんは〜」「東京人は〜」と雑なステレオタイプで笑い話にするのと、本質的なノリは何ら大差ないのだ。
特定の個人をターゲットにして、悪意を持って傷つけようとする攻撃的な差別用語の利用と、単なる育ちゆえの無知な差別的な響きの口癖は、明らかに周波数が違う。その文脈の精査を一切放棄し、「この単語を使ったから差別主義者だ」と一発退場させる現代のキャンセルカルチャーは、知的な怠慢であり、単なる言葉狩りそのものではないか。
「罪なき者」はどこにいるのか
「罪なき者のみ、この女性に石を投げよ」
聖書にあるこの有名な一節を思い出す。
現代のポリコレ極左や炎上祭りに参加して熱狂的に石を投げている人々は、自分自身が一度の偏見も、一度の失言も、一度の雑な他者へのラベリングもせずに生きてきた清廉潔白な聖人だとでも思っているのだろうか。
私だって、これまでの人生で一度も差別の目を誰かに向けずに生きてこられたわけがない。誰もが無意識の偏見や、育ちゆえの歪みを抱えて生きている。
ムカつくものはムカつくとして、自分なりに静かに意思表示をして、あとは適当に受け流す。
だから私は、推しの無神経な発言に呆れつつも、同時に彼を社会から抹殺しようとする正義の暴走に加担する気にはなれない。完璧な無菌室で生きるお利口な聖人よりも、自分の不完全さを晒しながら、それでもステージの上で魂を震わせ、性別の呪縛を解体してみせるおじさんたちの精神性に、私はどうしようもなく惚れ込んでいるのだ。
次に彼がまた余計なことを言って客席を凍りつかせたら、私はきっとまた、呆れながら爆笑するだろう。 人間の愛なんて、それくらい泥臭くて、いい加減なものでいいはずだ。
*追記:
ちなみに、この記事を書きながらテレビで『ミッション:インポッシブル』が流れていたのだけれど、私の脳内は某ギャグBL漫画のせいで勝手に『ミッション・インポ(以下略)』と変換されて、一人でツボに入ってしまった。
そもそも『ミッション:インポッシブル(Impossible)』というタイトル、私たち日本人にはどうしてもあの「インポ」の響きが耳に飛び込んでくる呪いがかかっている。
あとその系統のネタで思い出したけど、そういえば先月、適当にSpotifyで海外のスタンドアップコメディを流し聴きしてた時のある「言葉のすれ違い」の爆笑話を思い出す。
ステージに立ったコメディアンが、「うちの70過ぎたおじいちゃんが、嬉しそうに『おい!Facebookに最高のDPをアップしたぞ!』って言ってきたんだ」と話し始める。
…いや、ちょっと待って。海外で「DP」といえば、それはもうガチで過激な大人のアダルティ用語(※要するにただの露出狂)の意味になってしまう。
孫は顔面蒼白だ。「おじいちゃん、冗談だろ!?何考えてんだ、今すぐ消せ!!」と大パニックで叫ぶ。
「なんでだよ? コーラと一緒に撮ったんだぞ!」
……ここで会場は爆発するような笑いの渦に包まれる。
なぜなら、そっちの過激な文脈においてコーラ缶というのは、サイズのよくあるド定番の比較表現だからだ。
それを全く知らないおじいちゃんは、ただ純粋に「コーラを片手にニッコリ笑ったプロフィール写真(Display Picture)」のつもりで言っている。
しかし、過激な意味で受け取ってしまった孫からすれば、「おじいちゃん!? コーラ缶サイズって何事!? ネットに何晒してんのーーーーー!?!?!?」という地獄のような大パニックである。
そう、おじいちゃんが言いたかったのは、単なる「ディスプレイ・プロフィール(プロフィール写真)」の略。
完全に上質なアンジャッシュ状態のコントが現実の家族間で爆発しており、会場全体が大爆笑に包まれていた。言葉の本来の意味や、グローバルな正しさなんて、結局のところその程度の雑なボタンの掛け違いでできているのだ。
(あ、ヤバい。今「DP」と書いていたら、うっかり若かりし頃の某ピートの流出事件を思い出してしまった。完全なる飛び火、そして掘り返される彼の黒歴史……ごめんよピートwwww)
そういえばピートといえば、彼の所属するバンド名は「Fall Out Boy」だが、ここで少し冷静になって考えてみてほしい。「Fallout(フォールアウト)」という英単語の本来の意味は、核爆発のあとに空から降ってくる「放射性降下物(いわゆる死の灰)」のことだ。直訳すれば「死の灰ボーイ」である。
元々はアメリカの国民的アニメ『ザ・シンプソンズ』の中に登場する、放射能を浴びて誕生したスーパーヒーローの相棒(サイドキック)の名前をそのまま拝借したらしいのだが……それにしてもだ。
(※ここでちょっと業務連絡。いつもブログを読んでくれているFOBファンの方々へ。お願いだから画面の向こうで怒らないでね!? アンチじゃないからね!? むしろ私、音とか最高に大好きでめちゃくちゃ愛聴してるから! この間歌詞とか背景の深読み全然できてなかった〜!って白状したばかりの私が言うのもなんだけど、今回のピートの流出事故イジりも、バンド名の語源の解説も、全部まるごと愛あるイジりだから! どうか石を投げないで!😭)
ゆえに、私を裁こうとする者たちよ。古き聖書の言葉を思い出しなさい。
"He that is without sin among you, let him first cast a stone at her."
—— John 8:7 (King James Version)
というわけで、これまでただの一度もバンドマンの過去の黒歴史や下世話なゴシップを検索したことがない、清らかで無垢な者だけが私に石を投げなさい。アーメン。
……あ、いけない。今のは完全に某界隈の伝説的ファンフィク『Unholyverse』の冒頭の聖書引用がカッコよすぎて、つい厨二心をこじらせて真似してみただけだ。本来の聖書の文脈とは一切関係ない、ただの私のおふざけである。
聖書という歴史的重みのある言葉を借りて、やってることが『頼むから私の黒歴史検索を掘り下げるのは勘弁してくれ』というただの保身。
……我ながら、高尚な引用と卑小な目的のこのコントラスト、滑稽なピエロを通り越して、もはや一周回って『Un-holy(聖なるから程遠い)』な行為ではないだろうか。
この記事の前半でワーナーのゴミみたいな原爆ミームにキレた私だけれど、よく考えたらそもそもアメリカのポップカルチャー全体、原爆や放射能に対するノリが恐ろしく軽すぎる。「死の灰」という絶望的な言葉をバンド名に冠して、スタジアムで黄色い歓声を浴びている状況なんて、日本人からすれば背筋が凍るほどのウルトラC級ブラックジョークである。
ただ、ここで一つだけ擁護しておくなら、アメリカのSFゲーム『Fallout』は許す。

タイトル自体がストレートに「放射性降下物」を意味するこのゲームは、「アメリカの傲慢さのせいで気軽に原爆を撃ちまくったら、世界はどうなるか」という終わった後の地獄(ウェイストランド)を大真面目に、そして最高に皮肉たっぷりに描いた傑作だからだ。
「原子力さえあれば未来はバラ色!」と浮かれていた自国の歴史を、あそこまで痛烈に、そして自虐的に笑い飛ばせるなら文句はない。だが、それ以外の、ただ面白半分で他国の痛みを消費する無神経な連中はちゃんと日本の声を尊重しろ😡😡😡😡😡
それを言ったら、さっきネットで偶然見かけたフランクの過去の動画なんて、日本人の感覚からしたらこっちも結構酷かった。
バンドメンバーの同僚に「ヘイ、フランク。ポテチ(チップス)ちょうだい?」と言われたフランクが、真顔でひたすらポテチをひたすらあらゆる方法でいじめ抜き、粉砕し、ぐちゃぐちゃの粉々にしたのちに、「はい」ってクソ雑に手渡しているのだ。
これだけでも腹筋崩壊意味不明レベルなのに、その動画の本当のオチは私の記憶のさらに上をいっていた。
彼は何を血迷ったか、おもむろに自らのズボンのチャックを開け、なぜかそこから発掘されたポテチを、「はい」って手渡してくるのだ。
いや、どういう状況だよ!!!
どんな育てられ方したら、ポテチをそこに格納してドヤ顔で人に渡せるんだ。しかも撮影者のお兄さんoh no…って言いながらも渡されたチップスをボリボリ食べてるし😂😂😂😂
いや、お前は子供の頃に「食べ物で遊ぶな」って育てられなかったか?!?!?!とかいう次元の前に、このおじさん、ただの常軌を逸したクソガキである😩
(※ちなみに、あえてここに動画は載せません。フランクの全盛期イケメン時代ならまだしも、現世の小太りアメリカンおじさんが無心でポテトを破壊しているアホな地獄の光景が画面いっぱいに広がって精神衛生上よろしくないためです。どうしても見たい物好きな方は、自己責任で 『Frank Chips』 と検索して探してください。ひたすらポテチがいじめまくられている可哀想な謎動画です。覚悟のある人は見てください。)
日本人としての私の道徳観は完全にフリーズしたが、「いや、それにしても意味不明でおもろすぎるやろ」とやっぱり爆笑してしまった。彼の無神経さも粗暴さも、この突き抜けたアホらしさの前では、もう全部どうでもよくなる。アジア人としてのプライドも、日本人の道徳観も、彼の「意味不明な粗暴さ」の前ではただの謎の葛藤を残して、私の頭は笑いでフリーズするだけ。
そしてさらに恐ろしいことに、私は後になって気がついてしまった。
このポテチ粉砕という地獄のファンサ(?)、どうやら単発の事故ではないらしいのだ。
よくよく動画のハッシュタグを見てみれば、L.S. Dunes時代にも、ソロプロジェクトのバンドメンバー相手にも、彼は行く先々でいろんな人間を標的にして、同じように無心でポテチを粉砕し、ヘラヘラ怪しすぎる方法で毎回雑にポテチを差し出している。
こいつ、ただのクソガキじゃなくて、完全に常習犯(シリアル・ポテチ・テロリスト)じゃねえか!!!
YouTubeのファンのコメントもこいつは一体ポテチに何の恨みがあるのか????ってみんな大困惑してるよ??????
いや、そもそもこいつメンバーにすら破壊行為はやめてくれ!!!!ってガチ苦情受けまくってるのにそもそも気まずそうにヘラヘラ笑うだけやん。こいつただのクソガキか?????アメリカの基準から見ても、バンドメンバーすら被害に遭うレベルの常軌を逸したクソガキやんか😩


アイツは常日頃から身内にも他人にも全員に対して手加減なしのクソガキなだけ(だからヘラヘラしてる)😩手遅れやん😩
そういえば、彼がその謎のポテチテロに及んでいた時のソロツアーの移動用バン、よく見たらメルセデスだったことを発見して一人で爆笑してしまった。
マイケミ初期の、いつぶっ壊れてもおかしくないオンボロのバンでドサ回りしていた時代とは大違いである。世界的ロックスターとして確固たる地位を築き、メルセデスのいかにも高そうなでかい車に機材を詰め込んで快適にツアーを回れるようになった立派な大人。
……そんな余裕のあるアメリカンおじさんが、ツアー中に同僚とやっていることがポテチを粉砕したりチャックからポテチを配給するという底辺のクソガキの遊びなのだ。車は最高級になったのに、中身の品性が1ミリも成長していない(呆れ)😩
……と、ここまで書いて、私はふと天を仰いだ。
おじいちゃんのFacebook(下ネタ)、ピートの流出事件(下ネタ)、フランクのチャック(下ネタ)。
アメリカの傲慢さに怒り、世界の過激なポリコレに警鐘を鳴らす知的な社会派エッセイを書いていたはずが、蓋を開けてみればただの股間パレードである。一番どうにかすべきなのは、他国の無神経さではなく、私のこの絶望的な深夜の脳内語彙のセンスかもしれない。
……というか、ここで私はさらに致命的な事実に気がついてしまった。
この記事、真面目なトピックだと思って読み進めてくれた高尚な読者には、最後の最後で下ネタを顔面に叩きつけすぎて「…え? いいね押しにくいんだけど…」って引かれるだろう。
逆に、最初からアホなネットネタを求めてきた読者には、前半の聖書や言葉狩りのくだりがうわ文章硬っ!と途中でブラウザを閉じられているに違いない。
真面目な奴らには下ネタすぎて引かれ、不真面目な奴らには硬すぎて読まれない。
「明らかにこいつ、酒飲んで書いただろう??」という意味不明な世界が唐突に後半で始まる。はい、その通りです。実家に置いてあった赤ワインがうますぎて、毎晩がぶ飲みしてました🍷
今なら、アルコールに溺れたジェラルドの気持ちが少しだけわかる気がする。私は肝臓が弱いから1〜2杯で十分だしアル中ではないけれど、落ち込んでいる時、このいかにも身体に悪い感じが妙に心地良くなる瞬間ってあるのよね。多分、当時のジェラルドが酒に逃げていたのは、今の私が感じているこの辛さを5000倍くらいに煮詰めた地獄だったんだろうな、なんて勝手に推しの解像度を上げている。
とはいえ、「メンタルが落ちるのは単に運動していないせいだな」と冷静にセルフモニタリングが完了したので、さっきホットヨガで「死ぬど!!」ってくらいめちゃくちゃに汗をかいて、全身を物理的にいじめ抜いてきた。おかげですっかり健康的なメンタルを取り戻し、今はそのクリアな状態のまま、少量のワインを食後に美味しく流し込んでいる (結局酒飲むんかい!)。
誰も寄せ付けない、実務ストレスで脳内が限界を迎えた人間の怨念だけがここに佇んでいる。
いや、これ、私は一体どこの層に向けてこの記事を書いてるんだ?
……あ、自分か。
完全に深夜のセルフ自爆コントである。
昨日までクソ真面目にプライドマンスにおけるフランクのクィア表現とジェンダーとかまじめぶって書いてたくせに気がつけばただの不審者に成り下がっていた。
現場からは以上です。
爆散!💣🤯
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