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#映画感想文026『ミッドナイトスワン』(2020)

内田英治監督の『ミッドナイトスワン』を映画館で観てきた。

もう、オープニングから、大興奮である。

映画の頭に、製作がCULENと出た。ああ、これは、ミッチー(飯島三智)が作ったのか。そうか、これは反撃の狼煙か。この映画の宣伝で草彅剛が地上波民放(全国放送)バラエティ番組復帰のニュースを見て、怒涛の攻勢だなとも思った。虎視眈々と準備をしていたのだ。さすがである。

内田監督もNetflix配信の『全裸監督』では賛否両論であったと記憶している。フェミニストからは、昭和の男性中心主義からまったく抜け出せていない、と批判されていた。もちろん、『ミッドナイトスワン』は、そんな作品ではない。当然である。飯島さんがプロデュースしているのだから、男根思想の女性蔑視的な作品を作らせるわけがないのである。

この映画は、ずっと「痛み」を丹念に描いている。そして、痛いときに、その痛さを正直に表現することに対して肯定的である。そのことに安心する。

痛いときには、「痛い」と反応すべきなのだ。

育児放棄されていた中学生の一果(いちか)は、つらいとき、自分の腕にかみつく、という自傷行為をする。ただし、抑制するだけでは限界がある。

本当に嫌なときには暴れていい。無礼な奴らには反撃していい。弱者である女であってもトランスジェンダーであっても、強者(男)に服従を約束した覚えなどない。泣き叫んだり、椅子を投げたり、その場から、逃げ出してもいい。自分を傷つける相手は殴ってもいい。もちろん、その先には公権力による介入や罰がある。不感症を気取って、ものわかりよくあれ、と強者は弱者に強いてきたが、この映画は一貫して、「我慢して、耐え忍べ」とは言わない。我慢できないときは、我慢するな、という明確なメッセージを感じる。登場人物たちは明らかに、社会的に弱者なのだが、弱者であることを内面化して、虐げられることまで内面化する必要はない。

トランスジェンダーの凪沙(なぎさ)は、ずっと痛みと戦っている。彼女は恋愛や仕事に苦しんでいるのではなく、自分自身のありように、常に葛藤を抱えている。性というのは、生きることなのだ。

正直に言えば、私は男に生まれていたら、その体に合わせ、男としてふるまい、社会的な役割を受け入れていたと思う。たまたま、女に生まれ、女としての苦痛や違和感も、仕方がなく受け入れている。性別は与えられたもので、選択したものではない。私を含め、トランスジェンダーではない人々も、自身の性別を自明のこととして、全面的に受け入れられているわけではないだろう。男も女も、別にしっくりこない。面倒くさいから、考えないだけなのだ。私はスカートを履くとき、今日は女装した、と思う。それはこの社会のデフォルトが男だからだ。おそらく、脳味噌の認知と身体や社会的役割が乖離し、強烈な違和感を感じてしまう人々がトランスジェンダーとして、苦悩するのではないだろうか。

源氏名の「凪沙」からわかるように、彼女は海に対してこだわりを持っている。学校の行事で海に行った際、男性用水着を着ている自分に対する違和感が、気付きへのきっかけだったことが示唆される。ただ、ここで、私は、記号化による雑さを感じた。凪沙は「女の子のスクール水着が着たかった。なんで、私はスクール水着じゃないのよ」と繰り返す。子どもたちは、女児用の水着だけを「スクール水着」と呼んでいたのだろうか。男児用の水着も、学校教育で着る以上、スクール水着だろう。昨今の水着との違いを強調するために、「スクール水着」と表現しただけのかもしれない。ただ、子どもだったら「なんで、女の子の水着を着てはいけないのだろう」と思うのではないかと思った。そこだけは、気になってしまった。「スクール水着」という言葉が、ブルマなどと同様に、女性を性的に消費するキーワードに見えてしまうのは、私が穿ち過ぎているだけなのか。ただ、この映画で、気になったのは、それぐらいである。

この映画のもう一人の主人公である一果も、不自由さに苦しんでいる。ここ最近、私が観た映画『はちどり』『mid90's』などの子どもたちも同様で、選べない環境のなかで、もがいている。子どもは成長して、いずれ大人になるが、二十年前後、親の意向に従わなければならない。経済的に自立する機会は限られている。大人になると、仕事が苦しかったり、税金の支払いにうんざりしたりもするが、選択肢すらない子どものほうがよほど苦しいではないか。親を利用してやろう、というようなしたたかな子どもは圧倒的に少ない。私は自分自身の子ども時代の窮屈さを忘れることができない。だから、「子どもは気楽でいいね」なんて、口が裂けても言えない。「おまえら、しんどいよな」といつも思っている。

一果がバレエに強く引き寄せられるシーンで、育児放棄していた母親も、彼女に習い事をさせていたことが示唆される。そう、最初から、悪い親だったわけではない。教育に熱心な時期もあった。(桜田一果を演じる服部樹咲がすごいなと思ったのは、はじめは下手なバレエを演じている、というところにある)

終盤、凪沙はタイでの性転換手術に踏み切る。ただ、この選択は一見衝動的に見えるが、実はそうではなかったと思われる。彼女は、自分の人生に落とし前をつけたかったのではないか。ただ、一果がその選択の引き金を引いたことは確かで、今後の彼女の人生に影を落とすであろう。

そして、広島の実家に乗り込み、「東京でバレエを続けろ」と一果を叱咤する凪沙は、紛れもなく母親である。親は子どもの成功や可能性を信じて献身をするものなのだ。

子どもにバレエを習わせる映画には『リトルダンサー(原題:Billy Elliot)』(2000)がある。マッチョ思想の肉体労働者である父親は、息子がバレエをやっていることを快くは思っていない。ただ、息子にバレエを続けさせるために、仲間を裏切って(リスクを冒して)スト破りをしてしまう。父親は息子の未来のために、走ったのである。あの父親の真顔が、映画の中で最も印象的であった。

一方、一果の友人であったリンの母親は、子どもに自分の夢を託すだけで、お金ですべてを解決し、子どもと向き合ってはいなかった。リンは、それがよくわかっており、一線を越えてしまう。

人生の「痛み」と「痛さ」に、主人公たちは対峙している。黙って、いいように利用されることを良しとしていない。トランスジェンダーや女子中学生が性的に奔放であるわけがなく、性的に消費されることも、容認してはいけない、という製作者側のメッセージがある。女は記号ではない。(ただし、育児放棄した母親や広島の田舎の家族が、類型的であると言われれば、その通りである。彼らは記号的な田舎者として描かれる)

草彅剛のすごさとは、自分をかっこよく見せよう、という自意識を消せるところにあると思う。つかこうへいが、「草彅君は天才ですから」とさらりと言っていたが、それはお世辞ではなかったのだろう。

上の動画を見たら、草彅剛らしい雑なふりの適当な感じがこれまで通りで最高だった。フィガロのインタビューもぜひ。

ここからは余談である。

メタ的に見過ぎているかもしれないが、この映画を製作したCULEN(新しい地図)の飯島三智は、男社会の中で、国民的なアイドルグループを作り上げた人物でもある。私はSMAPのメンバーが女性差別的、女性蔑視的な発言をしているのを見たことがない。それは彼女の教育があったからなのか、彼女が事前にチェックして、カットさせていたのかはわからないが、ほかの男性アイドルが、一般男性と変わらず、ごく自然に女性蔑視的な発言をしている様子を見ると、男性マネージャーはまったくチェックできないのだということがわかる。

また、彼女は女性差別があからさまにある1980年代から、ジャニーズ事務所という後ろ盾、権力やパワーをうまく利用しながら、各所で仕事を進めてきたのだと思う。気が強い女性は多いが、賢く、企画を作り、それを実行し、成功させられる女性は、それほど多くない。彼女は、本当に稀有な存在で、還暦を過ぎても、辣腕である。形骸化された男女雇用機会均等法の時代を駆け抜けてきた生き証人でもあると思う。

(私の中では、飯島三智と飯島勲が二大飯島で、もう一人のすごい飯島の登場を待っている状態である)

『ミッドナイトスワン』は内田監督だけでなく、飯島三智のフェミニズムも多分に含まれていると思うのは、考え過ぎなのだろうか。それを尋ねても、彼女は決して、うなずきはしないだろうけれど。

(さらに余談ではあるが、ジブリの鈴木敏夫プロデューサーは『ハウルの動く城』で、三池崇史監督は『十三人の刺客』で、彼女と相まみえ、ラジオで怖かったよねーと無邪気に二人で話していた。怖いおじさん二人にとっても、彼女は怖い人だったわけで、それってすごいことだといまだに思っている)

最後に注意書き。これらの文からわかるように、私は(ライトな)SMAPファンである。だから、基本的には甘々な評価になってしまうことをご容赦いただきたい。

ただ、2020年で一番泣いたのは確かである。だって、鼻水が止まらなかったのだから。

以下、9/28追記である。

この監督のコメントにはがっかりした。「社会的にはしない」で、娯楽にしただけって、酷過ぎるだろう。育児放棄も、トランスジェンダーも、エンターテイメントの道具ではない。「問題の第一歩」ではなくて、その問題を人々と共有したいとか、知ってほしい、という切実さがあったわけではないのか。「娯楽として消費してね」と言われ、萎えてしまった。人々の意識が変われば、社会は変わる。その一端を担っていると思う。社会問題も、みんな見るし、誰しも、いつ当事者になってもおかしくない。どうやら、私たちは無知な大衆扱いされているようでござる。まあ、構わんけれど。



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