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「みんなやってる」は、どこまで本当? NISA貧乏から考える「当たり前」の話

こんにちは、芽芽斗 守(めめと・まもる)です。

ご縁をいただいて参加しているFIRE研究所のコミュニティで、朝日新聞の記事がシェアされていました。

テーマは「NISA貧乏」です。

将来のためにお金を積み立てすぎて、いまの暮らしが苦しくなってしまう。

そんな状態を表す言葉で、国会でも取り上げられました。

その記事には久しぶりに会った友人まで投資の話ばかりするようになり、うんざりしているというアラサー世代の声が紹介されていました。

読みながら、少しうしろめたい気持ちになりました。

記事に出てくる「その友人」は、私かもしれないからです。

今日は、周りの環境が私たちの「当たり前」をどうつくるのかという話をさせてください。

関西弁のおかげで、友達はすぐにできた

環境というものを最初に意識したのは、東京の大学に入ったときでした。

不思議なもので、最初に仲良くなったグループには関西出身の人がほとんどいませんでした。

私の話す関西弁がめずらしかったようです。

関西では当たり前になっているボケとツッコミの流れもないので、私はひとりでボケっぱなしになります。

いまの、つっこんでや

自分でそこまで言ってワンセット。
そんなことばかりしていた気がします(笑)。

そのキャラが新鮮だったのか、たまたま良い友人に巡り会えたのか。

関西のお笑いが好きなんだ。友達になれてうれしいよ

そう言ってもらえて、関西ノリがうざいと言われたことは一度もありませんでした。

おかげで、友達は比較的すぐにできました。

私は口がうまいほうではありません。
妻にもそう言われます(笑)。

関西弁も関西のノリも、私が努力して身につけたものではありません。

それでも輪に入りやすかったのは、生まれた場所が勝手に下駄を履かせてくれたからだと思います。

「賃貸なんてもったいない」という空気

会社に入ってからは、もっとわかりやすい形で同じことが起きました。

東京に住むなら賃貸より持ち家だよね

入社した頃から、そんな話が当たり前のように流れていました。

誰かが家を買っても「そりゃ持ち家だよ」という雰囲気です。

賃貸なんてもったいないよ

そんな空気すらありました。

それで私も、新卒2、3年目で家を買いました。

物件について何も考えずに買ったわけではありません。

当時は不動産投資にも興味があり、プライベートの時間の多くを使って勉強していました。物件を見る目はそれなりに養っていたと思います。

ただ、「そもそも家を買うのか」という一段手前の判断は、まわりの空気にかなり影響されていました。

みんなが当たり前のように買っていたので、買わないほうが不自然に見えていたのです。

その若さで住宅ローンを組めたことについては、会社の恩恵もありました。

国土交通省の調査では、住宅ローンの審査項目として「年収」を挙げる金融機関が94.2%、「勤続年数」が93.9%でした。

会社に入ったばかりの私は、社会人としてはまだ何者でもありません。

それでも当時は、自分自身というより会社の看板に信用を借りていたような感覚があります。

振り返れば、会社から受け取っていたのは給与だけではありません。若い私にはまだなかった信用まで、会社の看板が補ってくれていました。

ちなみに、不動産経済研究所によると、2025年度の東京23区の新築マンション平均価格は1億3,784万円です。

私が買った頃とは、まるで違う景色です(笑)。

私はコロナ禍で売ってしまったので、その後の値上がりには乗れませんでした。

あの頃住宅の話をしていた同僚たちの中には、いま大きな含み益が出ている人もいるかもしれませんね。

同期がいきなり一冊の本を渡してきた

資産形成という意味で一番印象に残っているのは、同期のひとりです。

彼も若い頃から投資をしていたので、入社してすぐに仲良くなりました。

ある日いきなり、橘玲さんの『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』を手渡してきました。

これを読めば世界が変わるぞ

そう言うのです(笑)。

この本をいま読み返すと、今回の「NISA貧乏」にもつながる一文があります。

幸福を犠牲にしてお金を貯めてもなんの意味もありません

橘玲『新版 お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』より

『DIE WITH ZERO』といい、将来のために今をどこまで削るのかは改めて問われている気がします。

この本を初めて読んだ当時は、税金や不動産までお金の仕組みをこんなに知らなかったのかと驚きました。

制度を知っているかどうかで、選択肢がこんなに変わるのか。

お金の世界では、知っていること自体が武器になる。

そんなことを教えてもらえた一冊でした。

彼とは「いまの会社って、掛け捨て保険みたいなものだよな」とブラックジョークを言い合う仲でもありました。

今思えば、ずいぶん生意気な新卒ですよね(笑)。

そして彼は、掛け捨てにお金を払うこと自体がもったいないと言わんばかりに早々に会社を辞めました。

その後は競合のメガベンチャーをいくつか渡り歩き、スタートアップにジョイン。

その会社は上場し、狙いどおりストックオプションで大きなリターンを得たあと、いまは自分の会社をやっているようです。

もちろん、そこまで歩いてきたのは彼自身の力です。

会社を辞めると決めたのも、リスクを取ったのも彼です。

彼とは競合に転職した時期もあり、お互いに気を使ったのか会社を辞めてからは疎遠になりました。

私も会社を辞めたので、いまはもうしがらみがありません。

また東京に遊びに行くついでにご飯に誘ってみてもいいかもしれませんね。

そんな彼と同じ場所にいたこと自体が、私にとっては最初の羽根だったのかもしれません。

隣の席の人が動くと、自分も動く

こうした身近な人から受ける影響は、感覚だけの話でもないようです。

2019年にノーベル経済学賞を受賞したエステル・デュフロと経済学者エマニュエル・サエズが、アメリカの大学でおもしろい実験をしています。

職員の一部をランダムに選び、退職後の資産形成についての説明会に参加すると謝礼がもらえる案内を送りました。

すると、案内を受け取った人の参加率は案内を受け取っていない人の5倍以上になりました。

おもしろいのはここからです。

同じ部署に案内を受け取った人がいるだけで、案内を受け取っていない人の参加率まで約3倍になったのです。

その後、退職口座に加入する人まで同じ部署の中で増えていきました。

株式投資についても似た研究があります。

近所付き合いや教会への参加など、社会的な交流のある世帯ほど株式市場へ参加する傾向が強いという報告です。

しかもその傾向は、もともと株式投資をする人の多い地域ほど強くなっていました。

周りの人を見ているうちに、「これはやっていいことなんだ」という感覚が生まれるのかもしれません。

誰かが投資している。
誰かが家を買っている。
誰かが転職している。

それを日常的に見ていると、特別なことではなくなっていきます。

みなさんの周りでは、いまどんな話が「そりゃそうだよね」で流れているでしょうか。

地元に帰ると、『当たり前』が入れ替わる

地元や学生時代の友人と話すと、今度は話ががらっと変わります。

投資の話といっても「NISAって知ってる?」くらいのところから始まることがあります。

今の年齢で家なんて買えるわけないだろ」と言われたこともありました。

どちらかが間違っているという話ではありません。

どちらも、その場所ではまっとうな「当たり前」です。

金融庁によると、2025年末時点のNISA口座数は約2,821万口座です。

ここまで普及しても、日本全体で見ればNISA口座を持っていない人のほうがまだ多い。

「みんなやっている」の「みんな」は、世の中ではなく私の周りでした。

親の世代から、「良い大学に入って、良い会社に入りなさい」という言葉がなかなか消えないのも、このあたりに理由があるのかもしれませんね。

学歴や会社名そのものより、そこで触れられる人や情報や選択肢に価値があることを経験として知っている。

将来やりたいことが決まっていないなら、まず多くのものが流れてくる場所に身を置く。

私はそれも、ひとつの選び方だと思っています。

それだけ私自身が、前の会社からいろいろなものを受け取ったということです。

環境だけがすべてではない

ただ、同じ環境にいても全員が同じ選択をするわけではありません。

前の会社を振り返ると、そのことがよくわかります。

会社には、有志で勉強会を開く文化がありました。

金融リテラシーを高めるセミナーも多く、著名なゲストが来る回もありました。

投資に触れる機会はいくらでもあったのです。

同じ場所にいて、同じ本が回ってきて、似たような話を聞いていました。

それでも投資のやり方は、十人十色だったと思います。

個別株をする人もいれば、FXや仮想通貨に投資する人もいます。

その中で私の資産運用は、オルカンが中心です(笑)。

全世界の株式に広く分散して投資する、いわゆるインデックス投資です。

コロナショックの乱高下でメンタル的にしんどくなったこともあり、私には「ほったらかし」くらいがちょうどいい。

そして私の投資の型を決めたのは、会社の中の誰でもありませんでした。

経済評論家の山崎元さんです。

山崎さんは2024年1月1日、食道がんで亡くなりました。65歳でした。

個人投資家には徹底してシンプルな運用を説き、新NISAでも全世界株式のインデックスファンド一本でいいと書いていました。

亡くなる直前まで書いていたのが『経済評論家の父から息子への手紙』です。

余命3か月と知ったあと、大学生の息子さんへ向けて書き下ろされました。

そこには、お金の運用について三つの原則が書かれています。

長期、分散、低コスト

山崎元『経済評論家の父から息子への手紙』より

私はこの三つを、自分の投資スタイルに組み込みました。

実際の運用も、忘れた頃に「そういえば、いくらになったかな」と見るくらいです(笑)。

いろいろな投資に触れた結果、私に残ったのはこのシンプルなやり方でした。

配る番が、いつのまにか回ってきた

6歳になった息子はいま、どっぷり関西につかっています。

普通にボケますし、私のボケにもツッコミを入れてきます。妻はそれを面白そうに見ています。

自分も混ざりたいようですが、関西圏で育っていないと今さらこの流れに乗るのは難しいと言います(笑)。

誰かが教えたわけでもないのに、息子には関西ノリが自然と身についています。

私が東京で関西ノリに助けられたように、息子もいつかこの環境に助けられる日が来るかもしれませんね。

まだ息子は6歳なので、本格的なお金の話をすることはありません。

ただ、家の中では特別に避けずに話しています。

将来息子が理解できる年齢になったら、隠すつもりもありません。

子どもには避けてしまいがちなお金の話も、息子とは笑顔でキャッチボールしていきたいと思います。

こうして振り返ると、私はずいぶん環境に影響されてきました。

関西で育ったから、関西弁もノリも自然に身についた。

大企業に入ったことで、若いうちから住宅ローンを組める信用も得た。

周りが家を買っていたから、持ち家を当たり前だと思っていた。

そして投資の話をする人が多い場所にいたから、お金の話をすることにも抵抗がありませんでした。

でも、そこで何を選ぶかまでは誰も決めてくれませんでした。

「NISA貧乏」という言葉が気になったのは、きっとそのせいです。

投資をすること自体が問題なのではありません。

「みんなやっている」が、自分の暮らしに合うかを考える前に「普通」になってしまうことです。

環境がくれるのは、正解そのものではありません。

「こんな選択肢もあるんだ」と思えることなのだと思います。

私が息子に渡せるのも、黄金の羽根そのものではありません。

いつか目の前に羽根が落ちていたとき、それに気づけるような日常です。

それを拾うかどうかは、息子次第ですけど(笑)。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

もし少しでも刺さるものがあったら、スキを押してもらえると励みになります。



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