【2020sアルバム】Iceage「Seek Shelter」(2021)
作品情報
タイトル:Seek Shelter
アーティスト名:Iceage
リリース日:2021/05/07
「Album Portraits in Sound」
嵐の夜、泥濘の聖域でIceageが辿り着いた、
剥き出しの救済とロックンロールの極北

コペンハーゲンの冷たいアスファルトの上で産声を上げた少年たちが、十数年の歳月を経て、これほどまでにおおらかで、かつ峻厳な「祈り」の形に辿り着くと、誰が予想できたでしょうか。
2021年にリリースされたIceageの5作目となるアルバム『Seek Shelter』は、彼らが初期衝動として抱えていたポスト・パンクのひりつくような焦燥感はそのままに、それをより大きな、抗いがたい運命や慈愛という名の「 シェルター(避難所)」へと昇華させた傑作です。
『Seek Shelter』を聴き終えた後に残るのは、土埃と雨の匂い、そして遠くから聞こえる鐘の音のような、奇妙に穏やかな感覚です。本作の核にあるのは、タイトルが示す通り「避難所を求める」という切実な願いです。
これまでの彼らが、鋭利な刃物で世界を切り裂こうとするような攻撃性を持っていたとするならば、今作ではその刃を鞘に収め、吹き荒れる嵐の中で互いの肩を寄せ合うような、泥臭くも高潔なヒューマニズムが通底しています。混沌とした世界において、どこに身を寄せるべきか。それは物理的な場所ではなく、精神的な、あるいは音楽という共同体の中にのみ存在する聖域を探し求める旅のように感じられます。
アルバム構成・フロー:混沌から平穏への放物線
全9曲、約41分という構成は、一つの長編映画を観るような必然性に満ちた流れを持っています。
オープニングを飾る「Shelter Song」の、あの揺らめくようなギターのイントロが聴こえてきた瞬間、リスナーは彼らが新たなフェーズに入ったことを確信させられます。合唱隊(リスボン・ゴスペル・コレクティブ)によるコーラスが重なり、エリアス・ベンダー・ロネンフェルトのヴォーカルが「We are all looking for a place to call home」と歌い上げるとき、アルバムのテーマは明確に提示されます。「High & Hurt」や「Vendetta」では、彼ら特有の不穏なリズムと緊張感が炸裂しますが、以前のような「破滅への疾走」ではありません。あくまで大きなうねりの中の一部として、緩急をつけながら物語を進めていきます。そしてラストを飾る「The Wider Powder Blue」」から「The Holding Hand」へと至る終盤にかけて、音楽はより壮大で、深い沈黙すらも内包するような広がりを見せ、聴き手を優しく、しかし力強く解放へと導きます。
リリックのテーマとメッセージ:泥の中に咲く詩情
エリアスが綴る言葉は、今作においてよりいっそう文学的で、多層的な意味を持つようになりました。聖書的なメタファー、退廃的なロマンティズム、そして現代社会の断片。
「汚れた水の中に沈み、それでも星を見上げている」
そのような、絶望と希望が表裏一体となった情景描写が随所に見られます。「Shelter Song」における「愛」の定義は、単なる甘い言葉ではなく、荒野で生き抜くための「装備」としての愛です。また、「Vendetta」で見せる冷徹な観察眼は、人間の業や欲望を否定するのではなく、それすらも抱えて生きていく覚悟を問いかけているようです。
彼の言葉は、常に「個」の孤独から出発しながらも、今作では不思議と「他者」への通路が開かれているように感じられます。
アーティストの姿勢・コンセプト:成熟という名の「深化」
Iceageは、常に変わり続けることでそのアイデンティティを証明してきたバンドです。初期のノイズの壁に閉じこもっていた少年たちは、前作『Beyondless』でブラス・セクションを取り入れ、今作ではさらにその表現の翼を広げました。
ここで特筆すべきは、彼らの「成熟」が、牙を抜かれることとは無縁であるという点です。むしろ、自分たちのルーツであるパンク・スピリットを、より普遍的なロックンロールの遺産、あるいはニック・ケイヴが体現してきたような、呪術的でダイナミックな音楽表現と接続させることに成功しています。迎合することなく、自分たちの内なる声に従ってスケールを拡大させていくその姿勢は、真に自律したアーティストの姿そのものです。
サウンド・プロダクション:ソニック・ブームがもたらした光と影
今作のサウンドを決定づけた大きな要因の一つは、スペースメン3のソニック・ブーム(ピート・ケンバー)をプロデューサーに迎えたことでしょう。彼の介入により、Iceageのサウンドにはこれまでにない「空気感」と「サイケデリックな揺らぎ」が加わりました。
ギターの歪みはより有機的になり、ドラムの響きには深いリバーブが施され、音と音の間に「呼吸」が生まれています。リスボン・ゴスペル・コレクティブの参加も、単なる装飾に留まりません。パンク・ロックの無骨さと、ゴスペルの聖なる響きが交錯する瞬間、そこには一種の神々しささえ漂います。荒々しい録音環境(ポルトガルのスタジオでのセッション)が、逆に彼らの生のエネルギーを封じ込める結果となりました。
ジャンル的文脈:ポスト・パンクの地平を超えて
Iceageはしばしば「ポスト・パンクのリバイバル」として語られてきましたが、『Seek Shelter』において、その枠組みはもはや窮屈すぎるものとなりました。
本作のサウンドスケープは、90年代のブリットポップが持っていた高揚感(例えば初期のオアシスやプライマル・スクリーム)と、70年代のデカダンなロック(ボウイやリード)が、現代の北欧の冷たい空気の中で邂逅したような趣があります。同時代のバンドであるIDLESやFontaines D.C.が、より直接的に社会への怒りを音にする一方で、Iceageはより内省的で、叙事詩的なアプローチを採っています。それは、特定のムーブメントに属することを拒む、彼ら独自の「孤高のポジション」をより確固たるものにしました。
社会的・文化的文脈:嵐の時代のサバイバル・ガイド
2021年というリリース時期を考えれば、このアルバムがパンデミックという未曾有の事態の影響を受けていないはずがありません。世界中が文字通りの「避難所」を求めていたあの時期、このアルバムが鳴らした「救済」の響きは、あまりにもタイムリーであり、同時に予言的でもありました。
しかし、この作品の価値は時代の記録に留まりません。政治的な分断、環境の悪化、先行きの見えない不安。私たちが生きるこの時代は、常に何らかの「嵐」が吹き荒れています。そうした普遍的な困難に対して、Iceageは「共に傷つき、共に歌うこと」の尊さを提示しました。
それは弱さを認める強さであり、分断された個々人を再び繋ぎ止めるための、音楽による「連帯の儀式」だったのではないでしょうか。
『Seek Shelter』は、Iceageという類稀なる才能が、自らの血を流しながら辿り着いた約束の地です。ここには、若さゆえの過ちも、年を重ねることの痛みも、そしてそれらをすべて包み込むような大きな愛があります。
もしあなたが今、何かに追い詰められ、どこにも行き場がないと感じているのなら、このアルバムを聴いてみてください。そこにあるのは、完璧な楽園ではありません。泥にまみれ、壁は剥がれ落ち、隙間風が入り込むような、不完全な避難所かもしれません。しかし、そこには確かに、あなたの震える肩を抱き寄せてくれる音楽の温もりが存在しています。
彼らが示したその「光」は、どんなに深い闇の中でも消えることはないでしょう。
引用
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