自分の扱い方と、他人からの扱われ方
「自分の扱い方が、他人からの扱われ方になる」
最近、この言葉が少ししっくり来ています。
人は鏡。
投影効果。
人の振り見て我が振り直せ。
似たような言葉は、これまでも何度か聞いたことがありました。
でも正直、
少しふわっとしていて、
分かったような、分からないような感覚があります。
自分を大切にすれば、
他人からも大切にされる。
そう言われても、
正直きれいごとに聞こえる。
でも最近、
日々の言葉や行動が
関係しているのかもしれないと思いました。
自分が自分をどう扱っているかは、
相手に伝わるわけではない。
でも、
その扱い方から出てきた言葉や行動は、
相手に見えている……。
このあたりをもう少し深堀りしたいと思います。
思考は、言葉と行動になって外に出る
自分の頭の中で考えていることは、
そのまま相手には見えない。
「本当はしんどい」
「今は余裕がない」
「少し嫌だなと思っている」
「できれば断りたい」
そう思っていたとしても、
それを言葉や行動にしなければ、
相手には伝わらない。
逆に、外に出ている言葉が
「大丈夫です」
「やっておきます」
「合わせます」
「なんでもいいです」
だったら、
相手にはその言葉が届いてしまう。
自分の内側では、無理をしていても、
外側に出ている言葉と行動が「大丈夫」なら、
相手には“大丈夫な人”に見える。
自分の扱い方そのものが、
そのまま相手に伝わるわけではないけれど、
自分の扱い方から出てきた言葉や行動は、
相手に見えている。
その積み重ねが、
少しずつ相手の中の
「この人はこういう人」という像を
作っていくのかもしれません。
無理していても「大丈夫」に見えてしまう
例えば、仕事で何かを頼まれたとき。
自分の中では、
余裕がない。
本当は断りたい。
これ以上増えたらしんどい。
そんなふうに感じている。
でも、外側に出る言葉は…
「大丈夫です」
「やっておきます」
「確認します」
「私が対応します」
になっている。
そのあと実際に、
少し無理をしてでも引き受ける。
嫌な顔をしない。
できるだけ早く返す。
自分の予定を調整する。
そうすると、自分の中では
「かなり頑張って対応した」ことでも、
相手から見ると
「頼んだら対応してくれた」になってしまいます。
自分が外側に出していた言葉と行動だけを見ると、
「大丈夫なんだ」と受け取られても、
不思議ではありません。
“この人像”は日々の言葉と行動でできていく
👇🏻マザーテレサの有名な言葉
思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。
行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。
性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。
この言葉を知ったとき、
以前は「自分の中を整えるもの」だと思っていました。
でも最近は、
思考そのものは、相手には見えない。
でも、思考から出てきた言葉は見える。
言葉から続く行動も見える。
それが何度も重なると、
相手の中に少しずつ印象が残っていく。
とも、感じています。
「この人は、頼めばやってくれる人」
「この人は、多少忙しくても対応してくれる人」
「この人は、断らない人」
「この人は、合わせてくれる人」
「この人は、大丈夫な人」
そういう“この人像”が、
日々の言葉と行動から作られていくのかもしれません。
もちろん、相手がどう受け取るかは、
こちらだけで決められるものではありません。
でも、
自分が何度も外側に出している言葉や行動は、
相手の中に残っていく。
そう考えると、
自分の扱い方が他人からの扱われ方になる、という言葉は、
スピリチュアル的なことではなく、
現実的なものとして思えてきます。
自分の扱い方が、相手に許してしまうラインになる
自分の中に、
「私の都合は後回しでいい」
「私が我慢すれば済む」
「少し嫌でも、受け入れた方がいい」
「断る方が感じ悪い」
みたいな前提があると、
相手から何かを頼まれたときも、
その前提のまま行動してしまうんだと思います。
本当は、少し引っかかっている。
本当は、今は難しいと思っている。
本当は、自分の予定も守りたい。
でも、その気持ちに蓋をしてしまう。
そうすると、
相手に対して「それは難しいです」と伝える前に、
自分の中で「まあ、私がやればいいか」と
許してしまっていることがあるんだと思います。
この自分の扱い方が、
相手に許してしまうラインになっているのでは…?
と感じています。
そう考えると、
自分の扱い方は、
内側だけで完結しているのではなく、
言葉になり、行動になり、
相手との関係の中に
少しずつ現れてくるものなのかもしれないです。
ここまで考えると、つい
「じゃあ、私が悪かったのかな」
と思えてきますが
そういう話にしたいわけではありません。
相手がこちらの状況を確認せずに頼んでくること。
断りにくい空気を作ること。
都合よく受け取ること。
それは、相手側の問題でもあります。
ただ、相手を責める前に。
自分を責める前に。
私は、普段どんな言葉や行動で
自分の扱い方を外側に出していたんだろう。
と、そこを観察していきたいと思いました。
本当は余裕がないのに、
「大丈夫です」と言っていなかったか。
本当は少し引っかかっているのに、
「私は何でもいいです」と返していなかったか。
限界や違和感は、
見せないままだと、
無いものとして扱われてしまうことがある。
自分の扱い方は、言葉や行動に出る。
その積み重ねが、
相手の中の“この人像”になっていく。
だからこそ、
自分が自分をどう扱っているのか。
それがどんな言葉や行動になっているのか。
そこから、
少しずつ見直していきたいと思いました。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます!
普段どんな言葉や行動で、
自分の扱い方を外側に出していたのか。
少し立ち止まって見てみるきっかけになれば嬉しいです✨
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👇🏻本当は少し引っかかっていたのに、その場では流してしまったときに
👇🏻人には自然に気を配れるのに、自分の都合は後ろに下げやすいときに
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