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スウェディッシュ・デスメタル:二大サウンドの軌跡とメロデスの誕生

歴史と起源 – 北欧に芽生えたデスメタル革命

1980年代後半、デスメタルという新たなジャンルがアメリカ・フロリダで胎動していたが、その震撼はやがて北欧の地にも伝播した。「スウェーデンではデスメタルはストックホルムで始まった」とAt The Gatesの元ギタリストAnders Björlerも語る通り、スウェーデンにおけるデスメタルの幕開けは首都ストックホルムから始まった。彼の言葉どおり、1980年代末からストックホルムに集った若きメタルヘッズたちがアメリカ地下シーンの影響を受けつつも独自の音を模索し、やがて世界に冠たる「スウェディッシュ・デスメタル」が誕生したのである。
ストックホルムではNihilist(後のEntombed)、Dismember、Grave、Unleashedといったバンドが次々とデモテープを録音し始め、アンダーグラウンドを通じてその名を広めていった。彼らは米国のDeathやMorbid Angel、英国のNapalm Deathなどに影響を受けつつも、身近なハードコア・パンクやMotörhead的なロックンロールの反骨精神を注入した荒々しい音楽性を打ち立てた。1990年、Entombedがデビュー・アルバム「Left Hand Path」をリリースすると、それはスウェーデン初の本格的デスメタル作品となり、「エントゥームド・サウンド」と称される伝説的なギター轟音を世界に示した。翌1991年にはDismemberの「Like An Everflowing Stream」やGraveの「Into The Grave」など同郷の強力なデビュー盤が相次いで世に放たれ、いずれも「初期90年代スウェーデン・デスメタル・シーンの最重要作品」として語り継がれることになる。
一方、ストックホルムから数年遅れてスウェーデン西海岸の港町ヨーテボリでも新たなムーブメントが胎動していた。1989年前後からAt The GatesやDark Tranquillity、In Flamesらが活動を開始し、こちらは初期フロリダ系デスメタルに加えて伝統的ヘヴィメタルの旋律美に影響を受けたスタイルを発展させてゆく。いわゆる「ヨーテボリ・サウンド(Gothenburg Sound)」、メロディック・デスメタルの誕生である。ストックホルムの陰鬱な轟音に対し、ヨーテボリ勢は哀愁に満ちたギター・ハーモニーやドラマ性を楽曲に持ち込み、デスメタルの新境地を切り開いたのだ。こうして90年代半ばまでにスウェーデンは「原初のストックホルム・スタイル」と「叙情のヨーテボリ・スタイル」という二つの様式が併存する、世界有数のデスメタル大国となった。

ストックホルム・スタイル:漆黒の轟音と原始的衝撃


ストックホルムから発信されたサウンドは、とにかくヘヴィでダーティだ。ギターは弦を極限までダウンチューニングし、伝説的なBOSSのHM-2 Heavy Metalペダルを最大出力で駆動することで生まれる狂気の「チェーンソー・サウンド」がトレードマークとなった。Tomas Skogsberg率いるSunlight Studioで確立されたこのギター音は「まるで巨大なトラックが突進してくるようだ」と形容され、あまりの凶暴さに“Buzzsaw”(刃物のような音)とも呼ばれる。リフはシンプルだが耳を裂くほど分厚く、曲全体に不吉な雰囲気と汚泥のような質感を与えている。
リズム面でもストックホルム・スタイルは独特の泥臭さを放つ。ドラマーはブラストビート一辺倒には陥らず、しばしばDビート的な疾走リズムや重くうねるミッドテンポのグルーヴを叩き出す。これはEntombedの中心人物Nicke Anderssonがパンク/ハードコア出身であったことも影響しており、過度なテクニカル志向よりも「シンプルさこそがスウェディッシュの流儀」とされたためだ。実際、米国勢が次第に技巧へ走ったのに対し、スウェーデン勢はあえて直球勝負の原始的衝撃に磨きをかけ、その揺るぎないスタイルを確立したと言える。
この荒涼たるストックホルム・サウンドを牽引した代表的バンドにも改めて触れておこう。まずEntombed。前身のNihilist時代からシーン草創期を支えた彼らは、1990年のデビュー作「Left Hand Path」でシーンの礎を築いた功労者だ。表題曲「Left Hand Path」に轟く不気味なリフと咆哮は、スウェーデンのみならず世界中のアンダーグラウンドに衝撃を与え、無数のフォロワーに影響を与えた。続く「Clandestine」(1991)ではテクニックと楽曲の完成度を高め、さらに「Wolverine Blues」(1993)では図太いロックンロール的グルーヴを導入してデス・エン・ロールへと進化を遂げた。この頃には音作りも洗練され始めたが、それでもHM-2ペダルだけは頑なに使い続けたという。「HM-2サウンドは我々のアイデンティティそのものだ」とはEntombedと同郷のDismemberのギタリスト、David Blomqvistの言葉である。

Entombed - Left Hand Path

Entombedと並ぶもう一つの支柱がDismemberだ。彼らの1991年作「Like An Everflowing Stream」もまた、スウェディッシュ・デスの教科書とも呼ぶべき大名盤である。冒頭曲「Override of the Overture」のおぞましくもうねるオープニング・リフは、世界中の若きギタリスト達に「あの轟音の秘密は何だ?」と衝撃を与え、結果として「1000個のHM-2ペダルを売ったリフ」とも揶揄されるほどシーンに影響を与えた。Skogsbergの手によって極限まで研ぎ澄まされたギター・サウンドは、ときにスウェディッシュ・デスメタルの理想形とも称えられる純度を誇る。皮肉にも本作のリードギターの多くはEntombedのNicke Anderssonがゲスト参加して弾いており、そのせいか僅かに叙情フレーズが紛れ込んでいる点も興味深い。

Dismember - Override of the Overture

さらにGraveも忘れてはならない存在だ。彼らのデビュー盤「Into The Grave」(1991)は、「スウェディッシュ・デスメタルの全ての鍵となる要素を詰め込んだ作品」と評される。凍てついた墓場の空気感を漂わせるギター・トーン、容赦なく首を振らせるリズム、そしてOla Lindgrenの獰猛なデスボイス――ストックホルム産デスメタルの醍醐味をこれでもかと叩きつけてくるアルバムだ。DismemberやEntombedに比べると語られる機会は少ないものの、本作があってこそシーン全体の層が厚みを増したと言えるだろう。

Grave - Into The Grave

また、同じく「ストックホルム四天王」に数えられるUnleashedは、上記Graveから別れたJohnny Hedlund率いるバンドで、デビュー作「Where No Life Dwells」(1991)で原始的な暴虐サウンドとヴァイキング神話的テーマを打ち出しシーンに個性を加えた。
このようにストックホルム勢は90年代初頭に一気に開花し、その後も一貫して己のスタイルを貫いた。彼らが築いた轟音のフォーミュラは後続の無数のデスメタル・バンドに受け継がれ、2000年代以降にはBloodbathやEntrailsといった「スウェディッシュ・デス回帰」バンドが登場するなど、その影響は現在に至るまで色褪せていない。

Unleashed - Before the Creation of Time


ヨーテボリ・スタイル:叙情が紡ぐメロディの濁流


ストックホルムとは対照的に、ヨーテボリから芽生えたシーンはメロディへの拘りを持ち味としていた。At The Gates、In Flames、Dark Tranquillityという3つの若きバンドを中心に育まれたこのシーンは、従来のデスメタルに伝統ヘヴィメタル由来の旋律美を融合させた点で革命的だった。同じスウェーデンのデスでもこちらは「ギターが唄う」とでも形容したくなるようなサウンドだ。鋭利なリフの応酬の合間にツインリードによる叙情フレーズが折り重なり、楽曲は劇的な起伏に富む。またボーカル・スタイルにも変化が見られ、低音のデスボイス主体だったストックホルム勢に比べ、ヨーテボリ勢は高音寄りの絶叫シャウトを用いることが多かった。At The GatesのTomas Lindbergの鬼気迫るハイトーン・スクリームしかり、Dark TranquillityのMikael Stanneの深みのある咆哮とクリーンな語りを織り交ぜた表現しかり、各バンドが個性豊かなボーカルアプローチで楽曲に彩りを添えている(In Flamesも初期はシャウト主体、後にクリーン唱法を導入)。リズムもツーバスで怒涛の疾走感を保ちつつ、曲展開に合わせて緩急を巧みにコントロールしドラマ性を演出している。
ヨーテボリ勢のサウンドが形成された背景には、彼らが敬愛するルーツの存在がある。The HauntedのギタリストであるPatrik Jensenは当時のシーンを振り返り、「ヨーテボリではIron Maidenが絶対的な存在で、皆がIron Maidenに心酔していた。だから自然と、こちらのデスメタルはメロディアスでツインギターハーモニーの応酬を備えたものになったんだ」と証言している。その言葉どおり、彼らの音楽にはIron Maiden直系とも言える哀愁のハーモニーやギターソロが随所に顔を出す。それでいて土台にあるデスメタルの攻撃性は失われておらず、むしろメロディとの対比によって凄みを増すという絶妙なバランスが取られていた。このスタイルはやがて「メロディック・デスメタル」と呼称され、スウェーデン第二の都市ヨーテボリの名を冠して世界中に知れ渡ることとなる。
At The Gatesは、そんなヨーテボリ・サウンドを語る上で欠かせないバンドだ。結成当初の彼らはバイオリンの導入など実験精神旺盛な異色のデスメタルをプレイしていたが、1995年の傑作「Slaughter of the Soul」で一気にスタイルを確立した。同アルバムはメロディック・デスメタルの金字塔とまで称される完成度を誇り、冒頭から終幕まで怒涛のキラー・チューンが揃っている。疾走するリフとキャッチーなメロディの融合、凝縮された楽曲構成、美しい叙情フレーズと容赦ない咆哮のコントラスト――どれを取っても斬新だった。特に表題曲「Slaughter of the Soul」の破壊力と哀愁を兼ね備えたサウンドは当時センセーショナルで、リリース後、At The Gatesは突如シーンの頂点に君臨する。しかし「あまりに完璧すぎた」がゆえに彼らはこのアルバムを最後に解散の道を選び、結果的に伝説を不動のものとした(※2014年に再結成)。彼らの影響力は計り知れず、解散後も世界中の若いバンドがこぞってこの音を模倣し、2000年代のアメリカで興隆したメタルコア勢にもAt The Gates直系のリフが炸裂している。

At The Gates - Slaughter of the Soul

In Flamesは、また異なる角度からヨーテボリ・スタイルを押し広げた功労者だ。結成当初はDark Tranquillityのメンバーとの人的交流もあった彼らだが、1994年の1st「Lunar Strain」発表後に本格的なバンド体制となり、続く「The Jester Race」(1996)でシーンを代表する存在となった。美しく哀愁漂うツインリードの旋律と北欧的なフォーク・テイストを織り交ぜたこのアルバムは、メロディック・デスの可能性を大きく拡げたと評価されている。例えば「Moonshield」や「Artifacts of the Black Rain」といった名曲群では、クリーンギターのアルペジオやアコースティック・パートさえ織り込まれ、従来のデスメタル像を塗り替える叙情的な世界観を提示した。ボーカルのAnders Fridénも当時は荒々しいシャウト一辺倒だったが、その後の「Whoracle」(1997)や「Clayman」(2000)辺りではクリーンボーカルを導入し始め、バンドはより広いメタル層にアピールする存在へと成長していく。初期In Flamesの功績は、デスメタルにメロディの洪水を違和感なく融合できることを証明した点にあり、彼らもまたAt The Gatesと並んで後続への影響は絶大だ。
In Flames - The Jester Race

Dark Tranquillityは、ヨーテボリ勢の中でも最も早くから活動を始めたバンドの一つ(1989年結成)であり、確かな存在感でシーンを支えてきた。彼らの転機は何と言っても2ndアルバムの「The Gallery」(1995)だろう。疾走感と叙情美が高次元で調和した本作は、「Gothenburgメタル・シーンの成熟を示す最初の古典的名盤」とも評され、メロデスというジャンルが完全に開花したことを世に示した。Mikael Stanneがボーカルを担当した初のアルバムでもあり、深みのあるグロウルと繊細なクリーン語りを交えた彼の表現力が楽曲に独特の陰影を与えている。「Punish My Heaven」や「Lethe」に代表されるように、ギターは泣きのメロディを紡ぎつつも攻撃性を失わず、鍵盤の幽玄な装飾も相まって、暗く美しい世界観を構築した。本作以降、彼らは「Projector」(1999)や「Damage Done」(2002)などコンスタントに良作を発表し続け、シーンの中核として君臨する。

Dark Tranquillity - Punish My Heaven

ヨーテボリ陣営の隆盛に続き、後続としてArch EnemyやSoilworkなども登場し、スウェーデンは名実ともに「メロディック・デスメタルの聖地」となっていく。90年代後半から2000年代にかけて、スウェーデン発のメロディック・デスメタルは全世界に伝播し、国境を超えて多くのバンドがその手法を取り入れた。とりわけAt The GatesやIn Flamesの与えた影響は絶大で、北米のメタルシーンでは「At The Gates崇拝」という言葉が生まれたほどだ。それまでデスメタルを聴かなかった層にもメロデスによって門戸を開いた功績は大きく、ヘヴィメタル全体に新風を巻き起こしたと言えるだろう。


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