大企業を早期退職した今、幼馴染に「それが社会なんだよ」と言われた
こんにちは、芽芽斗 守(めめと・まもる)です。
先日、例の幼馴染とまた飲んできました。
小学校からの幼馴染で、ハリー・ポッターのダニエル・ラドクリフに似ている彼です(笑)。
私が病気になる前は月に一度の恒例行事だったので、ようやくその頻度に戻ってきた感じですね。
このシリーズも今回で三回目になります。
いつも彼のことを「向かい風」とお伝えしていますが、今回は風が少しばかり強かった。
としがいもなく、喧嘩になりそうになりました。
実はまだ、怒りが冷めきっていません。
ただ、この温度で書ける文章は滅多にありません。
そう思いながら、自分の中で何が起こったのかを整理してみます。
世間とは何か。
社会とは何か。
今日はその問いに向き合ってみます。
神戸の町中華で、彼は小さく吐いた
合流した私たちは、神戸の町中華を楽しんでいました。
子どもの夏休みは何をしているのか。奥さんは元気か。親の健康はどうだ。
ビールを片手に、いつもの近況報告です。
流れで、先日小豆島(しょうどしま)へ旅行に行った話をしました。
日焼けした顔で楽しそうに旅の話をする私は、彼が想像していた私とは少し違って見えたのかもしれません。
彼から見た私は、大企業を辞めた無職です。
収入もなく、きっと人生のどん底にいる。
だから今日は、そんな私を励ましてやらなきゃ。
彼の言葉からは、そういう前提が透けて見えました。
目の前にいる私と、彼の想像していた私。
その乖離があったのでしょうか。
彼は会話の節々で、こうささやきました。
「お前はもう大企業で働いていないんだよ。無職だ。自覚しろよ」
傷つけるつもりはなかったのだと思います。
ただ、こぼれるように小さく吐いた。
たしかに、世間的にはそうなのかもしれません。
肩書で付き合っていない、という肩書の話
会社を辞めてから紆余曲折はありましたが、今の私はこれからの人生を悲観してはいません。
こうしてnoteを書いていますし、AIを使ってアプリも出しています。
来年には妻と小さな会社を設立するつもりです。
投資もしていて、一定の収入はあります。
そのことは彼にも伝えてありました。
それでも返ってくるのはこうです。
「執筆やアプリは金にならないだろ。起業したからといって成功するとは限らないじゃないか」
さらに、こう続きました。
「俺は別に肩書でお前と付き合ってるわけじゃない。お前がどんな会社で働こうが、俺の中で芽芽斗は芽芽斗だよ」
ありがたい言葉のようにも聞こえますよね。
肩書で見ていないのなら、なぜ「どんな会社で働こうが」という言葉が先に出てくるのでしょう。
肩書で見ていないと言うために、肩書を持ち出す。
そこがどうにも、ねじれている気がしました。
いつものやりとりではありますし、流すつもりでいました(笑)。
ただ、次の一言だけは、さすがに聞き流せませんでした。
看板を持つ前から、選んでくれた人
「奥さんも大切に扱わないといけないぞ。会社名で結婚してくれたかもしれないんだから」
これは、少しさみしくなってしまいました。
妻とは学生時代からの付き合いです。
私が就活に励んでいる頃から、ずっと隣で応援してくれていました。
私が看板を持つ前から、中身のほうを好きになってくれた人だと思っています。
そのことを伝えたうえで、私も吐きました。
お前のその考え方は、さみしいことだよ。
お前は今、俺をお前の固定観念の枠にはめ込んで話を進めている。
でも、もし俺が明日から転職活動を始めてどこかに就職したらどうするんだ。ころっと態度を変えるのか。
情報ひとつで態度が変わってしまうなんて、さみしいことじゃないのか。
彼は少し戸惑った表情を見せました。
図星だったのか。そんなつもりではなかったのか。
やがて、また小さく吐きました。
「それが、社会なんだよ」と。
世間というのは、君じゃないか
言い返しはしたものの、言い足りない感じが胸に残っていました。
太宰治の『人間失格』を思い出したのは、彼と別れて帰りの電車に揺られていたときです。
主人公の葉蔵が、遊び仲間の堀木から「世間がゆるさない」と説教される場面があります。
葉蔵は心の中でこうつぶやきます。
世間とは、いったい、何の事でしょう。
人間の複数でしょうか。
(中略)
「世間というのは、君じゃないか」
ただし葉蔵は、この言葉を口にしません。
舌の先まで出かかったところで、堀木を怒らせるのがいやになってひっこめてしまいます。
太宰がこの作品を書き上げたのは1948年の5月でした。
その翌月の6月13日に、玉川上水で自ら命を絶っています。
連載の最終回は死後に世へ出ました。
完結した作品としては、これが最後の一作になります。
言う人がいて、言われる人がいる。
世間という一言で片づけられたときの、あの居心地の悪さ。
七十八年前に書かれた場面が、令和の町中華にも転がっていました。
葉蔵は舌の先まで出しておいて、ひっこめた。
私はあの場で、この言葉にたどり着けなかった。
言い返せなかった言葉を、あとになって本の中に見つける。
そういう遅さも、私らしいと思うことにしました(笑)。
彼の世間と、私の世間
歴史学者の阿部謹也さんに『「世間」とは何か』という本があります。
阿部さんは「世間」を、社会とは異なる狭い人間関係として捉えています。
世間とは、自分が普段関わっている人たちのことです。
その範囲は人によってまるで違います。
そう考えると、彼が言った「社会」も社会ではなかったのだと思います。
彼には職場や子どもの学校など、地域に根ざした人間関係があります。
そこから見れば、たしかに私は「無職」と呼ばれる存在なのでしょう。
では、私はどうか。
東京から引っ越して、そこからはテレワークでした。
小学校の保護者と関わる機会も、今のところはほとんどありません。
日々接するのは、ほとんど家族です。
私の肩書を値踏みする人は、まわりに少ない。
あとは、この発信活動を通じた関係がすべてかもしれません。
私に世間がないのではありません。
私の世間が、彼の世間と重なっていないだけです。
これから知らない人と話す機会が増えれば、十人十色の価値観にぶつかって悩むこともあるのでしょう。
無自覚な悪意を向けられたとき、自分の心身を守る必要も出てきます。
だから私は、起業してから人に会いたいのだと思います。
肩書ができてからなら、少しは自分を守れる気がするからです。
ただ、その考えもまた肩書に自分を守ってもらおうとしているのかもしれません。
世間は、私でもあった
そんな話を、帰ってから妻にしました。
妻は驚いていましたが、怒りの感情は出しませんでした。
それどころか、うれしそうに笑いながらこう添えたのです。

「会社を辞めるまでのあなたも、似たような感じだったわよ」
何かしらの肩書に、人をはめ込んでいた。
会社を辞めてからやっと、そういうことを言わなくなった。
妻はそう続けました。
関わる人は自分を映す鏡だといいます。
彼は、少し前の私だったのかもしれません。
ただ、私が会社を抜けて目線が合わなくなった。
だからぶつかっている。
世間というのは、君じゃないか。
そう言い返した相手の中に、昨日までの自分がいたわけです。
これはなかなか、こたえますね(笑)。
ただ、妻は本当にうれしそうに笑っていました。
今のあなたは違う。
そう言ってもらえたことが、素直にありがたかった。
私のいちばん近い世間は、今の私をちゃんと見てくれている。
そう思えたのが、この夜のいちばんの収穫かもしれません。
二軒目のラーメンは、いつも通りだった
彼とは、まあこれ以上はやめておこうという空気になりました。
飲み直そうと二軒目のラーメン店に入り、そこからは何事もなく普段どおりです。
このように切り替えられるのも、三十年以上の月日を重ねてきたからかもしれません。
浅い関係なら、もう帰っていますから。
しこりが完全になくなったのかは、正直わかりません。
それでも次に彼と会うときは、もう少しだけ人を枠にはめない人間になっていたいですね。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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