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リバイバルブームにおけるウルトラとライダーのアプローチの違いを考える

1979年という表記を見ると、世代人でもないのになぜかときめいてしまう。

日本のサブカル界的トピックで言えば、機動戦士ガンダムが始まった年であり、今へ続くスーパー戦隊のフォーマットの誕生であるバトルフィーバーJが始まった年であり、そしてなによりウルトラマンと仮面ライダーが揃ってTVシリーズとして復活した年でもあるからだ。

そこで今回は、80年代という新たな時代に先鞭をつけたザ☆ウルトラマン(1979)ウルトラマン80(1980)
そして仮面ライダー(1979)※以下スカイライダー仮面ライダースーパー1(1980)という、時代の要請によりほぼ同時に復活しながらも、長期のシリーズ化には至らなかったという興味深い共通点を持つこれらの作品たちを比較・検証してみたいと思う。


2大ヒーロー復活前夜

ウルトラマンと仮面ライダー。
この両シリーズが1979年に揃って復活した経緯には似たものがある。
ウルトラマンレオ(1974)が遡ること1975年3月に終了し、そこを追いかけるように仮面ライダーストロンガー(1975)も同年の年末に終了。
これをもって、奇しくも同時期である1971年4月から続いていた第2期ウルトラシリーズと第1期仮面ライダーシリーズは休止期間に入るのだ。
両シリーズが終わりを迎えた原因は多岐に渡る諸事情があるのでここでは割愛するが、ロボットアニメの隆盛による子供たちの嗜好の変化等が一般的にはよく挙げられている。

そして、そこから1979年までの概ね5年間の休止期間に、どのような動きが両シリーズ内であったかというと・・・
まずウルトラマンは、児童層に向けて1977年頃から活発に初代ウルトラマン(1966)ウルトラセブン(1967)を含めたウルトラ兄弟の特集記事や採録漫画などが児童向け雑誌を賑わせていた。
そこに加えて再放送なども併せて行うことで、着実に子供たちの中での存在感を増しつつあった。

78年のウルトラセブン再放送は平均10%の高い視聴率を誇った。

同時に、かつてシリーズを視聴していた青年層に向けても、サブカル誌などでウルトラシリーズを再評価する記事(主にウルトラQからセブンまで)が掲載されたり、現在の大人向けムック本の萌芽のようなマニアックな特集本なども発売されていた。

仮面ライダーもほぼ似たような経緯をたどり、児童誌での7人ライダーの特集記事の好感触や全国各地のヒーローショーに於ける仮面ライダーの変わらぬ人気、ティーンエイジャーになったかつてのファンの存在などが、やがて大きなうねりとなって円谷プロや東映にシリーズの復活を決断させたのだった。

NG版スカイライダー

合言葉は原点回帰

ザ☆ウルトラマンの主人公であるウルトラマンJ(ジョーニアス)とスカイライダーを見比べて頂ければお判りになるだろうが、両者は揃って初代ウルトラマンと仮面ライダー1号の直系のデザインである。
黒く塗りつぶしてシルエットにしてしまえばそれは一目瞭然で、デザインの基本線に原点回帰の意志があったことが伺える。
シリーズが進むにつれ、前作との差別化や勢揃いした場合での浮き具合等の観点から、世間に溢れるあらゆるフランチャイズの主人公はデザインが複雑化していく傾向にある。

面白いことに、どのフランチャイズでも必ず一定のタイミングでこの流れにストップがかかるのだ。
具体的には一度中断していたシリーズが再起動した場合や、〇〇周年等のアニバーサリーイヤーで懐古的な需要を狙いたい時。
あるいは、あまりに工業的にシリーズが連発され過ぎた後に、離れた常連客を取り戻したい時等々・・・
ジョーニアスとスカイライダーはこの場合だと一つ目の理由になるのだろう。

しかし両者とも新機軸がまったくないわけではない。
ジョーニアスはウルトラマンレオで試みられた鼻というディティールを初代マンに付与し、併せて目もセブン的な鋭角で切れ長のものにすることで今までにない表情を与えることに成功している。

ロボット的な唇の処理含め、唯一無二の存在感がある。

スカイライダーもモチーフはバッタ・イナゴと諸説あるが、1号ライダーを踏襲しつつも、造形技術の進歩によるマスクの小型化と後の萬画版Blackに繋がるような後頭部の昆虫的処理や、仮面ライダーの肝たる変身ベルトも1号ライダーを基にしながらも、よりメカニカルなアレンジがなされておりロボットアニメ的なセンスも感じるし、両脇の重力低減装置のレバー等も未来的な印象を持たせることに成功している。
後のスタンダードになるような造形処理や、時代に合わせた変更がバランス良く纏まった精悍なヒーローに仕上がっているのではないだろうか。

石ノ森章太郎氏もお気に入りのデザインのひとつであったという。

こうした変遷の背景には、シリーズ1作目の栄光よもう一度!といった願掛けに近いものも多分にあるのだろうが、やはり初代ウルトラマンと仮面ライダー1号のデザインこそが本家本元なのだという強い意志を、制作側と成長したファン側もある程度共有していたからこその帰結ではないだろうか。

80年代の扉を叩く者たち

ザ☆ウルトラマンとスカイライダーは、それぞれ1979年という復活元年を担ったが、そこで終わらず次の1980年へとシリーズは継承されていく。     すなわち、ウルトラマン80と仮面ライダースーパー1である。
両作品には「80年代を切り拓く」という共通した意欲が色濃く反映されている。

ザ☆ウルトラマンが“テレビアニメ”という新しい表現形式でシリーズ再起を試みたのに対し、ウルトラマン80は再び実写に戻りウルトラマン=実写特撮という本筋へ回帰する決断を下した。
満を持しての実写特撮ということもあってか、今では実現が難しいであろうハイカロリーな映像が目白押しの豪華なヴィジュアルを作り上げており、円谷特撮ここにありと言わんばかりの矜持を感じさせられる。                                    さらに中学校の教師という異色の主人公像を設定することで、児童視聴者と日常的に接点を持つヒーローを描こうというチャレンジも見逃せない。

ジョーニアスに続き、80もまた初代マンと同じシルエットを持つデザイン。

一方、スカイライダーは「空を飛ぶ」という分かりやすいアイデンティティを得つつも、シリーズ半ばでその特徴は事実上放棄され、1号からストロンガーまでの先輩ライダーが次々と客演する、“7人ライダーの同窓会”的な盛り上がりを見せた。
これは復活の熱気を維持する一方で、過去の遺産に頼らざるを得なかった側面も否めない。

そこで1980年に送り出されたのが、翌81年に運用が開始されるNASAのスペースシャトルや、スターウォーズ(1977)から続くSF映画ブームを取り入れた、宇宙志向の仮面ライダースーパー1だった。
スーパー1の惑星開発計画のために人類の手によって生まれた改造人間という設定や、ファイブハンドといった明確なギミック性は“80年代の科学技術の夢”を体現したような存在だ。
つまりスーパー1は、ウルトラマン80の教師設定という、どちらかと言えば作劇にかかわる新機軸とは違い、原点回帰からさらに一歩進めた未来的な設定と能力の多様性によって新時代を切り拓こうとしたのである。
これは、後の両シリーズの変化の軌跡を先取りしているかのような対照的な歩みと言えないだろうか。
具体的には、やや保守的で変化が緩やかなウルトラマンと、その時々の流行を大胆に取り入れる仮面ライダー・・・といった具合である。

拳法×メカニックというジャンルミックス的な要素も多分にある作品。

継続できなかった理由

興味深いのは、こうして復活と新機軸を同時に試みながらも、両作ともに長期シリーズ化には至らなかった点だ。
ウルトラマン80は1年で終了、スーパー1も約1年ほどで幕を閉じた。※1

その理由は多岐に渡る。
特撮に限って言えば、同時期に放送していた電子戦隊デンジマン(1980)の存在は無視できないだろう。
デンジマンは等身大ヒーロー+ロボットアニメという、スーパー戦隊の様式を完全に定着させ、シリーズ継続を決定づけた作品だった。
この、より煌びやかで派手な戦隊ヒーローの活躍は、単独ヒーローを地味に感じさせ子供たちの興味を結果的に散らすことになってしまったかもしれない。

では、単独ヒーローだから駄目だったのかと聞かれれば、そうではない。
東映はスーパー1終了の翌年、宇宙路線をさらに突き詰めたオリジナルヒーロー宇宙刑事ギャバン(1982)を生み出すことになるからだ。※2

ロボットアニメ的文脈を特撮ヒーローに落とし込んだ傑作デザイン。

悪い言い方をすれば、昭和ライダーの延長線上であるジャージを着たヒーローであったスーパー1の翌年とは俄かには信じられないほどに洗練された銀色のヒーローの登場に子供たちは喝采を送り、結果はもちろん大成功。
メタルヒーローとしてシリーズ化される礎を築いた。

80年代という時代の空気をうまくつかんだ新ヒーローの登場により、ウルトラマンと仮面ライダーは一時的に彼らに道を譲った・・・という表現が正しいのかもしれない。

まとめ

こうして見ていくと、ザ☆ウルトラマン/ウルトラマン80と、スカイライダー/スーパー1は、いずれも原点回帰からプラスアルファへというステップを歩んでいたことが分かる。
しかし、社会全体の大きな波や、競合ヒーロー、ロボットアニメ、ゲーム等々の子供文化の変化に押され長期的な定着に至らなかった。

だが、その試みの数々は決して無駄ではなかった。
ウルトラマン80の「教師ヒーロー」という設定は、平成・令和のウルトラシリーズの多様な主人公像に繋がり、スーパー1のメカニックに寄った多彩な武装は後の仮面ライダーBlackRX(1988)から平成ライダーへ続くフォームチェンジの萌芽とも言える。

すなわち、1979〜80年を舞台にした両シリーズの復活劇は、80年代的商業潮流の中では短命に終わったものの、平成以降の特撮ヒーローの骨格を形作る重要な実験場であったと言えるのではないだろうか。


脚注

※1
現実的な話をすれば、ウルトラマン80はスタッフの特撮面における拘りが強く、予算超過もしばしばで半ば自らギブアップした形に近い。
80での1年間は、以後16年近く円谷プロにウルトラマン国内TVシリーズの新作制作を躊躇させるほどの出費になったという。
一方のスーパー1に関しては、放送曜日や時間帯移動等あったものの放送中の児童人気は高く、歴代ライダーの客演というテコ入れを行わずに4クールを終えている。
加えて、TVシリーズでなくとも仮面ライダーZXという雑誌連載形式でのシリーズ継続には繋がった。

※2
このメタルヒーローシリーズと並行して、1987年には仮面ライダーBlackが放送を開始。TVシリーズ的な休止期間は実質6年弱とわりに短い。
しかし冷静に考えてみれば、この当時の東映はスーパー戦隊・メタルヒーロー・不思議コメディ・仮面ライダーと並行して4シリーズもTV特撮を展開していたことになるのだから驚異的だ。


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