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私の体験談|合わなくなったし、もういいか。

こんにちは。めがね製作所みこたま○のなるせ さとみです。
初めてのKindle出版、たくさんの方にダウンロードしていただきました。
ありがとうございます。
引き続きダウンロードできますので、ぜひご一読ください。


今日は、イノチグラスから離れていた期間のことを書きます。

自分の生き方のクセが、そのまま出てしまった話です。


あんなに手放せなかったのに

イノチグラスがないと怖くて、忘れた日はパニックにっていました・・・
不安でたまらなくて・・・

それなのに、合わなくなった途端、
「もう、いらないかも」
「なくてもいいかな?」
「高かったしもったいないけど、まぁいいか。」

自分でも驚いていました。

かけたくないメガネ

イノチグラスが合わなくなったのは、いつ頃だったか正確には覚えていないですが

ある日ふと、「かけたくないな」と思ったことを覚えてます。

見え方が変わったのか、自分が変わったのか。 理由ははっきりしません。

ただ、かけたくなかった、めんどくさくなった感じもったかな。

あんなに「ないと怖い」と思っていたメガネが、 「なくてもいいかな」に変わっていた。

自分勝手だなと思う

合っている間は手放せない。 なのに、
合わなくなったし、もういい。って思う。

…すごく自分勝手なやつじゃないですか⁈

でも、正直に言えば、これは私の生き方そのものです。

人間関係でも、仕事でも、 趣味でも
「合わなくなったし、もういいか。」と思ってしまう。くせ。

大切に思ってるのに、大切にしないというか・・・
気がついた時の衝撃はすごかったです笑

作りたいけど、動けない

合わなくなったイノチグラスの代わりに、新しいものを作りたい気持ちはあった。

でも、いつも作ってくれていた人が、遠くに移転してしまい、新しい人にお願いするということは、 また一から自分のことを話さないといけない。
私にとって勇気が必要でした。

目のこと。 感覚のこと。 日常のしんどさのこと。
伝わらないなら、もういいか。

面倒だったわけじゃない。 話したくないわけでもない。
パワーがない、力がない、そんな感じもありました。

ずっと抱えてきた感覚。 子どもの頃から、「わかってもらえない」と感じてきたあの気持ちが、 まだ自分の中にあった。

イノチグラスで見え方が変わっても、 この気持ちだけは変わっていなかった。

伝わらないなら、もういいか。

でも、そうやってすぐに諦める自分も嫌だった。 初めから「どうせ伝わらない」と決めつけている自分も。
遠くに移転したから・・・と人のせいにしている自分にも。

あぁ、またこのパターン。
気づいているのに、抜け出せない。

…それが、一番しんどかった。

離れたから、わかった

2024年。

イノチグラス開発者の灰谷さんの出版記念講演会に、久しぶりに足を運んだ時です。

灰谷さんの話は、やっぱりすごかった!!!!

目の使い方が、こんなにも人を楽にさせるのか。と改めて実感。講演会と、ワークショップ。すごく楽しかった。

イノチグラスなしで過ごしてきた自分だからこそ、 改めて、その言葉が深く入ってきた。

離れていたから、わかった。

そして、会場にいた目育士さんたちが、キラキラしていた。

自分も目育士になりたいと、前から思っていた。 でもいつも「今じゃない」と思っていた。

それも、同じパターンだったのかもしれない。

やりたい気持ちはある。でも動かない。 「もういいか」で蓋をする。

もう、そこにいたくなかった。

作ってもらう側じゃなく、自分で作ろう。

伝わらないと諦めるんじゃなくて、 自分で選ぶ。 自分で動く。

その思いが、静かに、でも確かに、湧いてきた。

今、思うこと

生き方と行動は一致する。

「合わなくなったし、もういいか。」は、 イノチグラスだけの話じゃなかった。

それを改めて知った。

今は、自分のことを大切にしようと思っています。

私について

・イノチグラス専門店「めがね製作所みこたま○」店主 ・目育士(めいくし) ・元理学療法士20年以上 ・アスリート歴   水泳15年:インターハイ、インカレ出場   サッカー13年:インカレ出場   フットサル20年:競技歴大阪府フットサルリーグ8年   フットサルチームスポーツトレーナー歴5年 ・自身も感覚過敏で悩んだ経験から、同じような方のサポートを志す

お店

めがね製作所 みこたま○ 大阪府河内長野市 築100年の古民家

めがね製作所 みこたま○HP



#イノチグラス #感覚過敏 #HSP #カラーレンズ #目育士 #生きづらさ #大阪

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