大きな歯車になろうとしていた|「私がやれば済む」と思いすり減っていた日々
バイトリーダー
サークルのリーダー
部活の副部長
「私、感受性が高いのかも」と気づく前、
↑このあたりを経験してきました。
思い返すと私は、
人やチームをまとめる機会が多かったです。
自分で言うのもなんですが…
責任感は強い方です。
上司や先輩からの期待。
同期や後輩からの信頼。
自分の中にある「こうありたい」という
理想のリーダー像。
その全部に応えようとして、
いつもどこか必死でした。
チームの中心に自分がいて、
自分が大きな歯車になれば、
全体はうまく回るという
キャパを超えた努力と
若干の自惚れがあったやもしれないです…。
「私がやれば済む」
当時の私は、
誰かが困っていそうなら、声をかける。
場の空気がどんより重くなれば、明るく振る舞う。
何か不足があれば、先回りして自分で対応する。
「私がやったほうが早い」
「このままにしておくより、自分でやっておいたほうが安心」
「誰かに任せて手直しが必要になるくらいなら、私がやってしまった方がいい」
そんな風に考えていました。
頼まれていないことも、
任せてもよかったことも、
気づけば「私がやれば済む」と思い
多くのことを抱え込んでいました。
責任感の裏にあった不安
それを「責任」だと思っていました。
任されたからには、ちゃんとやりたい。
期待されたなら、応えたい。
自分がいる意味を、行動で示したい。
そういう気持ちがありました。
でも今振り返ると、
それだけではなかった気もします。
誰かを困らせたくない。
場の空気を悪くしたくない。
「できない人」だと思われたくない。
そんな不安もありました。
そう考えると
私があれも、これもと抱え込み
先回りして対応していたのは、
誰かを助けるためだけではなく、
「期待外れ」と思われないように、
というのもあったんだと思います。
気づいた人がやる=私になっていた
自分の行動範囲、対応範囲を拡げれば
その場は確かに早くおさめることができる。
でも、そのやり方を続けていると、
少しずつ無理が出てきました。
「気づいた人、できる人、早く対応できる人、
が対応する。」
その形が続くほど、
いつの間にか「=私」になっていく。
それは、私なりの責任感でしたが、
自分だけがすり減っていくやり方でもあり、
終わったあとに、どっと疲れていました。
助けているつもりが、相手の機会を奪っていた
今思うと、助けているつもりで、
周りの人の機会を奪っていました…。
誰かが困っているときに手を貸すこと。
必要なところで支え合うこと。
は、今でも大切にしたいです。
でも、相手が
考える機会、やってみる機会、
失敗する機会、気づく機会、
を大切に出来るように境界線を意識しています。
助け合うことは、
誰かの分まで背負い続けることではなくて、
お互いの歯車が回る余地を残しながら、
必要なところで噛み合っていくことだと
今は思っています。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
もし
「自分も、周りの分まで背負おうとしていたかも…」
と感じるところがあったら、
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