リモートワーク #せりふ三題噺『置き配コンビニ雪うさぎ』
「今日はここまでにしよう」
自分しかいないデスクから立ち上がる。思いっきり背伸びをして、血のめぐりを感じる。
これだけだと、ブラックな残業を連想をしてしまうがそうではない。
今朝の積雪状況における電車の運行見合せにより、会社からのお達しでリモートワーク推奨になった。
幸い、出社しないといけない業務はない。お外がホワイトなので、ホワイトな理由で、ひきこもりながら業務を推進した。
このマンションの住人の何人かは、私と同じリモートワークをしているのだろうか。お互いのことをよく知らないが、そう考えると転属した気分になった。
簡潔に今日の推進内容を送って、承認をもらっている。定時になるまで、まだ早い時間だが、見切りがついたので上がろうとしていた。
「宇佐美退勤します。お疲れ様です。」
リモートワークの場合、チーム内チャットで退勤の連絡をするのがルール。
同チームメイトが、チャット機能のアクションで次々反応している。
退勤連絡の左下に[👍5]が表示された。
現在仕事中のチームメイト全員のアクションが届いた。特になし。後腐れなく終われる。
パソコンの電源を落として、「今日はもうやらないぞ」と言いながらプラグを抜く。
窓を少しだけ開けて換気を促す。
雪で冷えた空気が、静かに部屋の中に入っていく。暖房で火照った身体が、気持ち良く向かい入れる。
雪は既に止んでいるのに、溶ける気配がない。明日もこのままだったら、リモート連勤かな。どうせなら、雪で何か作ろうかな。無難に雪だるまを作って、目線がここの部屋になるようにしたら、ドラマでよく見るストーカーに見張られている状況ができるな。
空想を走らせていくうちに、次第に寒くなってくる。そっと窓を閉めた。
そういえば、月の中頃だし、電気ガス代の請求が来ているかも。支払いのためにコンビニへ行くのは、次出勤するときでいいでしょ。
マンションのエントランスに設置された郵便受けの中身を確認するために、支度を始める。
郵便受けの中身のほとんどは、ポスティングの血と涙の広告が詰まっているが、私は何も考えずに、燃えるゴミの日に一気に捨てる。この時、請求書まで捨ててしまったことがあり、警告を2度受けている。
大体、月の中頃には届いている体感があるので、チラチラ見るようにした。
コンクリートの廊下の上を100歩も歩かないのに、防寒具を完全装備。ポケットにカイロを入れて、いざ出発。
玄関のドアを開けると、冷気が入ってくる。思わず俯いてしまった。落とした視線の先に、違和感を覚える物体が置かれていた。
玄関ドア横、雪うさぎが置き配の位置に座っている。コンビニで支払う電気ガス代の請求書の封筒を下に敷いて。雪に囲まれていた時より暖かいのか、汗で封筒を濡らしている。
雪うさぎを崩さないように、そっと封筒をスライドさせて拾う。宛先は『宇佐美 杏 様』。私の名前で間違いない。
わざわざこれをしてくるのは、1人しかいない。亀田 忠久。会社の同僚で同じマンションの1階、私の部屋の真下が亀田の部屋。
出勤するときに、私が亀田の部屋のインターフォンを鳴らしてから、駅に向かう。元気でもそうでなくても、身支度が出来てなくても、すぐに出てこなければ置いて行く。
先月あたりに、隣で郵便受けの番号を知ったからだろう。勝手に拝借して、雪うさぎを重しにしたのだろうが、亀田はアホなのか。
再発行の手続きってどうやるんだっけ。はぁ。
ただ、先月の電気ガス代の料金は知りたかったので、封筒を開けようとした。封筒の上部を触った時、切り込みが入っていたことに気づいた。
切り込みから中の紙を取り出すと、3つ折りにされた印刷用紙が入っている。支払い用紙は厚紙のはず。さては、いたずらか。
紙を広げてみると、支払い明細書と印刷されている枠のテンプレート。黒マジックで、表に商品名、料金と※の文章が書かれていた。
商品名『雪うさぎ』 1,000円
※配送料は外の雪を集めただけだから無料です。
私は、亀田の部屋に向かった。
ピンポーン。インターフォンを鳴らす。
20秒待つと、亀田が玄関から顔を出した。
「お、どうした?お困りごとかい」
「これ」
支払い用紙を突き出す。亀田の顔はニッコリ表情を変えた。
「では、清算の方を」
「聞きたいこと山ほどあるんだけど」
「なら、当ててみよう。雪うさぎの作り方は…」
「違う。私の支払い用紙はどこ?」
「あ、そっち?郵便受けに入っているのでは?」
「ん?」
私は、思わぬ回答にたじろいだ。亀田が、郵便受けのある方向を指さす。
しかめっ面を隠さず、郵便受けへ。ダイヤルを回して開く。広告の山の上に封筒が届いていた。間違いなく私の宛名に住所。
来た道を戻ると、ドアに隠れながら動向を窺っていた亀田が見えた。ドア前に到着して、再度質問をする。
「これなに」
「勘違いから正すと、その封筒は俺の支払い用紙が入っていた封筒。それをきれいに切って、お遊びで紙を入れたのさ」
「で、なにをしてほしいわけ?」
「いや、今月忘れないかなと思って。いつも起こしてくれるから」
なるほど。亀田にもそういう心があったんだな。
ありがとう。と言う前に、引っかかったことが1つ。
「毎日、私が来るまで眠ってたんかい」
「毎日じゃないけど、おかげさまで遅刻はしてないから」
「なら、今日はちゃんと起きたんでしょうね」
「正直、寝坊しました。リモートワークと聞いて少し助かったけどね」
「おい」
「まあ、責めるのはやめましょうや。こっちはまだ、業務残ってるし、戻りたいから」
何様なんだ。ため息を漏らして、亀田の元から去った。
なんだかムカついているようで、逆にありがたかったような。
気づけばコンビニまで歩いていた。封筒を持っていたから無意識に支払いにきてしまったな。
「すみません。これを支払いたくて」
「はい。どうぞ~」
やはり、暖房やシャワーが長くなっている分、電気ガス代が高くなっている。冬の風物詩だ。風物詩か。
隣のホットスナックコーナーの肉まんが目に入った。亀田にも買ってやるか。
「すみません。肉まん2つください。あとはこれと、これと…」
***
「よっしゃ、終わり!今日はここまでにしよう」
自分しかいないデスクから立ち上がる。思いっきり背伸びをして、血のめぐりを感じる。
最近、腰痛がひどくなってきたような。
亀田は若いんだから、硬くするのは甲羅だけにしとけ。って上司に背中を叩かれながら言われた。逆の意味で効いている。
「亀田退勤します。お疲れ様でした!」
チーム内チャットで退勤の連絡をする。
同チームのリーダーが、個別チャットで、退勤連絡を引用して返信。
「今日みたいに、寝坊助するなよ!(o^―^o)ニコ」
「すみません!次から気を付けます!」とだけ返して、パソコンの電源を落とす。「今日はもうやらないぞ」と言いながらプラグを抜く。
そういえば、宇佐美はあのまま支払いに行ったのか。すごく不機嫌だったけど。寒い中出てきたんだもんな。誰だって不機嫌になるよな。謝りに行こうかな。軽く外に出る支度を始める。
コンクリートの廊下の上を100歩も歩かないのに、防寒具を完全装備。ポケットにカイロを入れて、いざ出発。
玄関のドアを開けると、カサカサと音がした。
玄関ドアの外側のドアノブに、コンビニのレジ袋が引っかかっている。
中には、肉まんらしきものが5つと、電気ガス代の支払い用紙をいれる封筒が入っていた。
封筒の宛先は、『宇佐美 杏 様』に二重線が引かれ、『亀田 忠久 様』に手書きで変えられている。俺がいたずらで置いた封筒か。
封筒の切り込みから中の紙を取り出すと、3つ折りにされた印刷用紙が入っている。これも俺が用意したもの。
紙を広げてみると、支払い明細書と印刷されている枠のテンプレート。黒マジックで、表に商品名、料金と※の文章。そして、コメントが付いていた。
商品名『雪うさぎ』 1,000円 支払い済
※配送料は外の雪を集めただけだから無料です。
肉まん各種 総額1,000円分です。お受け取りください。
俺は、宇佐美の部屋に向かった。
ぬるくなってしまったレジ袋を引っ提げて。
参加しました。
情景が伝わるといいなと思いつつ。
■セリフ
「今日はここまでにしよう」
■三題
・置き配
・コンビニ
・雪うさぎ
