未来を考える余裕なんて、1割くらいしかないけど、考えてみたら。
いま、私はもうすぐ50代になろうとしている。
同世代で会社員の夫がいて、中学生と小学生の子どもがいて、実の母は施設に入っていて、まだ元気な義理の母がいる。
毎日、家事と介護のパート、子どもたちの送迎と施設の母への届け物に追われている。
そんな私に、
「未来のために、あなたは何ができますか?」
と問われても、
「いや、毎日とにかく生活するのでいっぱいいっぱいなんですよ!」
という気持ちが9割を占める。
でも、かろうじて残った1割で、少しだけ「未来」のことを考えてみる。
もうすぐ50代。人生はちょうど折り返し地点だ。
今の私は、この場所も、ここにいる人たちも、介護の仕事も好きだから、できればこれからも続けていきたい。
けれど、変化に乏しく見える田舎も変わっていく。
人は減り、田畑は荒れ、動物は増える。
物価も税金も上がる。
子どもたちは成長し、一方の私は太りやすくなり、目や耳が悪くなり、記憶力や注意力も落ちてきた。
そんな変化の中で「今までやってきたことを、これからも続ける」ために必要なのは、
変化についていける体と、
変化を知ろうとする好奇心
なんじゃないかと思っている。
介護の仕事でたくさんの高齢者を見ていると、体が元気で好奇心のある方は、かなりのご高齢でもいきいきしていることが多いと感じるからだ。
そのことを、子どもたちにも伝えたい。
……のだけれど。
「好奇心を持ちなさい!」
なんて言ったところで、持つわけがない。
今は子どもの数も減って、外遊びの機会が少なくなった。
家の中にはゲームも動画もあって、それがめちゃくちゃ面白い。
身近な自然や出来事に目を向けなくても、いくらでも刺激が手に入る。
なので、せめてもの反抗として
田舎の自然を活かして、子どもと一緒に虫をつかまえて調べたり
磯へ生き物を探しに行ったり
夜空の星を見上げたりしている。
そして私自身も、好奇心を持ち、体を動かし、こうしてnoteを書いたりして、楽しく頭や心の整理につとめている。
未来のために、何ができるか。
壮大なことは、たぶんできない。
毎日の9割は、今日を生きることで終わっていく。
それでも、なけなしの1割で未来の自分のために体を鍛え、好奇心を持ち続ける。
そんな姿を子どもたちに見せて、
ロールモデルとまではいかなくても、
「未来のサンプル」くらいにはなれたらいい。
それが今の私にできる、未来のための小さな準備だと思っている。

