時事落語:ドパガキ
第一場:八五郎の来訪と「ドパガキ」の症例提示
長屋の戸がけたたましい音を立てて開き、八五郎が転がり込んでくる。その目は血走り、手には光る板――スマートフォンが握られたままである。
八五郎は座布団に腰を下ろすや否や、親指で画面を弾く動作を止めようとしない。
隠居は静かに茶をすすりながら、呆れたように声をかける。
「なんだ八公、また飛び込んできやがって。お前さん、さっきからその小さな板切れを親指でこすり続けているが、一体何を探しているんだい。火打ち石ならもっと勢いよくやらなきゃ火は出ないぜ」
八五郎は顔を上げずに答える。
「火を起こしてるんじゃねえんです、隠居。あっしにも自分が何を探してるのか分からねえんですよ。ただ、スマホでショート動画をずっと見てしまったり、通知が来ていないのにSNSをジーッと何度も確認したりしちまうでい。ほんの数秒でも手持ち無沙汰になると、何かしら頭の中に刺激を入れねえと、嗚呼、居ても立っても居られねえんです!」
「ほう、手持ち無沙汰が耐えられないと」
「ええ。最近じゃあ、あっしみたいな人間のことをネットで『ドパガキ』って呼ぶらしいですねえ。「ドーパミン中毒のガキ」の略だそうです。ショート動画を無心で見続けたり、ゲームのガチャやらレアなキャラクター集めに没頭したりする連中を指すスラングらしいんですがね」。
隠居は頷きながら解説を始める。
「なるほど、『ドパガキ』か。あるいは『アドレナリン中毒のガキ』を略して『アドガキ』なんて言い方もあるな。大人の場合は『ドパ中』や『ドパおじ』とも呼ばれているそうだ」。
「ええ、あっしはいい年こいてドパガキです。元々は2024年の終わり頃、X(旧Twitter)でMrs. GREEN APPLEの『ライラック』って曲について『自分はドパガキだから、刺激の強い曲じゃないと聴けない』と自虐的に投稿されたのがバズって広まった言葉らしいんですがね」。
「だが八公、それは正式な医学用語でも心理学用語でもない。ネット上で生まれた俗称であり、行動傾向を表した一種の揶揄や蔑称に過ぎないんだ」。
「病名じゃないからって安心できねえんですよ。あっしは単純なスマホ依存だと思ってたんですが、どうやら様子がおかしい。スマホを触ってない数秒の『次は何が起きるか分からない時間』が、とてつもなく恐ろしくて嫌で嫌で仕方ないんです」
第二場:強化学習の罠とアルゴリズムの搾取
隠居は湯呑みを置き、真剣な眼差しで八五郎のスマートフォンを指差す。 「お前さんが恐れているのは至極当然のことだ。そもそも『ドーパミン』という脳内物質の正体を、お前さんは単なる『快楽を出す物質』だと勘違いしていないか?」。
「違うんですかい? 楽しいからドバドバ出てるんでしょう?」
「そこが落とし穴さ。ドーパミンは何かを達成した瞬間よりも、『これから何か良いことが起きそうだ』と期待している時に最も強く働く神経伝達物質なんだよ。報酬への期待や学習に関わっている」。
「期待、ですか」
「そうだ。脳科学的に言えば、お前さんが動画をスワイプするたびに、次にどんな動画が出てくるか分からない。毎回大当たりではないが、たまに『これ面白すぎ!』という大当たりが出る。この『予想より良かった』あるいは『悪かった』という落差、つまり『報酬予測誤差』に似た形でドーパミン神経が反応するんだ」。
八五郎は目を丸くして自分の親指を見つめる。
「じゃあ、あっしがこの画面を弾いてるのは……」
「そうさ。ドーパミンが出ると、脳の中では『強化学習』が起こる。ドーパミンが出る前にやっていた行動、つまり画面をスクロールする行動が強化され、『もっとやりたい』というドーパミン優先の状態になるんだ」。
「恐ろしい仕組みだ! だからあっしは、自分から何も生み出さなくても、画面の向こうから勝手に出来事が供給されるのを待ち続けちまうのか!」
「その通り。総務省のデータなどを紐解くまでもなく、現代は『ショート動画』『通知』『推し活』『スマホ常時化』という四つの構造が重なり合っている。この予測と報酬のサイクルが高頻度で回るように、SNSのプラットフォーム側が意図的に設計しているんだよ。『ドパガキ』という現象は、脳科学的にも極めて理にかなった状態と言える」。
八五郎は頭を抱え込む。
「退屈を潰しているつもりだったのに、実はあっしの方がアルゴリズムに潰されてたってわけですか。これじゃあ、この先どうなるか分からないまま待つってことを、どんどん生活から追い出してるようなもんじゃねえですか」
第三場:物理的隔離の限界と「待てない」病
八五郎は意を決したように立ち上がる。
「分かりやした! ならば話は簡単だ。こんな板切れがあるからいけねえんだ。ドパガキ対策として、こいつを遠ざければいい。隠居、その茶箱の中にこのスマホを封印してくだせえ!」
八五郎はスマートフォンを木箱に投げ込み、蓋を閉めた。そして誇らしげに腕を組んで座り直す。
「どうです! これで触る回数は減らせる。あっしはもう自由だ!」
しかし、三分も経過しないうちに八五郎の様子がおかしくなる。貧乏ゆすりが始まり、やたらと周囲をキョロキョロと見回し、爪を噛み、急に立ち上がって障子の穴を数え始める。
「い、隠居……駄目だ。スマホがないと落ち着かねえ。次に何かが起きていないと、心がザワザワして、別の刺激を探しちまう! なんであっしは、何にも起きていない時間を自己完結できねえんだ!」
隠居は静かに息を吐く。
「ほら見ろ。いわゆる『ドーパミンデトックス』のように、すべての刺激を長期間断つような荒療治は、根本的な解決にはならないんだ」。
「スマホを箱に入れただけじゃ駄目なんですかい?」
「お前さんに必要なのは、刺激を禁止することじゃない。問題の本質は、お前さんの『集中力』が切れていることではなく、『不確実さへの耐性』が完全に失われていることにあるんだからな」。
「不確実さへの耐性……?」
「そうだ。考えてもみろ八公。何でも早く分かる時代になり、検索すればすぐ答えが出ることに我々はもう慣れきってしまった。だがな、人生でしんどいことの多くは、『結果が悪いこと』よりも、『結果がまだ分からないこと』なんだよ」
八五郎はピタリと貧乏ゆすりを止める。
「結果が分からないこと、ですか」
「ああ。自分が選んだ仕事の道が正しいのか分からない時期、新しい挑戦がうまくいくか分からない時期。あるいは、惚れたあの娘が自分のことをどう思っているか分からない時期。こうした未来や人間関係の結果は、どれだけ検索しても絶対に出てこない。その場ですぐに答えを出してくれるものなんてないんだ」
「確かに……そこだけは相変わらず、どう転ぶか分からない状態のまま、ある程度の時間を過ごして待つしかねえですね」
「ところがだ。日常の数秒単位で『分からない時間』を消す癖がついているドパガキの状態だと、この人生における重大な『待ち時間』に耐えられなくなってしまう。すぐに白黒つけようとして自滅するか、不安に耐えきれずに放り出してしまう。それが一番恐ろしい病なのさ」
第四場:ネガティブ・ケイパビリティの処方箋
八五郎はすっかり肩を落としてしまう。
「隠居の言う通りだ。あっしは数秒の空白にも耐えられねえ。これじゃあ、人生の大きな不確実性になんて、とてもじゃないが耐えられねえ。どうすりゃいいんですかい?」
隠居は姿勢を正し、一つの言葉を口にする。
「『ネガティブ・ケイパビリティ(Negative Capability)』という言葉を知っているか?」。
「ネガティブ? なんだか後ろ向きで嫌な言葉ですね」
「いや、そうじゃない。これは19世紀のイギリスの詩人、ジョン・キーツが提唱した概念でな。『どうにも答えの出ない、どうにも対処しようのない事態に耐える能力』のことだ。事実や理由をせっかちに求めず、不確実さや不思議さ、懐疑の中に居続ける力のことだよ」。
「答えの出ない事態に耐える力……まさに今のあっしに足りねえもんです」
「日本では、精神科医の帚木蓬生(筆名・森山成彬)という先生が『ネガティブ・ケイパビリティ-答えの出ない事態に耐える力-』という本で紹介して、医療や教育、ビジネスの現場でも大いに注目されているんだ」。
八五郎は首を傾げる。
「でも隠居、世の中じゃあ『問題を素早く見つけ出して、分析して、パパッと解決策を出す力』が持て囃されてるじゃねえですか。仕事ができる奴ってのは、そういうもんでしょう?」
「それは『ポジティブ・ケイパビリティ(問題解決能力)』と呼ばれるものだ」と隠居は説く。
「もちろんそれも重要だ。だが、現代のように『VUCA』――つまり変動的(Volatile)で、不確実(Uncertain)で、複雑(Complex)で、曖昧(Ambiguous)な時代においては、ポジティブ・ケイパビリティだけでは太刀打ちできない事態が次々と起こる」。
「どういうことです?」
「例えば、お前さんがおかみさんから『最近、人間関係で悩んでいて…』と相談されたとしよう。お前さんはすぐさま『じゃあこうすれば解決するだろ! なんでやらないんだ!』と答えを出そうとするだろう?」
「ええ、手っ取り早く解決してやらあ」
「だから夫婦喧嘩になるんだよ」と隠居は笑う。
「本当に賢い旦那というのは、『そうか、それは難しい問題だな。もう少し教えてくれるか?』と、簡単には解決せず、問題を解決しないまま抱えておく力を持っている。共に悩み、考えていく力だ。優れたカウンセラーも同じで、分からないことを分からないまま抱え、その状況に取り組む姿勢を持っているんだ」。
「なるほど……無理に解決しないことが能力になるなんて、考えたこともなかった」
「八公、お前さんはミステリー小説や怪談が好きだろう? もし語り手が最初に『犯人は長屋の熊さんです』と答えを言っちまったらどうだ?」。
「そんなもん、興醒めで聞いちゃいられねえ!」
「だろう? 犯人が誰か分からないまま、イライラせずに展開を注意深く追っていく。それができるのは、お前さんの中にも小さなネガティブ・ケイパビリティが備わっている証拠さ。不確実性を排除して、脳を心地よい状態に保とうと拙速に判断すると、投資やビジネスでも誤った答えを作り出してしまうことが多いんだよ」。
第五場:日常における不確実性耐性の鍛錬法
八五郎は目を輝かせる。
「隠居! あっしにもその『ネガティブ・ケイパビリティ』の種があるなら、それを育ててえ! 不確実性に強い男になりてえんです。どうすりゃ鍛えられますかい?」
隠居は指を折りながら具体的な実践法を語り始める。
「いい心がけだ。この力は生まれつきの才能じゃない。勇気と経験と日々の練習次第で、筋肉のように鍛えられるんだよ」。
「おお、筋トレみたいなもんで!」
「まず第一に、『分からない』という状況や自分の不安を受け入れる練習だ。マインドフルネスの呼吸法などを使い、不安やモヤモヤを感じた時にすぐスマホに逃げるのではなく、『なぜ自分は今焦っているのか?』と自分に問いかける。これを内省による『カタルシス効果』という。不安の正体が言語化できれば、感情に飲み込まれずに済む」。
「なるほど、焦ったらまず深呼吸して、自分を実況中継するわけですね」
「第二に、あえて情報過多の状況から距離を置くこと。先ほどお前さんがやったように、一定時間スマホを手放す『デジタルデトックス』だ。ただし、焦って別の刺激を探すのではなく、『分からない状態』に自分を置いてみる。週に一度でもノーデジタルデーを作れば、自分の頭でじっくり考える余白が生まれる」。
「夜寝る前にベッドにスマホを持ち込まないってのもルールにすりゃいいですね。一度見ちまったからって『今日は全部失敗だ』と自分を責めず、明日また戻れるルールを作ればいい」。
「その通り。そして第三に、未知の環境に身を置くことだ。普段行かない街を歩いてみる、新しい趣味の教室に行ってみる。そうやって自分のコンフォートゾーン(安心できる領域)の外に踏み出し、小さなリスクを取って『未知への恐怖心』を和らげる訓練をするんだ。これを繰り返せば、不確実な状況が『面白い挑戦』に変わってくる」。
八五郎は力強く頷く。
「やれることから少しずつやってみる。完璧な正解が見えなくても、不確実なままでも形にして動いてみる。そうやって振り返ってみて初めて『耐えられるようになっていた』と気づくもんなんですね」。
「いいことを言うじゃないか。不確実性をなくそうとしても、世の中から不確実性はなくならない。だから、コントロールができないことに焦点をあてず、変えられないものは受け入れる。アメリカの神学者ラインホルド・ニーバーの『平安の祈り』にも通じる、落ち着きを持った姿勢だね」。
結論(サゲ):空白を待つ者のみが得る豊饒
隠居の長い解説が終わり、長屋には穏やかな静寂が訪れていた。
先ほどまで狂ったように貧乏ゆすりをし、スマートフォンを探し求めていた八五郎の姿はない。彼はただ縁側に座り、開け放たれた戸から見える流れていく雲を、ぼんやりと、しかし確かな眼差しで眺めている。
隠居が声をかける。
「どうだ八公。まだ、あの茶箱の中の板切れが恋しいか?」
八五郎は穏やかな顔で振り返る。
「不思議なもんでさぁ、隠居。最初は次に何が起きるか分からなくて居心地が悪かったんですが、こうしてじっと待っていると、風の音やら、雲の形やら、今まで見えなかったものが色々と見えてきやした。何でも早く分かる時代だからこそ、こうやって『分からないまま過ごす能力』の価値が上がってるってことが、肌で分かりやしたよ」
隠居は満足げに頷き、茶碗を置く。
「そうだろう。人生には、退屈だからと手元の刺激で埋めていい空白と、埋めずにじっと待たないと見えないものがある。すぐに答えを出さず、謎を謎として興味を抱いたまま、宙ぶらりんの状態を耐え抜く。その先にこそ、発展的な深い理解と、豊かな人生が待ち受けているのだからな」。
「ええ、合点がいきやした。これからは、すぐに答えを求めず、じっくりと腰を据えて待つことにしやす。……ところで隠居、あっしがさっきからずっと待ってるんですが、次のお茶菓子はいつ出てくるんでしょうか?」
隠居は苦笑いしながら扇子で膝を叩く。
「おやおや、お前のその卑しい胃袋の不確実性だけは、どうにも耐えきれそうにないな」
お後がよろしいようで。
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