第15回✨黒沼(後編)✨東北の麻を司る「黒沼一族」――縄文から続く織りと祈りの血脈
皆さま、こんにちは。
精麻アーティストの長坂茉乎(まこ)です。
かつて湿地帯だったとされるこの地にある黒沼神社
何故、沼を作らなければならなかったのか?
からはじまる 『黒沼』とは
前回、麻を発酵させて糸を出す「赤水取り」の工程によって、であれば水が深く暗く染まることから「黒沼」という名が生まれたのではないか、というお話をしました。
当社の御祭神である渟中倉太珠敷命(ヌナクラノフトタマシキノミコト)=敏達天皇)
「渟(ぬ)」という漢字には、まさに『より深く暗い沼』『留まる』という意味が込められていると考えています。
留まる柱の神様
以前お話しした、黒鬼伝説、この地に沈められ、柱となって人々を守り続けてくださった黒沼大神様のお話にも、この「渟」の意味は見事に重なり合いますね。
いくら湿地帯だからといって、自然に水が黒くなるわけではありません。
麻を浸し、発酵させ、漆黒の沼を管理していた存在――。
もし「黒沼」が麻を浸す沼であったなら、かつてこの地を治めた「黒沼一族」は、東北の麻を一身に司っていた一族だった。そう考えると、
納得出来る。すべてのパズルのピースがハマっていきます。
日本の麻といえば、四国の「阿波忌部(あわいんべ)」が非常に有名です。
けれどそれとは別に、ここ東北の地は、それよりも遥か以前、縄文からの歴史がある。それはけして、消えてなどはいないはずだ!!
もしも、黒沼一族から始まった独自の「麻と神々の祈り」が縄文の昔から脈々と息づいていたのだと考えてると自然な氣がします。
消されてた東北は日高見国と言う大きな国だったとしたら…
時代とともに、祈りのカタチは移り変わりゆきます。
けれど、神様を敬う「敬神の念」だけは、形を変えながらも決して途絶えることはありません。
黒沼神社はうちの黒沼神社以外含めて秋田にもあり、石碑を入れて七社は、あるようです。広範囲にわたり黒沼神社があるのであれば、さらに可能はあるのだ。
しかしご神紋をみると別ものです!
黒沼大神様はうちだけであり、
十六菊花、五三桐、交差剣、全てが天皇家であり、なんらかの祈りの象徴す場所であったことは確かである。
もちろん御託宣も特有のもの。
黒沼神社に見られてる麻の御神紋。
真核である場所、まるで強烈な結界をはるようなものを感じます。
命の源である神明井戸の水神様。
古代から捧げられてきた織りの祈り。
そして今なお宮司家に伝わり、総代様が身につけられる神聖な神具の数々――。
青麻神社の存在。
東北の麻の文化を語る。
そのすべてが、つまり「東北の麻の血脈」という一本の美しい糸でつながり、合点がいった瞬間の鳥肌が立つような感動を、私は今も忘れることができません。
縄文から続くこの聖なる麻の祈りを、私はこれからも精麻を扱う作家、アーティストとして、大切に織り続けてまいります。
長坂茉乎(精麻のムスヒ)を司る「黒沼一族」――縄文から続く織りと祈りの血脈を次回は最終局面へ
次回へつづく

この土地の水脈を物語るものである

