お母さんは、今日も台所で手紙を書いている
今日の仕込みが、明日の私を助けてくれる─ 台所が教えてくれた、暮らしと家族を育てる知恵
第1章 新婚の台所
―料理が好きだった私
結婚したばかりの頃、私は毎日台所に立つのが楽しみでした。
仕事から帰ると台所に立ち、昆布と鰹節でだしをとり、野菜を刻み、一品ずつ丁寧に料理を作る。
その時間が好きでした。
市販のだしを使うより、自分でだしをとったほうがおいしい。
料理はできるだけ手作りしたい。
そんな思いで、毎日台所に立っていました。
けれど、その分どうしても時間がかかります。
仕事を終えて帰ってきた夫を、お腹を空かせたまま待たせてしまうこともしばしばでした。
「もっと早く作れたらいいのに。」
そう思いながらも、おいしさだけは譲れませんでした。
料理は好き。
でも時間がかかる。
その小さな葛藤が、私の台所の始まりでした。
あの頃の私は、ただ目の前の大切な人に、美味しく栄養のあるものを食べてもらいたい。
その一心で、毎日台所に立っていました。
第2章 忙しい毎日でも、守りたかったもの
やがて二人の子どもが生まれ、仕事と家事、子育てに追われる毎日が始まりました。
朝は慌ただしく送り出し、仕事を終えると保育園へ迎えに行き、帰宅するとすぐ夕飯の支度。
洗濯物を取り込み、お風呂を入れ、翌日の準備をする。
毎日が、あっという間に過ぎていきました。
それでも、
母が私たちにしてくれたように、
「できるだけ手作りのものを食べさせたい。」
その思いだけは変わりませんでした。
手を抜きたいわけではありません。
限られた時間の中でも、美味しくて、体にやさしく栄養のあるものを家族に食べてもらいたい。
その一心でした。
子どもたちが大きくなるにつれ、
少し多めに作って翌日に回したり、味を変えて別の料理にしたり。
忙しい毎日の中で、自分なりの工夫を少しずつ重ねるようになりました。
まだ発酵も、重ね煮も知りません。
それでも私は、
「どうしたら毎日のごはん作りを、美味しく無理なく続けられるだろう。」
そんなことばかり考えていました。
料理を効率よく作りたい。
でも、それは料理を早く終わらせたいからではありませんでした。
家族との暮らしを守りたかった、
みんなが笑顔で「いただきます」を言える毎日を守りたかった。
だから私は、今日も明日も、その次の日も、台所に立ち続けました。
あの頃積み重ねていた小さな工夫が、何十年も経ってから、発酵や重ね煮、薬膳、ハーブ、スパイスへとつながっていくとは、
その頃はまだ全く知りませんでした。
第3章 学びが、台所を変えていった
子どもたちが大学進学で家を離れたあと。
毎日当たり前だった忙しさが、
ある日ふっとなくなりました。
朝のお弁当作りもなくなり、
「お母さん、お腹すいた。」
という声も聞こえません。
時間だけが静かに流れる日々。
ぽっかり空いた時間。
そんな頃、私は発酵と出会いました。
最初は塩麹でした。
塩麹、しょうゆ麹、麹甘酒、酒粕。
それらを使って料理をすると、
「こんなに簡単なのに、おいしくなるんだ。」
その驚きが、次の学びへとつながっていきました。
重ね煮。
薬膳。
ハーブ。
スパイス。
興味の向くまま学び続けるうちに、それまで何十年も台所で積み重ねてきた経験が、不思議なくらい一本の線でつながっていきました。
点だったものが線になり、
線だったものが面になり、
やがて立体的に立ち上がっていくようでした。
私は、新しい料理を覚えたのではありませんでした。
今まで感覚で続けてきたことに、
「なるほど、だからだったんだ。」
そう腑に落ちる理由が見えてきたのです。
重ね煮は、野菜本来の甘みとうま味を引き出してくれる。
発酵調味料は、それだけで
味に奥行きと深みを与えてくれる。
ハーブやスパイスは、同じ料理でも
まったく違う表情を見せてくれる。
そして私は気づきました。
「一つ仕込めば、何通りにも楽しめる。」
それは、結婚したばかりの頃から、
ずっと探し続けていた答えのひとつでした。
もっと早く、美味しく簡単に
作れたらいいのに。
子育て中、どうしたら、美味しく
簡単に、栄養のある料理を続けられるだろう。
その頃の私が探していた答えは、何十年もの時を経て、発酵や重ね煮、薬膳という学びの中にありました。
料理は、その日のためだけに作るものではない。
今日の仕込みが、明日の私を助けてくれる。
そんな台所の知恵が、ようやく私の暮らしの中に根づいていったのです。
第4章 ひとつ仕込めば、食卓は何度でもおいしくなる
発酵や重ね煮、薬膳を学び始めてから、私の台所は少しずつ変わっていきました。
以前の私は、その日の夕飯を、その日に作っていました。
けれど今は違います。
時間のある日に、旬の野菜をたっぷり切り、鍋に重ねて火にかけます。
塩をほんの少し。
あとは鍋に任せるだけです。
ぐつぐつと静かに音を立てる鍋のそばで、お茶を淹れたり、庭の花に水をあげたり、ゆっくりしたり。
私が慌ただしく動かなくても、時間がおいしく料理してくれるようになりました。
初めて重ね煮を食べた日のことは、今でも忘れられません。
「野菜って、こんなに甘かったんだ。」
ただそのことに、心から驚きました。
玉ねぎの甘みも、にんじんのやさしい香りも、きのこのうま味も、それぞれがちゃんと生きている。
それでいて、一つの鍋の中で、やさしく調和していました。
その日は、そのまま副菜として。
翌日は牛乳を加えてミルクスープに。
トマトを加えればトマトスープに。
味噌を溶けば味噌汁に。
豚肉を加えれば豚汁に。
カレー粉を加えれば、家族の好きなカレースープになります。
同じ鍋から、毎日違う料理が生まれていく。
まるで、台所から小さな魔法が始まるようでした。
乾燥豆も、一度にたくさん蒸しておきます。
ほっくりと蒸し上がった豆は、そのまま食べても驚くほど甘く、噛むほどに豆本来のうま味が広がります。
サラダに添えたり、スープに入れたり、重ね煮に加えたり。
塩麹や醤油麹、梅塩麹をかけるだけでも、おいしい一品になります。
そして、わが家にはもう一つ、欠かせない仕込みがあります。
参鶏湯です。
鶏肉となつめ、しょうが、にんにく、季節の野菜やきのこを入れ、保温鍋でゆっくり火を通します。
作業する時間は、ほんの5〜10分ほど。
あとは時間が、じっくりとうま味を引き出してくれます。
体調がすぐれない日も、この滋味深いスープを口にすると、不思議と体の奥からほっと力が湧いてくるようです。
翌日はご飯を入れて参鶏湯粥に。
オートミールを加えれば、忙しい朝にもぴったりの養生ごはんになります。
さらにカレー粉やスパイスを加えれば、薬膳カレーへ。
一つの鍋から、また新しい一皿が生まれていきます。
以前の私は、
「今日は何を作ろう。」
と考えていました。
でも今は違います。
「今日は、この重ね煮や蒸し豆、参鶏湯をどう生かそう。」
そう考えるようになりました。
この小さな変化は、料理だけではなく、暮らしまで変えてくれました。
冷蔵庫に重ね煮がある。
蒸し豆がある。
参鶏湯がある。
それだけで、不思議なくらい心に余裕が生まれます。
慌てて献立を考えなくてもいい。
疲れて帰った日でも、
「これがあるから大丈夫。」
そう思える安心感があります。
今日の仕込みが、明日の私を助けてくれる。
その積み重ねは、料理をおいしくするだけではありませんでした。
家族とゆっくり食卓を囲む時間をつくり、ゆっくりしたり本を読む時間を生み、季節の花を眺める心のゆとりまで運んできてくれたのです。
あの頃、結婚したばかりの私が探していた答え。
子育てに追われながら、「もっとおいしく、もっと無理なく続けられたら」と願っていた答え。
それは、何十年もの時を経て、この台所の知恵の中にありました。
ひとつ仕込めば、食卓は何度でもおいしくなる。
そして、そのひと鍋が、明日の私を助け、未来の私の健康を支え、大切な人と過ごす時間まで育ててくれるのです。
第5章 料理がくれた、本当に大切なもの
こうして発酵や重ね煮、蒸し豆、薬膳を暮らしに取り入れるようになってから、料理はずいぶん楽になりました。
でも、一番変わったのは、料理ではありませんでした。
私の暮らしそのものです。
以前は、仕事から帰ると時計を気にしながら台所へ向かい、「早く作らなければ」と気持ちばかりが急いていました。
今は、冷蔵庫に重ね煮や蒸し豆、参鶏湯があるだけで心に少し余裕が生まれます。
「今日は何を作ろう。」
そう悩む時間が減り、
「今日はこれをどう生かそう。」
そんなふうに考えられるようになりました。
料理は、毎日ゼロから頑張るものではなく、昨日の私が今日の私を助けてくれるものになったのです。
その小さな変化は、暮らしに大きなゆとりを運んできてくれました。
家族とゆっくり食卓を囲む時間。
食後にお茶を飲みながら話をする時間。
本を開く時間。
季節の花を眺める時間。
そして、発酵や薬膳、ハーブやスパイスを学び、新しい料理を試してみる時間。
料理の工夫は、時間を生み出してくれました。
その時間は、私自身を育て、家族との時間を育て、毎日の暮らしを少しずつ豊かにしてくれたのです。
以前の私は、「料理は時間がかかるもの」だと思っていました。
でも今は、こう思います。
料理の工夫は、時間を奪うものではなく、時間を生み出してくれるものなのだと。
今日の仕込みが、明日の私を助けてくれる。
その積み重ねが、未来の私の健康を支え、大切な人と過ごす時間を育ててくれる。
私は何十年も台所に立ち続けて、ようやくそのことに気づきました。
台所は、ただ単に料理を作る場所ではなく
家族の暮らしを育て、私自身の人生を育ててくれる場所だったのです。
第6章 息子夫婦が教えてくれたこと
今、息子夫婦の子育てを見守る立場になりました。
ある日の夕食。
孫が、その日あった出来事を夢中になって話しています。
「今日ね…」
小さな手を動かしながら、一生懸命伝えようとする姿。
息子夫婦は笑ったり、うなずいたりしながら、最後までその話に耳を傾けています。
「そうだったんだ。」
「それは楽しかったね。」
そんな何気ない会話が、食卓を
あたたかな空気で包んでいました。
その光景を見ていると、胸が
じんわりと温かくなります。
そして同時に、少しだけ
胸が締めつけられるのです。
私は、あの頃、どれくらい子どもたちと真剣に向き合えていただろう。
仕事に、家事に、夕飯づくり。
毎日が慌ただしく過ぎていきました。
それは息子夫婦と同じ状況です。
「今日ね、保育園でね。」
そう話しかけてくれる子どもたちに、
「ちょっと待ってね。」
そう言って台所へ戻ることが、何度あったことでしょう。
だけど、子どもたちのために、ごはんを作っている。
その思いに嘘はありませんでした。
今になって思うのです。
もし、あの頃の私が、今の台所の知恵を知っていたなら。
もう少しだけ、一緒に笑えたかもしれない。
もう少しだけ、話を聞いてあげられたかもしれない。
もう一冊、絵本を読んであげられたかもしれない。
その小さな時間は、子どもたちにとっても、私にとっても、かけがえの
ない宝物になっていたのかもしれません。
台所を楽にする知恵は、家事を楽にするためだけのものではありません。
大切な人と向き合う時間を生み出す知恵だったのです。
そのことを教えてくれたのは、本でも、料理教室でもありません。
親になった息子夫婦が、今、わが子と向き合う姿からでした。
第7章 娘へ、息子へ
娘へ。
息子へ。
あの頃は、ゆっくり話を聞いてあげられなくて、ごめんね。
「今日ね。」
そう話し始めたあなたたちに、
「ちょっと待ってね。」
そう言って台所へ戻ってしまった日が、何度もありました。
もっと一緒に遊んであげたかった。
もっと抱きしめてあげたかった。
もっと目を見て、「うん、うん。」と話を聞いてあげたかった。
そんな思いが、今でもふと胸をよぎることがあります。
それでも、一つだけ胸を張って言えることがあります。
お母さんは、毎日あなたたちのことを思いながら、台所に立っていたよ。
健康に元気に育ってほしい。
風邪をひかないでほしい。
お腹いっぱい食べてほしい。
旬のものを食べて、丈夫な体になってほしい。
だしの味がわかる子になってほしい。
「おいしいね。」
その一言が聞きたくて、ごはんを作っていました。
料理は、お母さんが毎日書き続けていた手紙だったのかもしれません。
「大好きだよ。」
「愛しているよ。」
そんな思いを、一皿一皿に込めて
いたように思います。
今、あなたは親になりました。
子どもたちの目を見て話を聞き、笑い合い、抱きしめながら育てている姿を見るたびに、本当にうれしくなります。
そして、思うのです。
あの頃、台所から伝えたかったものは、ちゃんと届いていたのだと。
料理を通して届けた愛情は、時を越えて、今度はあなたたちから、その子どもたちへと受け継がれている。
それは、どんな料理よりも、どんな言葉よりも、私にとってうれしい贈りものなのです。
第8章 未来の食卓へ
私は料理研究家ではありません。
特別な料理が作れるわけでもありません。
三十年以上、家族のために台所に立ち続けてきた、働く一人の母親です。
結婚したばかりの頃は、おいしい料理を作りたい一心で、時間をかけて台所に立っていました。
子育てが始まると、限られた時間の中で、どうすれば手作りのごはんを続けられるのかを考え続けました。
そして子どもたちが巣立ったあと、発酵や重ね煮、薬膳、ハーブ、スパイスと出会い、それまで積み重ねてきた経験が、一つの線でつながっていきました。
振り返ると、私が探していたものは、ずっと同じでした。
家族に、おいしく、体に良いものを食べてもらいたい。
そして、家族と過ごす時間を大切にしたい。
その二つを、どちらもあきらめたくなかったのです。
だからこそ、たどり着いた答えがあります。
今日の仕込みが、明日の私を助けてくれる。
その小さな積み重ねは、料理を楽にするためだけのものではありません。
忙しい毎日に、ほんの少しのゆとりを生み、
家族と笑い合う時間をつくり、
本を読み、花を眺め、自分の「好き」を楽しむ時間まで運んできてくれました。
そして、発酵や重ね煮、蒸し豆を取り入れた食卓は、未来の体づくりにもつながっています。
野菜をおいしく食べること。
豆を無理なく食べ続けること。
旬の恵みをいただくこと。
その積み重ねが、三十年後の将来も、元気に歩き、好きな人に会い、好きな場所へ出かけ、好きなことを楽しめる体を育ててくれるのだと思います。
料理は、お腹を満たすだけのものではありません。
人を思う時間であり、
暮らしを整える知恵であり、
未来の自分と、大切な人への贈りものです。
今日の仕込みが、明日の私を助けてくれる。
そして、その積み重ねは、未来の私の健康を育て、大切な人との時間を育て、次の世代へと受け継がれていく。
私は、そんな台所を、これからも大切に育てていきたいと思います。
もし、この物語が、忙しい毎日を送る誰かの台所に、小さな灯りをともすことができたなら。
そして、「今日はひとつだけ仕込んでみよう。」
そう思っていただけたなら、それ以上にうれしいことはありません。
我が家のレシピ
最後に、この物語の中で登場した、我が家のレシピをご紹介します。
暮らしを育てる基本の重ね煮
材料
・玉ねぎ 2個
・にんじん 2本
・きのこ(しめじ・えのき・しいたけなど)2パック
・キャベツ 1/4個
・かぶ 2個
・小松菜1株など
その時々にある野菜で
・塩 小さじ1弱
(その時々で豚肉や鶏肉、鮭なども上にのせてもよい)
作り方
① 鍋底に塩を少量振ります。
② 玉ねぎ、きのこ、かぶ、キャベツ、小松菜、にんじんの順に重ねます。
(鮭を入れる場合は一番上にのせる)
③ 最後に残りの塩を振り、沸騰したらふたをしてごく弱火で20分ほど加熱します。
*薄切り肉をのせる場合は、できあがり8分前くらいに加える。
④ 野菜から水分が出て、やわらかくなったら全体を混ぜてできあがりです。
野菜のみの基本バージョン


わが家のお楽しみアレンジ
・そのまま副菜として
・牛乳と味噌を加えてミルクスープに
・トマト麹(またはトマトと塩)を
加えてトマトスープに
・カレー粉を加えてカレースープに
・味噌を溶いてお味噌汁に
・豚肉を加えて豚汁に
・豚肉と麺を加えてほうとう鍋に
・オートミールにかけてオートミール粥に
野菜の甘みと旨みがたっぷりあるので、だしはいりません。
スープにすることで、野菜の栄養、旨みを全ていただいくことができます。
一つ仕込めば、食卓は何度でもおいしくなる。
それは料理の工夫であると同時に、
未来の自分と、大切な人への贈りものでもあります。





未来の私を助ける蒸し豆
材料
乾燥豆
ミックス豆、ひよこ豆、大豆など
お好きな豆
作り方
①乾燥豆は洗って、重曹ひとつまみを入れた水にひと晩つけておく
②水1カップを入れたホットクックに蒸し板をしき、クッキングシートを敷いた上に、ふっくらと戻した豆を置く。
③蒸しコースで60分蒸す。

わが家の楽しみ方
・そのままおやつや副菜に
・サラダに加えて
・重ね煮やスープに加えて
・カレーやミネストローネに加えて
・マリネや豆のラペに
・塩麹、梅塩麹、醤油麹などの発酵調味料をかけて副菜に
・甘煮に
・オートミールヨーグルトに添えて
・ひじき煮と、水を切った豆腐と合わせて白和えに
・きな粉、黒蜜をかけてスイーツに


シナモン、ココアかけに加えて




蒸すことで豆本来の甘みとうま味が引き出され、料理の幅がぐんと広がります。
甘煮にするだけでなく、料理の素材として様々な料理に使えます。
たくさん蒸して冷凍しておけば、忙しい日でもパラパラとほぐれて、必要な分だけすぐ使えるのもとても便利です。
蒸し豆があれば、美味しさも、たんぱく質や食物繊維の栄養も手軽に摂り入れられます。
わが家をつなぐ参鶏湯
材料(2人分)
・鶏手羽元 10本
・長ねぎ 1本
・しょうが 1かけ
・にんにく 3〜4片
・きのこ
・昆布 10センチ
・重ね煮 適量(なくても可)
・蒸し豆 適量(なくても可)
・もち麦またはもち米 50g
(なくても可)
・なつめ 6〜8個
・水 1.8〜2L
・塩 適量
お好みで、あれば
・クコの実
・シロキクラゲ
・龍眼
作り方
① 鶏手羽元に塩麹をまぶし、鍋にすべての材料と水を入れます。
② 沸騰したらアクを取り、ごく弱火で5分煮たら、保温鍋に2時間ほど入れておきます。
保温鍋がなけれは、普通の鍋で2時間ほどじっくり煮込みます。
③ 鶏肉がほろりとやわらかくなったら、塩で味を調えてできあがりです。



龍眼入り
次からの楽しみ方
・大根おろしを加えてみぞれ煮に
・カレー粉を加えて薬膳カレースープに
(重ね煮と蒸し豆があれば、それも加えて野菜たっぷり薬膳豆カレースープに)
・塩麹、しょうゆ麹、玉ねぎ麹、トマト麹など発酵調味料を加えて各種スープに
・豆乳、塩麹を加えてまろやかなスープに
・牛乳、塩麹を加えてミルクスープに


一度たっぷり作れば、数日間違う味わいを楽しめます。
今日の仕込みが、明日の私を助けてくれる。
そんなわが家の定番料理です。
暑い夏こそ養生スープをいただいて
元気よく過ごしたいですね。
