浴衣の女子って、ヤバい。――令和の日本、バンザイ
夏祭りの夜には、不思議な力がある。
提灯が灯り、屋台から香ばしい匂いが漂い、遠くから祭囃子が聞こえてくる。やがて夜空には大輪の花火が開く。
これだけでも十分に日本の夏なのだが、令和の男子にとって、もう一つ見逃せないものがある。
浴衣姿の女子である。
普段はTシャツや制服、仕事着で会っている人が浴衣を着て現れる。それだけで、なぜか別人のように見える。
髪を少し上げ、いつもより小さな歩幅で歩く。
カラン、コロン。
下駄の音まで妙に耳に残る。
「かわいい」
令和男子の語彙力は、そこで終了する。
考えてみれば面白い。
スマートフォンを操り、SNSで世界とつながり、生成AIまで使う時代である。知りたいことは数秒で調べられる。
ところが浴衣姿を前にすると、最新技術を使いこなす若者から出てくる言葉が、
「ヤバい」
なのである。
何がどうヤバいのか。
おそらく本人にも説明できない。
だが、そこに日本文化の面白さがあるように思う。
新しいものだけが、人の心を動かすわけではない。
浴衣も、祭りも、花火も、祭囃子も、ずっと昔から日本の夏にあった。
それなのに時代遅れになるどころか、令和の若者の心まで一瞬で動かしてしまう。
伝統とは、古いものを保存することだけではないのかもしれない。
世代が変わっても、そこに新しい感情が生まれるから生き続ける。
昔の若者も、祭りの夜に誰かを見つめたのだろう。
昭和の男子も。
平成の男子も。
そして令和の男子も。
花火が上がる。
みんなが夜空を見上げる。
その隣で、浴衣姿の彼女が笑う。
男子は花火を見るふりをして、そっと横を見る。
何百年たっても、人間は案外変わらない。
AI時代になっても、恋する心は自動化できない。
それでいい。
いや、それがいい。
浴衣の女子って、やっぱりヤバい。
令和の日本、バンザイ。
