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炭鉱の旅(4)若松 旅のフォトアルバム

以前から興味のあった炭鉱巡りをしに北九州へやってきました。
3月7日は筑豊炭田の石炭が集積していた若松港に向かいました。
前回の記事はこちらから。

2泊したホテルをチェックアウト
徒歩5分くらいで小倉駅が見えてきます
荷物をロッカーに預けて、電車に乗ります
戸畑駅で下車
奥に見える赤い橋は若戸大橋です
戸畑駅を若戸大橋方面に向かいます
若戸大橋は、若松と戸畑を結ぶ橋です
道は海のところで戸畑渡場(渡船発着場)に到着します
そう、ここからは渡船に乗って海を渡り若松へ向かいます
やってきたのは「くき丸」です
若松の地名、久岐に由来するようです
戸畑渡場の2階事務所でご船印を購入
乗船する「くき丸」を入手しました
行き交う船を横切るように若戸大橋の脇を進みます
約3分、大人100円の船旅 自転車も載せられます
若松渡場に到着
若松まで鉄道で石炭が集まり、ここから船で全国へ運ばれました
少し歩くと昔の建物がありました
旧・三菱合資会社若松支店(現・上野ビル)で当時は石炭販売事務所だったようです
1913年竣工の煉瓦造三階建 内部見学できたのかな?
1919年竣工、煉瓦造二階建ての旧・古河鉱業若松ビル
赤と白の瀟洒な建物です
今は観光施設と貸しスペースとなっているようです
1905年竣工の石炭会館
当初は若松石炭商同業組合事務所でした
今は1階にパン屋さんがあり、その他も事務所が入居しています
護岸(バンド)を歩いていると「石炭荷役ごんぞう図」をみつけました
「ごうぞう」とは沖仲士のことで、石炭積み込みをする船内荷役労働者のこと
多くのごんぞうさんが働き、若松の町も賑わっていたことでしょう
海に階段があるのは、弁財天上陸場
荷物やごんぞうさんが船と陸を行き来した場所
両側には賑わっていた当時、地元商店主が設置した常夜灯
弁財天上陸場から若戸大橋方面を振り返ります
若松から洞海湾を挟んだ向こう戸畑側の古い建物は、旧・共同漁業ビル
1936年竣工のコンクリート造 鉄塔はアンテナのようです
日本最大の遠洋トロー ル基地だった戸畑漁港がありました
若松を若戸大橋方面を歩くと朽木ビルがあります
1920年、鉄筋コンクリート造の杤木商事本社ビルとして竣工
水洗トイレ、地下浄化槽など大正時代の最先端設備がありました
水路の上の傾いた建物
これは港湾建設費のために入港料を徴収する権利を得ていた若松築港会社の見張所跡
不正入港を監視していたそうです
若築建設の前にある丸い石は、明治時代の測量基準点
9.11と刻まれていて、海面からの標高が9尺1寸1分であることを意味しています
わかちく史料館の開館まで時間があったので散策
若松惠比須神社へやってきました
約1800年前に神功皇后が熊襲征伐で訪れた後に創建された古い神社です
狛犬は子獅子が親獅子じゃれつく姿が愛らしいものです
こっちは子獅子が2匹
台座に「慶応三年」とあったので古い狛犬です
開館時間となったので見学してきます

館内撮影不可でしたので、Youtubeの「わかちく史料館紹介のVR動画」で雰囲気をみてください。
動画内をマウスで見る方向を動かすことができます。
係の人が出迎えてくれ、いろいろ質問に答えてくれました。
社歴は若松港の歴史そのものです。若松港のある洞海湾の浚渫や築港、筑豊炭田からの鉄道で運ばれた石炭の積出の運営。
その創業期は資金不足もありました。そこで今の1万円の顔である渋沢栄一が相談役に就任して経営支援し、官営八幡製鐵所開業時期には若松築港事業に多大な影響力を発揮したそうです。
今、若築建設は、若松の沖合である響灘の洋上風力発電所の基礎工事をおこない、今年から送電開始されたとのこと。

一通り見学も終えて、若戸渡船で戸畑へ戻ります
JR戸畑駅から小倉まで電車で移動

飛行機までの時間があるので、昼食後、小倉の町を散策してみます
他の記事はこちらから

#旅のフォトアルバム


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