「また今度」が、最後になってしまう前に。
こんにちは、芽芽斗 守(めめと・まもる)です。
先日、妻の実家に帰省しました。
いつもは電車ですが、今回は犬も一緒です。
そのため初めて車で、神戸から広島まで帰ることになりました。
片道3時間半ほど。ちょっとした小旅行です。

夏休みの宿題を無事にやり遂げてゲーム禁止が解除された6歳の息子は、後部座席でNintendo Switchに夢中でした。
普段なら「ゲームやりすぎじゃない?」と言いたくなりますが、この日ばかりは大目に見ました(笑)。
息子が夏休みに入ってからは、妻とゆっくり話す時間もめっきり減っています。
夏休み前は、息子が学校へ行ったあとに二人でウォーキングするのが日課でした。
歩きながら話すのは、息子のことやこれからのこと。
私のnoteの感想を聞くのも、だいたいこの時間です。
妻は私のnoteをいちばん近くで読んでいる人でもあります。
「この話は面白かった」
「今日のは長くて読む気がしない」
「このエピソードは書かないの?」
かなり遠慮なく言ってくれます(笑)。
車の中でそんな話をしているうちに、まだ記事にしていない出来事の話になりました。
8月に入ってから、母を誘ってうなぎを食べに行った日のことです。
妻のひと言をきっかけに、あの日のことを二人で振り返りました。
「あのうなぎ、おいしかったね」
そんな話をしていると、妻がぽつりと言いました。
「こういううなぎ屋さんって、あまり見かけなくなったよね」
今回はこの一言から考えたことを書きます。
好きな店があるのに、しばらく行っていない方。
会いたい人がいるのに、しばらく連絡していない方。
そんな方に届いたらうれしいです。
路地の奥から、匂いのほうが先に来ました
行ったのは神戸・元町にある青葉 元町店です。
元町商店街から細い路地に入ったところにあります。
大正末期の創業とされ、もう百年近く続いている店です。
母のお気に入りでもあります。
店へ向かって歩いていると、香ばしいうなぎの匂いが漂ってきます。
平日の夜にもかかわらず、店内は多くのお客さんでにぎわっていました。
席について、おひやの氷を口の中で転がしながら焼き上がるのを待ちます。
「うなぎ屋さんって、こういう感じだったよな」
そんなことを思わせてくれる店でした。
もちろんうなぎもおいしかったです。
ふっくらした身に香ばしい焼き目。
甘さを抑えたタレが、ご飯によく合います。
こういう店は、気軽に何度も通える場所ではありません。
だからこそ、たまに食べるとうれしいのです。
東京にも、好きなうなぎ屋がありました
妻も私もうなぎが好きです。
東京に住んでいたころも、たまに二人で食べに行きました。
仕事がひと区切りついた日。
何かいいことがあった日。
私たちにとって、うなぎはちょっとしたご褒美でした。
「今日はうなぎにしよっか」
どちらからともなく、自然とそんな話になりました。
あるとき、家の近くに小さなうなぎ屋を見つけました。
再開発で街の景色が変わっていく中、そこだけぽつんと昭和の面影を残したような店でした。
気に入って何度か通いました。
ところが一年もしないうちに、店は閉まってしまいます。
シャッターには「長年支えてくださってありがとうございました」と直筆の張り紙がありました。
私たちは、これから何度も通うつもりでいました。
でも店にとっては、あれが最後の一年です。
「もう少し行っておけばよかったね」
そう言いながら、寂しい気持ちで帰った日のことを今回ふと思い出しました。
2025年の飲食店倒産は900件
この記事を書くために少し調べました。
帝国データバンクの調査によると、2025年の飲食店倒産は900件でした。
集計を始めた2000年以降で最多です。
日本料理店も97件で過去最多でした。
食材費や光熱費が上がり、人件費も上がっています。
それだけではありません。
日本政策金融公庫が紹介している事例では、創業140年を超えるうなぎ屋が後継者を探していました。
繁盛していても、継ぐ人がいなければ暖簾を下ろすことがあります。
もちろん「昔ながらのうなぎ屋が減っている」と断定できる統計は見つかりませんでした。
私たちがそう感じたのは、あくまで夫婦の感覚です。
それでも店の事情は、外から見ているだけでは分かりません。
来年も同じ場所で食べられるのか。
そんなことは誰にも分かりません。
だから私たちは簡単に「また今度」と言います。
来月でもいい。来年でもいい。
あの店なら、きっとまだある。
でもそう思っていた東京の店は、なくなりました。
好きな店に客としてできることは、とても単純です。
行って、食べて、お金を払う。
今回の私のように、どこかで感想を書くのもいいかもしれません。
好きな店は、好きだと思っているだけでは残りません。
東京のあの店にも、もっと通うつもりでした。
でも結局、足を運べたのは数回です。
次もあると思っていたのに、いつの間にかそれが最後になっていました。
終わりを意識すると、会いたい相手が変わる
ここで一つ思い出した研究があります。
スタンフォード大学の心理学者、ローラ・カーステンセンの研究です。
「30分の自由時間があったら誰と過ごしたいか」を参加者に選んでもらいました。
魅力的な初対面の人。
自分が読んだ本の著者。
親しい家族や友人。
高齢の人ほど、親しい相手を選ぶ傾向がありました。
ただ、これは単純に「年をとると家族が大切になる」という話ではありません。
カーステンセンはその後の研究でも、人は残された時間を意識すると選ぶものが変わると考えています。
私はこの話を読んで、少し考えました。
青葉には、あと何度行けるのか。
母と一緒に、あと何度ご飯を食べられるのか。
お義父さんとお義母さんが元気なうちに、息子とあと何度一緒に遊べるのか。
そんなことは普段考えません。
だから私たちは「また今度」と言えます。
次も当たり前にあると、どこかで思っているからかもしれません。
「今度っていつ?」と聞かれた男の答え
この「今度」という言葉で、思い出す映画があります。
私の好きな映画のひとつ、ヴィム・ヴェンダース監督の『PERFECT DAYS』です。
役所広司さん演じる平山が、姪のニコと川沿いを自転車で走る場面があります。
海へ行こうと誘うニコに、平山は「今度ね」と答えます。
ニコが聞き返します。
「今度っていつ?」
平山はこう答えます。
「今度は今度、今は今」
初めて観たときは「今を大切にする人の言葉」として受け取りました。
でもこの記事を書きながら、私はニコの「今度っていつ?」のほうが気になりました。
考えてみれば、当たり前の質問です。
「今度行こう」
「今度会おう」
そう言うだけで、次が約束されたような気になります。
でも日付を決めないまま、その「今度」が二度と来なかった。そんな経験はないでしょうか。
そんなことを考えているうちに、妻の実家に着きました。
お義父さんもお義母さんも元気です。
二人とも孫が来たことを喜んで、さっそく息子と虫取りをして遊んでくれています。

その姿を見ながら、私の祖母のことを思い出しました。
96歳になる祖母はいま認知症を患っていて、自分の足で歩くこともできません。
もちろん、ずっとそうだったわけではありません。
数年前までは元気に歩いていました。
私の自慢話にも、いつも優しく付き合ってくれました。
正月に遊びに行くと、手作りの煮物を振る舞ってくれました。
あのころは、そんな時間がいつまでも続くような気がしていました。
でもいつの間にか、祖母と過ごす当たり前のような時間は終わっていました。
店の話と人の人生を並べるのは、少し乱暴かもしれません。
それでも私の中では重なるところがあります。
終わる日が分かっていれば、きっとその時間をもう少し大切にした。
いま目の前では、お義父さんとお義母さんが息子と遊んでいます。
妻も私も元気です。
みんなで笑っています。
何でもない帰省の一場面です。
でも20年後に振り返れば、全員が元気に笑っていたこの時間こそ奇跡に近いひとときだったと思うのかもしれません。
時間は有限です。
分かっているはずなのに、毎日が普通に続いていると忘れてしまいます。
「また今度」に、日付を入れてみる
せっかくなので一つだけ試してみようと思います。
心理学に「実行意図」という考え方があります。
やりたいことを決めるだけではなく「いつ・どこでやるか」まで先に決めてしまう方法です。
難しいことではありません。
「また行きたい」ではなく「来月行く」。
「祖母に会いたい」ではなく「この日に会いに行く」。
そうやって、考え方を少し変えるだけです。
だから帰りの車で、妻に話そうと思います。
「次は何月に会いに行こうか」と。
「また今度」のままにしておくと、今度はなかなか来ませんから(笑)。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
少しでも刺さるものがあったら、スキを押してもらえると励みになります。
追記
この記事を書いていたのは帰省中でしたが、公開するころにはもう神戸に戻ってきました。
今回の帰省でも、息子といろいろな思い出ができました。
しばらくは、広島で過ごした夏休みの出来事を何回かに分けて書こうと思っています。
そういえば、妻が広島出身だということも今回初めて書きました(笑)。
今年の息子の夏休みも、あと少し。
忘れないうちに、ひとつずつ書き残していこうと思います。
