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黒沼神社、1100年の節目に導かれて|私が神社と精麻を守り、紡ぐ理由

福島県福島市にある、金沢(かねざわ)黒沼神社。
1300年前に向かいにある月峰の山からこの地に遷宮されています。
今年の2026年は、延喜式内社(えんぎしきないしゃ)として撰上(せんじょう)されてから、ちょうど1100年という途方もない記念の年を迎えます。
実話、このこと、祖父母からは一言も聞かされていませんでした。
今から15年ほど前に、日常の風景である日境内で、ひとりボーッと本社を眺めていたときのことです。そこにある記念の神額(しんがく)に書かれた文字が、ふと目に留まりました。
「延喜式内撰上 山の中の総社 黒沼神社 名神」[一千年紀年額]
……これは、どういうことだろう?
気になって自分で計算してみたとき、全身に鳥肌が立ちました。なんと、2026年にはちょうど1100年になるということに、気がついてしまったのです。
「あと何年だよ!!」と、神社の目まぐるしく忙しい日常の中で、父が亡くなった後も、頑張り続ける母をわたしは励まし続けてきました。
私が自力で気がついたのか。
それとも、神様から気づかされたのかは、今でもわかりません。
ただ、特に両親の代になってから「黒沼神社をどう守っていくか」を、必死に考え続けてきました。天命だからでしょうか、私は子供の頃から、誰に言われるでもなく、ひとり先回りして動くのが普通でした。そして今も、その先回りの矢面に立って、神社を守り続けています。
神社の家に生まれた者にとって、神様は「親同然」のような存在です。
言葉で説明するのはとても難しいのですが、つまりは、いつも全力でお守りしている、家族のような大切な存在なのです。

神事の息吹の中で育った記憶
そんな神社の日常のなかで、私は心身が育まれていきました。
子供の頃から、神事に欠かせない「精麻(せいま)」や「楮紙(こうぞし)」を扱う作業は、私のすぐ隣にありました。
お手伝いをする前には、必ず「月のもの(生理)がないか」を厳格に確認される。そんな神聖で、張り詰めた、けれど温かい手仕事の記憶が、今の私の原点です。
今、日本古来の「麻」についての認知は、みなさまの間にも徐々に広まってきています。
けれど、実際はどうなのか。
戦後、私たちがどのような苦難を経て、どのようにこの大切な文化を守ってきたのか。
伝統の表面だけではない、真実も含めて、一人でも多くの方に知っていただきたいと願っています。
このnoteでは、延喜式内社と撰上受け1100年の節目に立たされた神社家の者として、そして「精麻アーティスト」として、深い智慧や作品の背景にあるストーリーを、週に1回、大切にお届けしていきます。
作品への想いや、日々の祈りを込めて。
これから、どうぞよろしくお願いいたします。 
祈りをカタチに。
精麻アーティスト長坂茉乎(まこ)

境内の御神馬様に奉納した注連縄です」
他、摂社末社精麻注連縄の奉納
三種の御神紋大麻守り

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