アイドルと同じくらい、ファンもおもしろい
もう20年近く前の話だ。当時、小学生だった自分は、別居中の両親のあいだを行き来していた。母が秋田、父親が名古屋。新幹線での乗り継ぎは難しかったから、飛行機を使っていた。
あるとき秋田空港に行くと、めずらしく人であふれかえっていた。空港なんて静かなものだと思っていた自分はびっくりして、近くにいたおじさんに尋ねた。あの、なんですかコレ。
見知らぬ子どもに話しかけられたおじさんは戸惑っていたが、しかし丁寧に敬語で「わたしも知らなくて……なんか韓国の人が来てるみたいですね」と返してくれた。あとから聞いたところ、韓国の俳優が撮影に来ていたらしい。
空港には渡り廊下があり、当の俳優はそこを通るのだろう、下に大勢の女性が集まって見上げていた。その様子を遠目に見ていると、なんだか親鳥を待つヒナみたいだった。健気というか、初々しいというか。見たとき、ちょっとフフっと笑ってしまった。
そのときの光景はずっと忘れられない。あのとき「芸能人よりも、こっちを追いかけるほうが楽しそうだな」と考えたことも忘れてない。
最近、ちょっとしたきっかけでアイドル界隈をのぞくようになり、やっぱり同じことを考えている。アイドルたち本人もそうだけど、追っかけている人たちもそれぞれで、遠目から見ているとなんだか楽しい。
芸能人を追っている人は、追っている人なりの美学というか考えがあり、「ファン道」「オタ道」「推し活道」があるらしい。人それぞれ応援するときの心がまえがあり、やっていいことと悪いことの線引きがあり、そこに人柄が出る。
さらに言えば世代の差も感じる。比較的若い人たちは「推し」という言葉を使うし、どちらかといえば自分を中心に置いている。私がいて推しがいる。そんな感じ。
一方で「オタク」を自称する人はもう少し年齢が行っていて、もう少し無私の精神というか「○○くんのためにオタクをやっている」ような感じ。あくまで狭い範囲を見た限りの話だけど。
何かに一途にハマる人というのは、良くも悪くも少しおかしくて、その熱が高いほど見ていておもしろい。「おかしい」「おもしろい」というのは不謹慎な言葉だけど、でもどうしてもそう思ってしまう。
見たことも会ったこともない人が大好きで、その人のために祈ったり怒ったりする。応援に時間やお金を注ぎ込んで、幸せになる。文章で書くと不思議だけど、やっている人のたくさんいる営み。
むしろ見たことも会ったこともないから、それだけ好きになれるのかもしれない。半分架空みたいな相手だから、わからない部分はいくらでも想像力で補える。それが楽しいのかもしれない。
その「想像力で補う」部分を、人はきっと「夢」と呼ぶのだし。夢を売るのは悪いことじゃない。ファンの人たちが思い思いに書く記事や文章には、それぞれの夢が乗っていてとても楽しい。
アイドルに限らず誰だって、自分が思う「その人のイメージ」と、実際のその人はいつも少し違っている。そのズレは、相手が遠くにいればいるほど大きいけれど、ズレているのを楽しむ権利くらいはあるはずで、推し活はそういうところがいい。
ずっと夢を見ていられる。それは素敵なことだなと思う。
だからこそ「半分架空」の世界で生きる人は、あまりプライベートを見せないほうがいい。私生活なんていつだって現実的で、生身の生々しさがあって、どうせ夢とは程遠い。みんな税金は払うし、体調が悪い時は下痢くらいするだろうけどそんなの知りたくない。
秋田空港にいた女性たちも、あれは夢を見ている人の顔だったんだな、と思う。現実をしばし忘れるときの顔。女性たちが少女みたいな表情をしているあれは、やっぱりちょっとおもしろかった。
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いつもありがとうございます。最近、買ったのは田原開起『死と生の民俗』です。