見出し画像

アマゾンでピラニアと泳ぐこと

記憶の底にある川
「そうだなあ。アマゾン川でピラニアと泳いだことかな」と、一瞬考えてからワンさんは言った。

ワンさんとは、ギニアのドラムワークショップで出会った。彼は台湾人で、歳は僕と同じくらい。ギニアで少しのあいだ、同じ部屋をシェアしていた。僕が体調を崩したときには、迷わず薬を分けてくれた。

聞くところによると、アンテナか何かの特許を持っていて、そのライセンス料だけで生活しているらしい。
「仕事の都合で2週間しかいられないんだ」と僕が言うと、彼はにこやかに、「私はもう、そういうしがらみからは解放されたんだ」と言った。今は、世界のあちこちを旅しているという。

そんな彼に、これまでで一番印象に残った旅を聞いてみた。その答えが、冒頭のひと言だった。

ピラニアと泳ぐなんて、そんな発想は持ったことなかったけれど、その瞬間、僕の頭の中で何かがカチリと音を立てた気がした。いつか、アマゾン川で泳ぐ。そんなあり得ないプランが、僕のスケジュール帳に書き込まれたのだった。

赤道を越えて
そして2015年の2月、僕はブラジルに向かった。日本からの直行便はなかったので、トロントを経由した。トロントは氷点下22度。空気が硬く凍っていて、多くの交通機関が麻痺していた。でもその10数時間後、僕は30度の湿った空気の中にいた。50度以上の気温差に、僕の身体は少し戸惑っていた。

アマゾンでは、川の上に浮かぶコテージを予約していた。オーナーがフェリー乗り場まで迎えに来てくれるというので、あらかじめ到着するフライト情報と待ち合わせの時間をメールでやり取りしておいた。

マナウスの空港からタクシーに乗って、フェリー乗り場へ向かう。窓の外には、日系の自動車会社の看板がぽつぽつと見えた。思っていたよりもずっと工業的な街だった。パラ州のマナウスはかつてゴム産業で栄えた場所だ。あのフランスの靴メーカー「パラブーツ」の名前は、パラ州の天然ゴムを使っていたことに由来すると聞いたことがある。けれど、今ではゴムの生産は東南アジア、マレーシアやインドネシアに移ってしまい、代わりにエンジンの音が街を支えているようだ。

約束のすれ違い
予定より30分ほど早くフェリー乗り場に着いた。特にすることもなかったので、フェリーに乗り降りする車をカメラに収めたりして時間を潰した。やがて約束の時間になり、僕はオーナーらしき人を探した。東洋人は僕だけだったから、向こうから見つけるのは簡単なはずだった。でも、誰も声をかけてこない。まあ、これが“ブラジル時間”というやつかもしれない。そう思ってしばらく待った。

しかし30分が過ぎても、誰もやって来ない。45分を過ぎたあたりから、心の中がザワザワし始めた。1時間が経ったときにようやく、これはもうただの遅刻じゃない、と悟った。そしてコテージに電話をかけることにした。

フェリー乗り場の片隅にあったタクシー会社に入り、お札を小銭に崩してもらった。古びた公衆電話からコテージの番号を回してみる。だが、受話器の向こうではアナウンスの声が流れるばかりで、何を言っているのか僕にはさっぱり分からなかった。

仕方なくタクシー会社に戻り、電話をかけたいんだということを、身振り手振りで伝えた。その中の1人がポケットからスマートフォンを取り出し、自分の携帯でかけてくれた。

数回のコールのあと、ようやくコテージのオーナーとつながった。電話の向こうで彼はあれこれと話していたけれど、要するに──たぶん予約のことをすっかり忘れていたんじゃないかと僕は思った。彼は慌てた様子で説明し、フェリーに乗ってどこどこの波止場で降りて、そこからタクシーで来てくれ、と言った。地名がいくつか聞こえたけれど、どれも僕には見当もつかなかった。

幸いなことに、電話を貸してくれた男性が、僕の代わりに受話器を取り、そこからの行き方を丁寧に紙に書いてくれた。さらに、親切にもフェリーの船員に、僕が降りるべき波止場を伝えてくれた。

こうして僕のアマゾンでの旅は、少しだけ予定と違う形で始まった。

地図のない道順
指定された波止場で降りると、そこにはほとんど何もなかった。あたりを見渡しても、目に入るのは簡素な売店が2軒あるだけだった。何台かのタクシーが停まっていたが、フェリーから降りた客たちと共に、次々と姿を消していった。僕は慌てて、残っていた一台に駆け寄り、ポケットから折りたたんだ紙を取り出して運転手に見せた。運転手は紙にさっと目を通すと、何も言わずにうなずいた。

車が発車してから数分後、あとから3人が乗り込んできた。どうやら運転手の家族のようだった。タクシーの仕事のついでに、家まで戻るというわけだ。車内ではずっとポルトガル語が飛び交っていた。僕はその横でただ黙って前方を見つめていた。言葉が分からないというのは、ときに安心でもある。そこに関わらなくていい、という余白をくれる。

道はところどころで、大きな穴が口を開けていた。車はそれを避けながらジグザグに走った。外は少しずつ薄暗くなりかけていていた。もし夜になったら、街灯もまばらなこの道を運転するのはかなり危険だろうと思った。

やがて車は止まり、小さなボート乗り場に着いた。何の看板もなかったが、そこが目的地らしかった。オーナーがボートのそばで待っていた。僕を見ると、小さく手を挙げた。それだけで、安心した。

川面に沈む光
オーナーの運転するボートに乗り、エンジン音を背にアマゾン川を進む。土と水と、湿った葉の匂いが混ざり合った川の空気は、どこか懐かしかった。思い出そうとしてもはっきりとは浮かんでこない、けれど確かに胸の奥に残っている——そんな記憶の断片に触れるような匂いだった。

ふと視線を上げると、浅瀬に一頭の馬が立っていた。濡れた足を水に浸したまま、じっとこちらを見つめている。背後には密度の濃いジャングルが広がり、その馬はまるで、どこか別の次元から偶然この世界に迷い込んできたように見えた。

ちょうど夕暮れ時だった。太陽がジャングルの向こう側にゆっくりと沈んでいった。空はオレンジ色から紫色へとゆっくりグラデーションを描き、その光が川面に反射していた。夕日は驚くほど静かで、そして信じられないくらいに美しかった。ボートの上の時間は、まるで世界から切り離されているような気がした。僕はただ、静かにその光景を眺めていた。

言葉を越えて
コテージに着くと、他に滞在していたゲストは全員ブラジル人だった。東洋人は僕ひとり。特に驚きはしなかった。そういう立ち位置には、わりと慣れている。問題は言葉だった。彼らのほとんどは英語を話さなかったし、僕もポルトガル語はからきしダメだった。だから自然と、ボディーランゲージでのやり取りが中心になった。笑顔を添えて、手振りや身振りで思いを伝えた。

僕が「会社の都合でアマゾンには短期間しか滞在できないんだ」と伝えると、一人の男性が目を丸くして「はるばる地球の裏側から来て、それだけ? もったいないね」と言った。

川に入る前
翌日はジャングルトレッキングに参加した。ゴムの採り方を実演してもらったり、黒い大きな蝶に遭遇したり、わりと有意義な時間を過ごすことができた。ただ僕の本当の目的は、アマゾン川で泳ぐことだった。

その夜、オーナーに恐る恐る尋ねた。

「水着を持ってきているんですけど……川で泳いでも、大丈夫でしょうか?」

オーナーはビール瓶の栓を抜きながら「ああ、大丈夫だよ」と何でもないことのように言った。たぶん、ブラジル人にとっては、アマゾン川はただの水たまりみたいなものなのかも知らない。

でも僕としては、確認せずにはいられなかった。

「ピラニアって、いますよね?」

「うん。まあ、生理中の女性とか、切り傷がある人は危ないけど、そうじゃなきゃ問題ないよ」とオーナーは、さらりと言った。

黒い川へ降りる
翌朝、僕は自分の体を一通りチェックして、切り傷がないことを確認し、水着に着替えた。コテージは川の上に浮かんでいて、川に降りるための小さな階段がついていた。僕はその階段をそろりと降り、水の中に足を入れてみた。特に異変はない。なので、思い切ってそのまま体を滑り込ませ、静かに泳いでみた。

アマゾン川の水は黒かった。透明度はほとんどゼロに近く、水の中に入った途端、自分の足先さえ見えなくなった。水はわずかにぬるっとしていて、肌にまとわりつく。水の感触は重く、川というよりも、液体でできた闇の中に漂っているような気がした。上を見上げると、だんだん空が明るくなってきて、遠くの空に鳥がゆっくりと横切っていった。

「これがアマゾンか」と思った。でも、どこか現実感がなかった。正直に言ってしまうと、あまり感動は湧いてこなかった。ワンさんが、あれほど強く心に残り、「一生忘れられない体験だった」と言っていたのに、僕にはそうでもなかった。

でも、それも仕方のないことだ。音楽の趣味が近いからといって、風景に対する感受性まで似ているとは限らない。もしかすると、アマゾン川にももっと美しい水泳スポットがあるのかもしれない。透明度の高い支流とか、太陽の光が差し込む浅瀬とか。でも、僕が泳いだのは、そういう場所じゃなかった。

僕はそっと階段をのぼり、タオルで体を拭いた。川は何事もなかったように、いつも通りの音で流れ続けていた。

思い出になる風景
飛行機の窓から外を眺めると、雲がいくつも、縦に裂けるようなかたちで浮かんでいた。そのずっと下を、アマゾン川が果てしなく蛇行しながら流れていた。アマゾン川で泳いだこと自体に、特別な感動があったわけじゃない。心が震えるような体験でもなかったし、何かが劇的に変わったわけでもない。

それでも──ここに来て良かったと、今ははっきりと思う。

フェリー乗り場で親切な人に出会えたこと。あの美しい夕日を眺めることが出来たこと。そして何よりギニアで一緒に太鼓を叩いたワンさんと、時を超えて、同じ川で泳ぐことが出来たのだから。

いいなと思ったら応援しよう!